11:元気でな
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時刻は深夜0時を回ろうとしていた。
北海道のとある高級ホテルのスイートルームのソファーには、室銀夜と、明るいオレンジ色の巻き毛をツインテールにした女が腰かけていた。
二十代前半で、露出の多い水色のワンピースを着たその女は、先程から片手の端末を睨む銀夜の肩に頭をもたせかけ、相手にしてほしいと言いたげに銀夜の横顔を見つめる。
「銀夜さーん、さすがに探しに行った方がいいんじゃないですか? 泉さんから連絡がまったくないのはヤバいでしょ」
「黙ってろ結(ゆい)」
「あたしも一緒に行った方がよかったですかねー?」
「おまえの“魅了”は能力者には効かねーだろ」
視線もよこさない銀夜に対し、目黒(めぐろ)結は「その通りでーす」と他人事のように小さく笑い、「銀夜さんにも効けばいいのにねぇ」と甘えた声を出してわざとらしくはにかんだ。
「能力者に効かなくても、あたしなら、人間の男共を兵隊にしてけしかけることだって出来るのに」
「ゾロゾロ押し寄せたところで、勝又が能力者や人間使って倍でやり返してくるだけだ。結と違ってあいつはコマを選ばねぇ…」
自身の手のひらを見つめる銀夜の眉間に、無意識に皺が寄る。
「いつでも使ってくださいね。あたしは銀夜さんのコマですからね」
「……………」
銀夜は横目で、腕に絡んでくる結の顔を見ると、結は「やっとこっち見た」と満足げに目を細め、頬を摺り寄せた。
「好きですよ、銀夜さん。あなたはあたしのこと、「かわいい」とか「キレイ」とか…、気持ち悪いこと言わないから…」
「……………」
視線を合わせる結の瞳の奥が濁る。
能力者の特徴のひとつ、妖しげな光を纏う瞳の中には、暗く沈んだ穴があった。
その穴に吸い込まれるように銀夜の目に映るのは、結の過去だ。
狭い部屋の中、汚れた布団の上では、くたびれたネグリジェ姿の母親に、水色のワンピースを着た幼い結は優しく撫でられて幸せそうに笑っているが、ドアを開けて入ってきた全裸の男にきょとんとした表情を浮かべた。
『ママ…? このヒトだれ…?』
指さして尋ねる唯を無視した母親は、男に手を差し出して数枚の紙幣を受け取った。
全裸の男は母親を押しのけ、結に手を伸ばす。
『カワイイね…』
そこから先は部分的に流れる映像。どれもまともな神経で直視できないものばかりだ。
目を閉じてもまぶたの裏に映ってしまう。
身体も成長した結が男の扱いに慣れた頃、紙幣を両手に浴室を訪れると、真っ赤な浴槽に浮かんだ母親を見つけた。
手首を切ることに使用した包丁は血塗れで床に落ちていた。
『ママ…、カワイイね…』
握りしめた紙幣と同じようにくしゃくしゃな歪んだ笑みを浮かべる結。
銀夜が見てしまった過去はそこで終わった。
「銀夜さん?」
「……それでも小さいんだな、おまえは」
「え?」
ぽつりとこぼした銀夜の言葉に不思議そうな顔をする結。
銀夜がその頭を幼い子どもをあやすように撫でつけると、結は初々しい少女のように頬を赤く染めた。
その時、部屋のドアがノックされる。
「若…」
ドア越しに聞こえたのは泉の声だ。
「あっ。もう…、いいフンイキだったのに…」
口を尖らせながら、結は名残惜しそうに銀夜から離れてドアへと向かった。
それを視線で追いかける銀夜は違和感を覚える。
ここに帰って来るまで、泉は連絡を一切よこさなかったのだ。
「……結…!!」
「え?」
鍵を開けようとした結がドアの前で振り返った直後、カチリ、と音が聞こえた。
鍵が向こう側から開けられたからだ。
半開きのドアから先に入ったのは、拳銃を握りしめた手だった。
パンッ!
銃口から飛び出した銃弾がほとんど至近距離の結のこめかみを撃ち抜いた。
能力者とはいえ、即死だ。
「め…、目黒…、すまない…」
涙を流しながら部屋に入ってきたのは、やはり泉だ。
殴打されたのがわかりやすく、顔の至る所が腫れあがっている。
銀夜はソファーから立ち上がる素振りもなく、床に転がる結を静かに見つめていた。結の頭部から流れる血が絨毯にゆっくりと染み込んでいく。
「若…。勝又が…」
「ああ…」
泉の口元に微笑が浮かぶ。
「わ、私は…、“仲間”といえど、邪魔をする者には容赦はしない…。キミの八つ当たりに付き合うほど、我々もヒマではないのでね…。ないものねだりはやめることだ…。キミの役割は…あの方の…」
その口調、その笑み、その目は勝又そのものだった。
銀夜は奥歯を噛みしめ、「うるせえ…!」と鋭い声を漏らす。
身体を揺らす泉は「うう…ッ」と呻いて頭を振った。
「若…、また笑ってくれよ…。若…、どうして……」
涙を流して懇願する言葉とは裏腹に、ゆっくりと銃口を銀夜へ向ける。
銀夜は静かに泉の瞳の奥を見据えた。
自身の泉と過ごした思い出と、泉の過去が混ざり合い、古い映画のフィルムとなって脳内に流れ込む。
能力者になる前の銀夜は、幼いころからよく笑う青年だった。
周りの大人たちは威圧感がある見てくればかりだったが、銀夜の要望を従順に叶えていた。
特に泉は異常を感じるほどの献身ぶりだ。
通行人の肩が銀夜に軽くぶつかったり、反抗的な視線を送ったりしただけで、手荒に引きずり回した挙句に半殺しの目に遭わせるほどである。
銀夜は、嫌な顔ひとつしない従順な泉のことを気に入っていた。
そして、運命の日。
能力者となった銀夜は、あることに気付いてしまい、一筋の涙を流した。
物心ついて初めて涙が出た気がした。
「若…」
泉の声で現実に引き戻される。
「泉…、おまえはオレじゃなくて、親父の影を追ってたんだろ? 全部知ってたぜ…。みんな…、オレじゃなくて…死んだ親父を…」
引き金を引かれる前に、銀夜は泉に向けて釘を投げつけた。
3本の太い釘が泉の顔面に深々と突き刺さる。
「オレ以外に支配されてんじゃねえよ…っ!!」
自分自身でも驚くほど、怒りで声が震えていた。
横たわる2体の死体を見て、銀夜は億劫そうに重い腰を上げる。
同時に、携えた釘を部屋の片隅にある鏡台に向かって投げつけた。
鏡台の鏡は粉々に砕け、破片が床に散乱する。
銀夜は鏡の破片に映る自分の姿を睨みつけ、頭をがしがしと両手で搔きむしりながら、怒りに震える体を落ち着かせようとした。
「屈辱…、ああ、屈辱だな…。……いいさ、どうせオレの仲間も全員…“2回目”で死ぬ運命だったんだ…」
言い聞かせながら、勝又の顔を思い浮かべてコブシを強く握りしめたが、やがて怒りを通り越して失笑する。
「おまえは何人失おうが、なんとも思わねえんだろうな…。勝又…」
(却って哀れだぜ…)
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