07:嫉妬してる?
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数日後、華音が荷物をまとめていなくなっていた。
「華音ー?」
レンは借りたCDも返したかったので探し回っていた。
家出かと思ったところでリビングのテーブルを見ると、適当な紙に書かれた書置きを見つける。
“出かけてくるね!♪ byかのんv”
(……………どこへ?)
レンは首を傾げた。
いつ、どこへ、何しに、を見事にすっ飛ばしていた。
一応、ひっくり返してみると書置きの裏には電話番号が書いてあり、連絡はとれそうだ。
(まったく、みんなマイペースすぎる)
呆れながら書置きをパタパタとうちわのように扇いだ。
今日も気温は真夏日だ。
昼過ぎ、レンは屋敷内の2階廊下を渡っていた。
「暑……。冷房効いてんのか? コレ……」
片手のうちわで顔を扇いで暑さを紛らわせようとするが、それでも汗がとめどなく流れる。
暑さで、嫌でも眉間にシワが寄る。
「!」
ふと、ある一室のドアの前で立ち止まった。
例の、南京錠がかかった部屋だ。
ここに来てから半月以上が経過した。
この部屋に何があるのか、由良と勝又からはひそかに聞かされていた。
(いろいろ見て回ったけど…、この部屋には入ったことねえな…)
ドアに耳を当てて音を聞く。
前回と違って、微かに人の気配がある。
中の人間のことを考えて、レンの心中は複雑な気持ちだ。
『姫がいるから、うかつに近づいたらうるせえぞ』
由良は声を潜めてそう言っていた。自分の食事を終えて誰かの分をトレーにのせて運ぶ広瀬の背中を指さしながらだ。
「姫…ね。あたしらはそれを囲う悪党か?」
自嘲しながら手を伸ばし、レンは重そうな南京錠に触れた。
瞬間、
「!!」
背後から肩をつかまれて後ろに引っ張られた。
「なにをしてる!」
勢いあまって背中を壁にぶつけて前を見ると、広瀬がこちらを睨みつけていた。
「広瀬……」
いつも無表情な広瀬しか見たことがないため、その目付きに思わず気圧されかける。
「この部屋に近付くな」
広瀬の片手には、皿に入れられたスープとコップに入った水を載せたトレーがあった。
「……おまえが連れてきたっていう女の子か?」
「レンには関係ない」
その言い方に腹を立て、レンは広瀬と睨み合った。
喧嘩を売る相手は年下だろうが容赦はしない。
声を低くして、広瀬に再度尋ねる。
「……おまえにとってのなんなの?」
「……ボクの大切な人だよ。ボクが、守るんだ」
詳しい事情は知らないが、中の人間が同意しているとは思えなかった。
胸の内に鉛の感触を覚える。
「―――なにが大切な人だ。そんなの、“守る”を通り越したただの監禁…」
言いかけたところで、広瀬は右手を横に振った。
「!」
レンが手に持っていたうちわが消え、柄の部分しか残っていない。
レンはその部分を床に捨て、広瀬との睨み合いを続ける。
その気になれば消せるぞ、と脅しをかけられている空気にこめかみの血管を隆起させた。
広瀬との関係は悪いわけではなかったが、同じ屋根の下にいてまったく関わり合いがなかったのだ。
先程の会話も、初めてと言えるほど長くキャッチボールできている方だ。
屋敷で過ごす間、何回か由良や森尾が声をかけたのを見かけているが、ひとつふたつ短く返すだけでさっさと自室に戻ってしまう。
広瀬の方がレン達を避けているように感じていた。しかも、煩わしそうにだ。
華音もさすがに空気を読んでいつものテンションで初めて会った時も広瀬に近寄りはしなかった。
広瀬が薄笑みを浮かべ、口を開いた。
出てきたのは、冷たい言葉。
「……なにも守れなかった、レンに言われたくない」
「!!」
両親の死と水樹の死が脳裏をよぎる。
情報を与えたのは由良ではないだろう、おそらく勝又から少し聞かされていたのかもしれない。
怒りに呼応してレンの体から電気が漏電する。
「広瀬ェ…!」
レンは歯軋りをしてコブシを握り締めるが、無理やり漏電を抑え込んだ。
「……話にならねえ」
そう言い残し、レンは踵を返して自分の部屋へと戻っていった。
何も守れなかった、というのはその通りだからだ。
手を下ろした広瀬は、その背中をじっと見つめていた。
(…あの喧嘩っ早さ…。あいつみたいだ…)
不快を浮かべた顔でレンの背中を見送ったあと、南京錠の鍵を外し、ノックをしてから部屋へと入る。
ベッドの上には、制服からワンピースに着替えた恵が、暗い表情で座っていた。
「落合さん、気分はどう?」
広瀬は笑いかけるが、恵はすぐに視線を逸らした。
「……こんな所に閉じ込めて、ボクも悪いとは思ってるけど…」
「……そう思うんなら、早くここから出してよ、広瀬君」
恵はベッドから降りて、ワンピースの裾を両手でつかみながら広瀬に向かって声を上げる。
「なんで閉じ込めるの!? ここはどこなの!? 早く家(うち)に帰して!!」
尚も落ち着き払う広瀬は、部屋のテーブルの上にトレーを置いた。
「元気になったのは、嬉しいんだけどな……」
「太輔は!? 太輔も屋上から落ちたんでしょ!? 無事なの!?」
その言葉に広瀬はコブシを握り締め、不気味な笑みを貼り付けながら恵の前に近付く。
「………落合さん、ボクは…ボクは、ある仕事を任されてる。それを最後までやり遂げたい。それを落合さんにも見ていてほしい」
「太輔は!?」
広瀬の言葉を無視して食い下がる恵。
広瀬の顔は強張り、恵の勢いに気圧されて後ろにたじろいだ。
そのまま、ドアへと足を向ける。
「……じゃ、ご飯、ちゃんと食べてね」
その言葉は弱々しい。
「広…」
恵がドアに駆け寄ったとき、ドアは勢いよく閉められて鍵がかけられた。
「広瀬君! 広瀬君!!」と恵は何度も強くドアを叩くが、広瀬からの返答はない。
広瀬の顔からは表情が消えている。
廊下を渡る足どりはふらふらとおぼつかず、ブツブツと呪詛のような独り言を漏らしていた。
その瞳は濁り、殺意に満ちている。
「―――だ…邪魔だ…。太輔(あいつ)、邪魔だ。邪魔だ……」
廊下の向こうからやってきた勝又とすれ違うが、気づいていない様子だ。
(……まだ、不安定だな)
肩越しに広瀬を見た勝又が傍にある窓の外に目を移し、決断する。
(ここは、やはり叶君を排除しておくべきか……)
.