00-3:呪いの赤
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日はとっぷりと暮れていた。
いつもより足取りが重いのは気のせいではないだろう。
突き刺さるような視線を体中に感じる。
建ち並ぶ家のドアや窓から住人がこちらを窺っている。
近くの半開きのドアの隙間に目を向けると同時に、中からドアを閉められた。
村の住人は50もない。
でも、ほとんどはあたしのことを責めているだろう。
たったひとりの身内も同じだ。
乗り気のない足は家へと着いてしまった。
一呼吸置いてから、そっと玄関の扉を開ける。
部屋が仄かに明るい。
テーブル上に置かれた、海王類の鱗で作られたランプの灯りだ。
叔母のザクロは、その席に着いていた。
こちらを見ずに冷たい声で言う。
「羊飼いに伝えたはずだけど」
腰まで長い藍色の髪は、紐で後ろにまとめられていた。
紐の下から毛先にかけた2つの分け目がまるでクジラの尾ひれのようだ。
半袖から露出している左腕は肘から手指にかけて白い包帯が巻かれてある。
解けかけていることに気づいているだろうか。
「聞いた」
そんな後ろ姿に短く返した際、ザクロの手元を見た。
(うわ…)
手のひらサイズの白いピンクッションに裁縫針を左端からブスブスと刺し続けている。
本人は無自覚みたいだが、これは相当イラついてる。
「腕の包帯、解けかけてるよ」
包帯の隙間からは、赤い皮膚が覗いていた。
「……そんなことより…、よそ者と、一緒だったらしいわね」
包帯を巻きなおしながら責めてきた。
「たまたま会った。面白い奴らだったよ」
「……………」
(睨まないでよ)
苦笑交じりで言ったのがよくなかった。
釣り目が肩越しにこちらを見ている。
ザクロは目尻のまつ毛が村の人間より少し長いのも特徴だ。
年齢は20代前半で顔立ちも整っているから、怒ると大人の男もビビってしまう。
ザクロが口を開きかけたところであたしは遮る。
「役割はきっちり守れ、って羊飼いにも言われた」
「……わかってるなら…、どうして見逃したの?」
問い詰めてくるくせに、しっかりと目が合う前に視線を逸らされた。
「2人…子どもがいた。年はあたしより少し上だけど…」
「……それだけ?」
ザクロは呆れている。
ピンクッションは半分以上が裁縫針まみれだ。
「あたしだって無闇に行動したりしないよ」
あたしは口を尖らせて言い返す。
もう、話題を切り上げて隣の部屋で眠りたかった。
「そうやって…」
突然、ザクロが席から勢いよく立ち上がる。
椅子が大きな音を立てて後ろに倒れた。
「…いつも言ってるでしょ。よそ者と関わって島を捨てたアンタの父親みたいにならないで! あいつらのせいで、私達は…!」
「っ…!!」
あたしは奥歯を噛みしめてぐっと堪える。
(あたしはザクロの兄貴みたいにはならない!!)
そうブチまけたかった。
蒸し返されるのが嫌いなのはザクロだって知っているはずだ。
「そっちこそ…、村の方は思ったほど騒ぎになってなかったけど、見逃したってことだよね?」
あたしばかり責められることも腹が立った。
ザクロは少し黙り、椅子を起こして座り直す。
「……相手は穏便だった。宿泊できる場所や食べ物を相談されたよ。金を出された」
「意味ないのにね」
この村には『金』がない。
役割同士が食料や必要な衣類・家具などを等価となる分だけ交換し合って生活しているのだ。
「そう言ってやったら、あっさりと物々交換に応じたよ。宿も諦めてくれた。「船で寝る」ってさ」
「へぇ」
あたしは微かに安堵した。
あたしがいなくてもよそ者が略奪などを仕掛けてくるようなら総出でかかっているところだ。
「まあ、その連中の中にいた、いやに馴れ馴れしい男が「今夜食事でもいかがかな」って接近してきたから、私も危うく手が出るところだった」
ジョーク抜きで本当に手を出して殺しかねない。
命知らずな男がいたものだ。
いつの間にか裁縫針が全部使い切られている。
(あっさりしてるのはどっちよ)
散々悪態ついてきたくせに。
「……穏便な奴らでも…、私達の行動にまったく気を緩めなかった。ただの流れ者でもなさそうね」
悔し気な横顔だ。
慎重なザクロのことだから、さすがに考えなしで襲撃という手段には出ないだろう。
他の村人のことも抑えてくれるとありがたいのだけど。
「次の気流は半年以内…」
ザクロが口にして、あたしは理解する。
「わかってる…」
背中が重くなった。
喉も乾いた気がして、部屋の隅にある水瓶に近づき、蓋を開けて器に汲み取る。
水瓶の水面に映るのは、伸ばした前髪で両目を隠した自身の顔だ。
鼻先まで伸びる前にいつも自分で目の下まで切っている。
前髪を指先で少し分けてみると、真っ赤な2つの瞳が映った。
この両目は嫌われものだ。
睨まれれば死ぬ、と怯えられている。
ザクロからもだ。
村の人間が全員持っている『赤』とは多少違うだけなのに。
シャンクスとバギーを思い出す。
2人とも、綺麗な『赤』を持っていた。
赤髪と赤鼻なんて、島の人間でさえいなかったのに。
あたしの目を、彼らも嫌うだろうか。
どちらにしても。
「島を出られる前に………」
その先はつっかえたみたいに言葉に出てこなかった。
わかってるよ。
あたしが始末すればいいんでしょ?
.To be continued
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