11:元気でな
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数時間後、勝又達の屋敷の前に赤い車が停まる。
車の運転席から降りたのは華音だ。
「あれ…?」と首をひねり、場所を記したメモと目の前の屋敷を見比べる。
「 やっぱ、みんながいる所って、ココじゃない」
自分の車に振り返り、ナビの声を聞く。
“目的地まで300m、右方向です”
「このナビ、間違ってんじゃん!!」
ナビに向けて手をかざすと、ナビは小さく爆発し、壊れてしまった。
「やっぱ華音て、天才ね」
華音は自負の笑みを浮かべ、トランクからチェック柄のキャリーケースを取り出し、屋敷へと向かった。
同じ頃、窓の外から車のエンジン音が聞こえたので、レンは自室の窓を開け、華音の車を見つける。
オープンカーなのでナビの画面から小さな煙が上がっているのが見えた。
「やーっと帰ってきた」
呆れ交じりにこぼしたあと、さてなんて声をかけようか、とゆっくりとした足取りで自室を出る。
一方華音は、広瀬と、新しく仲間に入った岡田とひと悶着あったあとで屋敷に入ったところだ。
「華音!」
途中、エントランスホールの階段から、華音を見かけた森尾が声をかける。
気付いた華音はパッと顔を明るくさせ、階段から下りてくる森尾に手を振った。
「健ちゃん! 聞いて聞いて~~!」
合流した森尾は華音のキャリーケースを運びながら、華音と並んで廊下を渡る。
華音は先程の出来事の愚痴を森尾にこぼしていた。
「ヒロセったらヒドイの~。別になにもしてないのに華音を悪者扱い…」
「華音、おまえなぁ―――」
だが、森尾は呆れた口調でそれを遮った。
隣にいる華音に振り向き、窘めるような目つきを向けて言い放つ。
「いったい、今までなにやってたんだ。また外で、なにかやらかしてないだろうな? レンも心配してたぞ」
前回、森尾と一緒に盛岡の町に出かけていた華音は、たまたまぶつかった少年にアイスと着ていた服を台無しにされたことに腹を立て、真昼間の街中でトラックを爆破させて少年を殺害したことがあった。
ほとんど華音から連絡もなく、下手に騒ぎを起こしたくない森尾としては、屋敷に帰ってくる間にこちらに迷惑が被るようなことがなかったか心配していた。
叱るような森尾の言葉を聞いた華音の顔に、焦りの色が浮かび上がる。
レンの予想通り、ここに来る途中、カップルの乗った車を爆破してきてしまったからだ。
「なっ、なによ、健ちゃんまで……」
その時、森尾と華音が通過しようとしたドアの向こうから、ガタンッと不審な音が聞こえた。
その物音は立て続けにドア越しから聞こえ続ける。
「? なにかいるの?」
無視することができずドアの前で立ち止まった華音は、その扉をじっと訝しげに見つめた。
森尾は気にせず、廊下を進もうとする。
「―――ああ。“姫”が」
「はあ!? 姫!?」
縁のない単語に華音は素っ頓狂な声を上げて森尾に振り返った。
仕方なく、森尾も立ち止まって説明する。
「ああ。普段は閉じ込められてるから、オレも数回しか見たことがないが…、ほら、外から鍵がかけてあるだろ?」
そう言われて、初めて重い南京錠の存在に気付く。
華音は前屈みになり、興味津々にそれを凝視した。
「監禁…? あっぶな~い。誰がやってんの?」
「広瀬だよ。勝又さんが言ってたよ、広瀬の大切な宝物だから、絶対に傷つけるなって」
「でも、ちょっと異常だよな、広瀬…」と森尾は自身の首を擦りながら呟く。
「ふぅん…。要するに、すっごく大事にされてんだ、その子。ちょっと見てみたいな」
しゃがんだ体勢になった華音は南京錠から目を離さない。
口元からは笑みが消えていた。
「やめとけ。あとで広瀬がうるさい」
華音の表情の変化に気づかず、森尾は再びキャリーケースを引いて廊下を歩き出す。
(・・・・・・・・)
無視する華音は、黙ったまま人差し指を南京錠に向けた。
パシンッ
「!」
金属が弾けた音に、森尾は驚いて振り向いた。
華音が南京錠を爆破して壊したのだ。
「華音!!」
怒鳴った時には、華音は部屋のドアを開けていた。
ガタタンッ!
