07:嫉妬してる?
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月明かりに照らされた庭の中央で、レンと由良が向かい合った。
威嚇するように体から電流を漏電させるレンに対し、由良は呑気に首を鳴らしながら手首をブラブラと動かしたり、屈伸したり、アキレス腱を伸ばすなど、準備運動をしている。
ふと、ポケットに手を入れた由良は、空を見上げて「よかったなぁ」と口にした。
「月が出てる…。暗いのが怖い奴にとってはいい明るさかもな」
暗所恐怖症のレンに向かって、わざと煽るような言い方だ。
ブチ、とレンの青筋が増える。
挑発なのは頭の中ではわかっているが、今は由良に何を言われても薪をくべられた火のように冷静に受け流すことができない。
電流を纏った左コブシを振りかざして由良に踊りかかった。
「レンって左利きだよな」
そう言って由良は後ろに跳んでレンのコブシを紙一重でかわす。
レンは「バーカ」と不敵な笑みを浮かべ、すぐに右手で由良の胸倉をつかもうと手を伸ばした。
「!」
パンッ、と弾けた音がした。
由良が右手でレンの右手を上に払ったからだ。
肌が触れたことで由良の右腕にわずかな電流が走ったが、強めの静電気を受けた感覚に近い。
「っ痛てー」
少し顔をしかめて右肩を回しながらシャボン玉を浮かばせる。
シャボン玉の破壊力を理解しているレンは庭の地面に手をつけて土をつかんで撒き散らした。
由良は咄嗟に右腕で自身の目を庇ったが、浮かび上がったばかりのシャボン玉は砂や小石に当たって破裂する。
(なるほどそうくるか。ダテにオレの能力(ちから)見てねえよな…!)
感心するのもつかの間、レンはいつの間にか身を屈め、回し蹴りを喰らわせてやろうと勢いをつけた右足を由良の顔面目掛けた。
すると、由良は上半身を後ろに大きく反らし、それを避ける。
「なっ……!」
(こいつの体、柔らか……! マト○ック○かよ!?)
レンはあまりの由良の柔軟性に某映画のワンシーンを思い出した。
「へへっ」
レンの驚いたリアクションに笑みを浮かべた由良は、そのまま仰向けに倒れる前に手をついてバランスをとり、まだ足を突き出したままのレンのもう片方の軸足を軽く蹴る。
「うわっ!」
レンはバランスを崩してその場に倒れた。
体幹勝負は由良の圧勝だ。
由良は地面に倒れずブリッジ状態からバネのように起き上がり、ポケットに手を突っ込みながら、倒れたレンを見下ろす。
「どうした? 終わりか?」
「……誰がだ?」
レンは再び不敵な笑みを浮かべると、左手に作っていたソフトボール状のプラズマを投げつける。
「!」
由良は咄嗟に体を斜めにそらしたが、わずかに頬を掠めて焦げがついた。
すかさず、レンは地面に両手をつき、由良の腹目掛けて真っ直ぐに右足を突き出し、反射的に由良は両腕で腹を抱えて守り、蹴られた勢いで後ろに吹っ飛ぶが、転ぶことなく体勢を留める。
「あっぶね~! 足痛てぇ~」
手の甲で頬の焦げを拭う。
足の裏が地面で擦れた様子だ。
レンはすぐに立ち上がり、両手のコブシに電気を纏わせ、休む暇を与えまいと由良に突進する。
「おっと!」
由良は繰り出すコブシの連撃を器用にかわし続け、レンが途中で蹴りも入れるも、それも体をそらしてかわした。
「反射神経いいんだなぁ、由良!」
歯ごたえのある相手を前に、目つきの鋭いレンの口角は無意識の内に楽し気に上がっている。
懐かしむようにケンカで使ってきた技を繰り出した。
左のコブシが身を屈めた由良の顔に直撃する寸前、由良は庭に放置されていた底の抜けたプラスチックのバケツを拾い素早く防いだ。
盾となったバケツにコブシがめり込む。
その状態のまま、レンは由良と睨み合った。
「早く能力(ちから)を使えよ…! 負かしてやるから…!」
レンが挑発的に言うと、由良は笑みを浮かべる。
「楽しそうだなぁ、レン」
2人の目は野性的にギラついていた。
どちらも手強い戦いを愉しんでいる。
レンと由良は同時に飛び退き、互いに距離を置いた。
先に動いたのは、レンだ。
「テメーには負けねえよ!!」
バレーボール状のプラズマを作り出し、由良にぶつけようと振りかぶる。
突然、それを狙っていたかのように由良は目を細め、ニヤリとほくそ笑んだ。
レンがそれに気付いた時には、プラズマを投げつけていた。
「オレが、なんで能力(ちから)を抑えてたかわかるか? 間違ったら、テメーを殺しちまうからだ」
「!!」
由良の背後から飛び出してきた大きなシャボン玉にレンは目を大きく見開く。
プラズマとシャボン玉はレンと由良の間でぶつかった。
ドオンッ!!
