11:元気でな
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「―――ってわけで、目的のモンに行くのは先延ばしになったみたいだ。いい加減外に出たいよな、恵。そこ、前の部屋より狭くねぇ?」
「窓が開くだけまだいいですよ。前の部屋は固定されてましたから…。ところで、そこ、落ちませんか? 危ないですよ…」
その日の夕方、窓際に立つ恵は屋根の端に座って話しかけるレンを気遣った。
窓の鉄格子が邪魔で部屋へ踏み込むことができなかったからだ。
レンは「平気平気」と小さく笑う。
「この高さなら飛び降りても平気なんだ、能力者(あたし)達は」
それを聞いて恵は、険しい顔で広瀬と向き合うレンの姿を思い出した。
明らかに身体から電流が漏れていたので、普通の人間とは違う、と改めて痛感する。
「……ここは前の屋敷より低いな」
レンの独り言には含みがあった。
顔を上げた恵は「…え?」と聞き返すが、レンは「ひとりごとー」となんでもないように返す。
「その…、あのあと、広瀬君とはなにもなかったですか? 眼帯の人もケガは…。私、落ちたところを助けられて……」
「…ああ。森尾にケガはなかったよ。広瀬とは…、まあ…、もともと仲良しでもなければ悪くもなかったから平常運転。恵と関わりがなければあいつから絡んでくることはないし、こっちもしつこくは責めるつもりはねぇ。…いや、なにかあったといえば広瀬より華音の方が…、あ、森尾と一緒にいた赤毛の女な。子どもみたいに自分は悪くないってごねて……」
由良とぶつかって一緒に転んだ挙句密着していたシーンを思い出し、再び顔に泥水でもかけられたように気分が悪くなり、こめかみに青筋が浮いた。
「いやホントマジで聞いて。最近イライラが止まんなくて」
「え…、ええ」
恵は、今は懐かしくも感じる学校の教室を思い出す。
登校時間や休み時間になれば「ねー、聞いて聞いてー」と駆け寄って愚痴と相談事を持ち込んできた同級生と重なった。
レンは先日から無意識に由良を避けてしまっていたことや、華音と密着していた時の苛立ちを打ち明ける。
話していると少しずつ冷静になってくるが、むず痒い妙な羞恥心が湧いてきた。
相槌を入れながら聞き終えた恵は、やがて、戸惑うように指を唇に当てたあと、「つまり…」と結論を出す。
「……嫉妬…じゃないですか?」
「………へ?」
言葉の意味が理解できず、レンはキョトンと目を丸くする。
素直に受け止めないレンがもどかしく、恵は徐々に自身の顔に熱が集まるのを感じながらもう一度口にした。
「嫉妬……です」
「……誰が?」
「レンさんが」
「……誰に?」
「その…華音さんに…」
「……なんで?」
「だって…、華音さんが由良さんとくっついてたからムカついたんですよね?」
間ができる。
「……………」
「……レンさん?」
まったくの無反応だったので、恵は鉄格子から頭を出して屋根にいるレンを確認すると、レンは左手で自身の顔を覆いながらフリーズしていた。
顔は見えないが、耳が赤く染まっている。
恵が声をかけようとしたところで、レンは反対の手で「いやいやいやいや」と風を起こすほど手を振って否定した。
「嫉妬って…、なんであの由良(バカ)で……」
(なんだろう…。レンさんに物凄く親近感が……)
表情は正直なのに口では言い訳のように否定するレンの様子に、恵は太輔に対する自身の姿を見ているようだった。
「嫉妬……」
『レン、おまえ嫉妬してる?』
敵であるはずの太輔に期待を抱いたり仲間にしたいと言い続ける由良に腹を立てて声を荒げていた時、由良本人に直接指摘された言葉だった。
恵にまで指摘され、どう返していいかがわからないうえに認めたくなかった。
(それじゃあ、まるであたしが……)
その先の言葉が浮かび上がろうとした瞬間、肩をつつかれた。
振り返ると、いつからそこにいたのか、由良の顔がすぐ間近にある。
「女子トークか?」
「!!? ゆ、ああぁあ!!?」
「キャァ―――ッ!!?」
レンは驚きのあまり仰け反った勢いで頭から落下するも、咄嗟に身を乗り出した由良に片足首をつかまれ、恵の部屋の窓の鉄格子に、ゴンッ、と額を打ち付けてしまった。
恵から見れば、逆さま宙ぶらりんの状態で「ぐぅぅ」と情けなく呻き、額に膨らむコブを押さえるレンに、「だ、大丈夫ですか…」と声をかける。
レンは由良に「なにしてんだ」と呆れられながら引き上げられ、恵は心配そうに鉄格子から顔を出した。
「よっ、姫サマ」
「わ!?」
レンが屋根の上に引き上げられたタイミングで屋根から身を乗り出した由良と目が合う。
直接目を見て話しかけられたのは初めてだった。
「ヘロ~」と手を振る由良に恵はどうリアクションをとっていいか戸惑い、ニヤついた由良の顔にわずかな恐怖を覚えて震える。
「由良、怖がってんだろが」
見兼ねたレンは「ヤメロ」と由良の後ろ首をつかんで引っ張った。
由良は眉間に皺を寄せ、「怖がらせてねーよ」と反論する。
「あと、急に背後に迫るのマジでやめろ。少し遠くから呼びかけてからこっちに来るのが一般的な距離感だろ。本当にそーゆーとこだぞ」
「しつれーなやつだな。レン、姫サマと喋ってんなら、オレの安全性も話しとけよ」
「おまえのどこが安全なんだよ。まず、そこから説明しろよ」
「オレのどこが危ねえんだよ。まず、そこから説明しろよ」
「見た目の時点でアウト」
「なにをぅっ」
恵はそんな2人のじゃれ合いを眺め、わずかに緊張が解けたのか、口角が緩やかに上がった。
そして、思い出すのはやはり太輔との記憶だ。
端から見ても、似たようなじゃれ合いをしていただろうかと思う。
「あ、これなんで持ってきたんだ?」
近くに何かを見つけた由良のその声に恵の回想が止まる。
「北海道って夜冷えるだろ? 寒いかと思って追加で持ってきたんだよ。シーツなら広瀬も目敏く気にしないだろ」
レンはそう言って、持ってきたベッド用のシーツを恵が立つ窓の近くに垂らした。
鉄格子から手を伸ばした恵はそれを受け取り、広げてみる。
なんの変哲もないシーツだが、右端に書かれたメッセージに気付き、はっとした。
「恵、うまく使えよ」
再び含みのある言葉をかけられ、恵はいよいよ確信を持った。
部屋の窓から地面までの高さを確認し、渡されたシーツをぎゅっと握りしめる。
「…………はい……」
シーツには、“にげ切れたら、交バンを見つけて保ゴしてもらえ”とメッセージがあった。
画数の多い漢字だと文字が潰れてしまうので、あえてカタカナで書いてある。
「レンさん…」
「そろそろあたし達は戻るから…、恵、元気でな」
恵が逃走に成功すれば、今が最後の別れとなるだろう。
恵もわかったうえで、「はい…。ありがとうございます…」と寂しげに小さく感謝を口にした。
レンは由良に「行くぞ」と声をかけて立ち上がる。
(これでいい…。本当に一緒にいたい奴のところへ行けばいいんだ…)
そう思いながら、無意識にその視線は、隣を歩く由良の横顔を見つめていた。
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