「きゃあああ!!」
中にいた恵の悲鳴が響き渡る。
恵は部屋にあった家具や本をテーブルに積み上げ、それを登って天井の通気孔から脱出しようとしていた。
だが、突然華音がドアを開けたため、驚いてバランスを崩してしまった。
山積みにしていた家具は床にすべて倒れてしまったが、恵は咄嗟に天井に吊るされたシャンデリアの鎖につかまり、落下を免れる。
「…あっ……」
ドアの前で立ち止まっている華音と、あとから入った森尾と目が合った。
3人は呆然と動けず見つめ合った。
「「…………」」
先に沈黙を破ったのは、森尾だった。
シャンデリアにぶら下がっているので、ワンピースを着た恵の下着が丸見えだ。
滑稽のあまり思わず「くすっ」と噴き出してしまう。
「!!」
森尾が笑った意味を理解した恵が慌てて裾で下着を隠したが、逃げ場もなく、レン以外の人間がいる現状にはっと我に返り、喉の奥から悲鳴を上げた。
「キャ―――っ。キャ―――!?」
「うわっ、騒ぐな、広瀬が来る…!!」
「ひゃぁあ゙あ゙!?」
森尾は慌てて恵に近付くが、それが逆効果となり、パニックになった恵は泣きながらさらに大きな悲鳴を上げる。
「いや―――っ。来ないで―――!!」
叫びながら、シャンデリアについていた蝋燭の形をした電球を森尾に投げつけた。
パリーン、という音とともに森尾に当たって砕ける。
「いたた!?」
森尾がたまらず両手で頭を抱えて守る。
「来ないでよバカ―――!!」
「騒ぐなって! おい!」
その光景を、華音はぽかんと口を開けて眺めていた。
「きゃ…」
その時、恵の手が鎖から滑らせてしまう。
「とっ!」
落下してきた恵を、真下にいた森尾がお姫様抱っこで受け止めた。
王子様とお姫様のようなシーンに、華音は思わずショックを受ける。
明らかに先ほどの自分に対する態度と違っていた。
「ケガはないだろうな?」
「あああ、あ゙りがとうございま…」
おろされた恵は、森尾に手で支えてもらいながら震える声で礼を言おうとする。
「いいか、このこと、広瀬には…」と森尾が恵に口止めしようとした時だった。
「なにをしている」
「「「!」」」
ドアの向こうから、騒ぎを聞きつけた広瀬が現れた。
顔は無表情のままで、怒っているのか呆れているのかわからない。
「あ…」
「こ、これは…」
森尾も言い訳が見つからない。
広瀬は部屋の中心の床に倒れた椅子や散乱した本を見てから、天井の通気孔口に視線を移す。
「今度は、天井の通気孔から逃げようとしたの? …そんなに、叶君(あいつ)に会いたいんだ…」
そう言って、寂しげな笑みを浮かべた。
「……やっぱり、太輔、生きてるのね?」
察した恵の言葉に広瀬の表情が一瞬強張り、恵に近づいて傍にいる森尾から引き剝がすように、その手首を引っ張る。
「新しい部屋に移ろうか…」
「待って…。太輔は生きてるの? そうなんでしょ!?」
誤魔化しを含めた薄笑みを浮かべるだけで恵に答えない。
「いたっ」
広瀬の肩が乱暴にドアの前に突っ立っていた華音の肩にぶつかった。
そして、恵を連れてドアの前で一度立ち止まり、振り返ると同時に天井目がけて手を横に払う。
ガシャアンッ!
天井と繋がっていたシャンデリアの鎖が広瀬によって円形に消滅し、重力に従ってシャンデリアは、森尾のすぐ傍に落下してけたたましい音を響かせた。
照明のガラスは砕けて散らばり、鎖の一部が森尾の眼帯の紐を断ち切る。
「…!」
瞬間、森尾の顔から血の気がなくなった。
ケガはないものの、位置が少しでもずれていれば、シャンデリアの下敷きだったからだ。
「二度と彼女に近づくな」
広瀬は凍てついた目で森尾を睨みつける。
その時、後ろから近付いた人影が広瀬の手首を強くつかんだ。
「なにしてんだ広瀬…」
唸るような低い声だった。
その場にいる全員の視線が、現れたレンに向けられる。
広瀬の細腕が軋むほど握りしめると、広瀬はレンの手を振り払って「レン…」とため息交じりこぼした。
太輔を思い出すのかレンと関わるのが煩わしい様子だ。
レンは森尾を守るように広瀬の前に移動し、敵意を剝き出しに目を細める。
「仲間同士仲良くしようぜ、って強制はしねえけどよ…。好き勝手にあたしの友達を傷つけるなら容赦はしねえぞ」
青白い電流が漏電するレン。
広瀬もレンの目をじっと見つめたまま、パキッと手の骨を鳴らす。
「レン!」