「っっ…うわあっ!!」
大きな爆発とともに巻き上がる爆風に耐えきれず、吹っ飛ばされたレンは屋敷の壁に体を打ちつけた。
「うぐっ」
地面に倒れて痛みで顔をしかめ、右手で負傷した左肩を押さえる。
左肩と右脚が爆傷を負い、流血していた。
「痛て……っ」
立ち上がろうとしても、右脚の痛みですぐに尻餅をついてしまう。
(由良は…? あいつだって、タダじゃすまなかったはずだ)
頭を上げて辺りを見回そうとした時、
「よっ」
声の聞こえた右を向いて見上げると、先程の爆発を受けて額から血を流した由良がレンを見下ろしていた。
ツナギの右半分が焦げて破け、筋肉質な上半身が剥き出しになっている。
「何その筋肉!! 詐欺じゃん!!」
「え。別のことで怒ってる?」
由良は着やせするタイプなのだろう。
お菓子を食べているところしか見たことがなかったので、肉弾戦に向いていないと勘違いしていたレンは、意外とたくましい筋骨に狼狽えて目を逸らした。
「おい、なに目ェ逸らしてんだよ。オレの勝ちでいいだろ?」
言われてからレンははっとして、急いで立ち上がろうとする。
「ふ、ふざけんな! あたしはまだ…! 痛っ……!」
再び、尻餅をついた。
由良はしゃがんで目線を合わせ、人差し指でレンの額を軽く突く。
「はい、オレの勝ちな」
「…………」
ぽかんと呆気にとられるレン。
遅れてやってきたのは、いつぶりかの敗北感だ。
『オレ以外に負けるなよ、レン』
昔、そう言ったのは、水樹だった。
(負けた…。負けた…んだよな…? 兄貴……。ああ…、兄貴に怒られ……。―――あれ…?)
のしかかる敗北感を超えて胸中に込み上げてきたのは、悔しさよりも、深い喪失感だった。
瞬間、鼻の奥がつんとする。
「!?」
由良はギョッとした。
レンの目から、今まで見たこともないような大粒の涙がはらはらと落ちていたからだ。
「兄貴…、死んでるじゃねーか…」
(―――もう、どこにもいねえじゃん…。母さんも…、父さんも…)
両親が死んでも水樹が死んでも実感が湧かず、感情と瞳は乾いたままだった。
まるで栓を抜かれたように、思い出と共に涙が溢れ出す。
「レン?」
困惑した顔で由良が覗き込んできた。
「…っ見んな…」
ふい、とレンは顔を逸らして手の甲で何度も拭うが、しばらくは抑えられそうにない。
居たたまれず、由良の胸を軽く小突いた。
「あたしは、勝たなきゃダメだったのに…!! なんで、おまえなんかに…!」
「…負けて悔しがってる?」
「めちゃくちゃ悔しいわ!! クソ―――ッ! バ―――カ!」
ぽこぽこと殴る様子が面白かったのか、由良は「ガキだな」と笑った。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃなレンは「笑ってんじゃねーよ!」と怒るが、もう体に溜めた電気は残っていない。
「へへっ、汚ぇ顔―――っ」
「うるせ…へぶっ、なにっ、んぶ」
からかいながら由良が袖でゴシゴシとレンの顔を拭き始める。
「泣け泣け、ガマンせずに泣いちまえ」
「いだいいだい、質感さいあく…」
その時、由良の袖から、どこかで嗅いだことがあるような匂いがした。
(なんだ? この…、学校のどっかで嗅いだことあるような匂い…)
「由良! レン!」
突然、真上から声が聞こえて由良とレンが見上げると、2階のバルコニーから飛んできた森尾が庭に降り立った。
火傷を負った部分には新しい包帯が巻かれている。
「爆音が聞こえたが、なにかあったのか!?」
「おう、モリヲ~」
由良が駆けつけてくる森尾に手を振った。
森尾はケガを負った由良とレンにも驚いたが、泣いているレンを見てギョッとする。
「レン、泣いてるのか!? 由良に泣かされたのか!?」
「合ってるけど言い方がヤダ」
レンは手の甲で今も溢れ出る涙を拭いながら首を横に振った。
「確かに、オレが泣かせたようなモンだよなぁ…」
由良が呟くと、聞き逃さなかった森尾は由良を睨みつける。保護者の顔だ。
「ケガしてるじゃないか!」
「オイオイ、オレだってケガしてんだろっ」
「明らかにレンの方がヒドいだろ!! なに本気になってるんだ、みっともない!!」
「人のこと言えんのか!? みっともねえのはどっちだ!!」
由良は立ち上がって森尾と額をぶつけ、そのまま押し合いに持ち込んで睨み合う。
「やるのか、眉なし!!」(悪口)
「望むとこだ、男前!!」(嫌味)
人が変わっただけでまた喧嘩が始まりそうだった。
レンは空を仰ぐ。
(あ―――、完全に負けた)
「ぷふっ」
由良と森尾は額を当て合ったまま、レンに振り向いた。
「あはははは!! おまえらこっども―――!! 見てらんねえ―――!」
いつの間にか涙が止まったレンは、今度は腹を抱えて笑いこけだした。
由良と森尾は「爆笑してる…」「初めて見た…」という顔をして、笑い出したレンを呆然と眺めた。
「…………つーか…、ケンカする前に…、起こして…」
散々笑ったあと、立ち上がることができないことを思い出し、恥ずかしそうに由良と森尾を見つめる。
見事に鎮火された由良と森尾は顔を見合わせて同時に溜め息をついたあと、由良はレンの右手を、森尾はレンの左手をつかんで引っ張り起こし、肩に持ち替えて支えた。
その時の3人の顔は、苦笑を浮かべていた。
なんのケンカをしていたっけ、と談笑しながら屋敷へと戻る。
この時、レンは誓う。
(今度はちゃんと守るよ、あたしの居場所…)
.To be continued