12:カタチのないもの
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人の心には、それぞれ穴というものがある。
個々人によってその大きさや形は異なるが、こと能力者に関しては、穴は深ければ深いほど望ましい…。
次の日の朝、レンは着替えたあと、眠そうに目を擦りながら自室を出て廊下を早歩きで歩いていた。
恵の安否を知るためだ。屋敷を探し回ったが、広瀬の姿もない。
持ち前のバイクで捜索しようとエントランスホールの階段を降りたところで、
「レンちゃーん!」
「!」
華音が手を振りながら駆け上がってくる。
やけに機嫌が良いのが気にかかり、レンはおそるおそる華音に恵のことを尋ねようとした。
「華音、昨日……」
「レンちゃん、今日、一緒にショッピング行こー!♪」
飛び付くように腕にしがみつかれ、言葉が遮られる。
満面の笑みを向ける華音はすでに着替え終わり、手にはチェーンストラップのショルダーバッグを持っていた。
出掛ける用意はできているようだ。
「………ああ。わかった…」
機嫌の良さそうな華音に、レンは恵のことを尋ねるのが怖かった。
それから、少し待たせて支度を終え、華音と並んで屋敷の玄関を出る。
「♪」
レンを待っている間も、華音は鼻歌を歌い続けている。
レンは立ち止まり、華音に再度尋ねようとした。
「華音、おまえ、昨日の夜……」
その時、手を繋いだ2人の男女が門から入ってくるのが見えた。
広瀬と恵だ。
(恵…!)
広瀬に見つかったとはいえ、恵の無事にレンは内心ホッとするが、反対に、華音は手を口に当ててバツの悪い表情を浮かべていた。
(…げ。広瀬…! 落合恵(あのコ)までいる! せっかく追っ払ったのに連れ戻したわけ!?)
あまりの恵への執着心にドン引きしてしまう。
(あの部屋の鍵、壊したの華音てバレてるかな…。ま、いっか!)
しかし、華音は開き直り、笑顔で気さくに広瀬と恵に手を振った。
「ヤホ―――、ヒロちゃん♪ メグちゃんとデぇトぉ~~?」
「!」
広瀬の表情を見たレンは、咄嗟に、広瀬達に近付こうとした華音の右腕をつかんで引き止める。
「!? レンちゃん…?」
何事かと華音はレンに振り返る。
レンは顔を強張らせ、警戒の眼差しを広瀬に向けていた。
そのただならぬ表情に、華音はもう一度、広瀬に顔を向ける。
広瀬は、レンと華音に対して冷笑を浮かべ、2人の横を通過した。
すれ違い際に見た広瀬の瞳は、まるで、どこまでも深く、光も届かない暗い穴のように真っ黒だ。
レンと華音の背筋が思わず凍り付く。
華音をつかんでいるレンの手が、正体不明の恐ろしさで微かに震えた。
広瀬に対して戦慄したのは確かだ。
「め…、めぐ…」
レンは意を決して声をかけようとしたが、広瀬が遮る。
「着いたよ、落合さん。ごめんね、今まで閉じ込めて。もう自由にしていいから」
そう言って恵の手を放すと、恵は広瀬の肩の服をつかみ、体を震わせた。
少しでも離れれば殺されてしまうと思っているような怯え方だ。
広瀬は薄い笑みを浮かべ、今にも崩れそうな恵の体を優しく支えながら屋敷内へと入っていった。
その際も、恵はレンと目を合わせようともしなかった。
広瀬と恵の背中を見送りながら、華音とレンは冷や汗を浮かべ、ほぼ同じことを考える。
(広瀬…。いや…)
(あれは、広瀬じゃない…!!)
レンは華音からゆっくりと手を放し、その左手を見つめ、まだ微かに震える自身の手を強く握り締めた。
冷や汗が頬を伝う。
その様子を、門に背をもたせかけた勝又が腕を組んで観察していた。
フクロウは、勝又がもたせかけている門の上に舞い降りる。
「出来栄えはどうだ、勝又」
「上出来だ」
そう言って勝又は満足そうな笑みを向けた。
「あとは仲間の合流を待ち、“アクロの心臓”を回収するのみだが…、叶君はどうしようかな。あの子の心の穴も相当深かった。その上、能力者にはない、完璧な破壊力…。非常に興味深い素材だったんだが…」
「……まだ、惜しいか」
太輔に執着を見せる勝又に、フクロウは「やれやれ」と呆れ、溜め息をつく。
勝又は腕を組み、「コレクターだからね、キミ曰く」と開き直った。
そして、華音の車の助手席に乗り込むレンに目を向ける。
「北条君も…、自分の穴を思い出せば……本来の“能力”も目覚めるのかもしれない…」
「奴は、あからさまにおまえを警戒しているぞ。唯一信用しているのは、シャボン玉と、森尾と、華音だけのようだな」
フクロウが指摘すると、勝又は苦笑した。
「……そうだね。素で信頼を得るのは難しそうだよ。“邪魔者”もいるようだし…」
フクロウは「諦めろ。これ以上勘付かれれば北条が厄介者になる」と戒める。
「―――叶太輔もだ。器は1つでいい。あの方がそう言っている。どのみち叶太輔は、“アクロの心臓”が眠る湖へとやって来るだろう。死ぬためにな」
話し合う勝又とフクロウの横を、華音とレンの乗った車が通過する直前、華音の車のルーフが開いていたため、勝又とレンの目が一瞬だけ合った。
やはり、レンは勝又に対し、警戒の眼差しを向けていた。
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