緊迫した空気の中、後ろから呼びかけてレンを止めたのは、一触即発の空気に見兼ねた森尾だった。
レンは少し冷静になり、漏電を抑える。
「……ケガはしてない。紐が切れただけだ…」
左手で顔の火傷の部分を覆い隠しながら、右手でレンの肩をつかんでなだめようとした。
「……けど…」
レンは納得しない様子だったが、広瀬は構わず「行こう、落合さん」と恵を連れて行く。
レンは蔑ろにされた気がして眉間に皺を寄せ、廊下に飛び出そうとした。
「おい、まだ話は終わってねえぞ! 広瀬!!」
「やめろレン!」
森尾は肩をつかんでいる手に力を込め、レンを押しとどめる。
「……平気か?」
レンは諦めて一度深く息を吐いてから森尾に振り向いた。
「あ、ああ、大丈夫だ」
森尾の返答にレンはほっと胸を撫で下ろす。
レンと森尾は同時に、華音を睨みつけた。
トラブルの原因はそもそも華音なのだ。
「……け、健ちゃん、ケガしなくてよかったね~…。レンちゃん、ただいまぁ~」
華音は居心地悪そうな苦笑いを浮かべた。
レンが何かを言う前に、森尾は抑えていた感情が爆発したかのように華音に向かって怒鳴り散らす。
「華音、おまえなぁ! やめとけって言ったのに、なんでドアを開けた!? 自分からトラブル引き起こすなよな!!」
眼帯のスペアは部屋にあるため、森尾は肩をいからせながら部屋から出て行った。
「……森尾がキレた」
レンは森尾が激怒している間、軽く仰け反っていた。
普段まともで大人しい人間がキレるほど怖いものはない。
「……そ…、そこまで言うこと…ないじゃん……」
華音は不貞腐れながら、ブツブツと呟いた。
「……華音」
レンが呆れて声をかけると、華音は顔を上げて睨みつける。
「な、なによ、レンちゃんまで華音のこと、責めるの!?」
「森尾がとばっちり受けたのに、悪くないとは言わさねえぞ。廊下に落ちてた南京錠、おまえが壊したんだろ?」
レンはポケットから回収した南京錠を取り出して華音に見せつけると、華音は「うっ」と唸る。
「か、華音、悪くないもん!」
ヤケクソ気味にそう言い捨てると、部屋から飛び出した。
「おい、華音!」
その捨て台詞が納得いかず、レンも華音を追って、部屋から飛び出した。
体力と足の速さは明らかにレンが上だ。
距離がどんどん縮まっていく。
華音が廊下の角を曲がろうとした時だ。
向かい側からやってきた人物にぶつかった。
「きゃっ」
「おわ!?」
ぶつかった2人は抱き合う恰好で廊下に転んだ。
「おー、久しぶり。何事だ?」
「由良!」
自分の上に倒れてきた華音に対して挨拶したあと、華音を追いかけてきたレンと目が合う。
「!!?」
角を曲がって密着する由良と華音の光景を目の当たりにした瞬間、レンはあるはずのない雷に打たれた衝撃を覚えた。
目をカッと見開き、思わず凝視してしまう。
レンの明らかな動揺を浮かべた表情を見て、華音は不思議とデジャヴを感じた。森尾と恵のやり取りをしていた時の華音も同じ顔をしていたのである。
レンが近づいてきそうだったので、華音は遅れて立ち上がった由良の後ろに隠れる。
その様子にレンの感情がさらに逆なでされた。
「なんだなんだ? とうとうイジメか? レン」
「あ゛あ?」
こめかみに青筋が浮かび、物凄く不機嫌になる。
この場にいると沸々と湧き上がる怒りで暴れてしまいそうだった。
「………そんなんじゃねえよ。華音、あとで森尾に謝っとけよな」
怒りを押し殺して踵を返そうとすると、由良は「待てよ」と声をかける。
「勝っつんが、華音が帰って来たら会議するってよ」
「あー、そっ。あとで行く。仲良し同士でお先にどうぞ」
皮肉のつもりで言ったものの、自分で火に油を注いだ気持ちになった。
今にも壁を殴りそうな雰囲気でその場をあとにするレンに由良は首をひねる。
(なーに怒ってんだ? あいつ)
「なんかあった?」と後ろに隠れたままの華音に聞いたが、「………別に…」と華音は口を尖らせ小さな声で返す。
レンはそのあと誰も見ていないところで壁を殴っていた。
いつも以上に感情のコントロールがままならず、苛立ちばかりが募る。
レンは自問自答した。
(なんでさっき…、由良と華音が引っ付いてただけで……)
光景を思い出すと同時に、胸の奥で魚の小骨のように引っかかる違和感に思わず胸を強く叩いたが、咳しか出てこなかった。
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