12:There's different types of…
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目が覚めた落合は、頭を上げる。
「痛っ…」
その際に、頭部の傷口が痛んだ。
(ここは…)
薄い暗がりの中、自身の体勢は、立ったまま壁に磔にされていた。
左右の腕も伸ばされ、キリストの最期を思い出す。
まだ目は慣れないが、窓もない、四方は床も壁も無機質なコンクリートに囲まれている。
どこからか水音が聞こえるが、出所はわからない。
身震いするほどではないが、空気は少し冷えている。
「!?」
自身を縛るものに目をやったが、柱にくくりつけられているわけではないようだ。
身体を縫い付けているものにぎょっとする。
植物の細い根っこが無造作に絡みついていた。
体をよじってみるが、身動きが取れない。
引っ張れば切れると思ったが、細いわりに頑丈である。
それよりも身体が不思議と無気力だ。
寝起きが弱いわけではないが、血液を抜かれたように力が入らなかった。
首がなんとか上下左右に動かせる程度だ。
「あ! まだ意識ある…」
覗き込んできた男の顔に、ビクリと体が跳ねた。
「…っ」
重そうな黒縁のメガネをかけ、キツネのように顔は細く、色白で、20代前半に見える。
まるで家にいるような、スウェットと面白味もない白くよれたシャツを着ていた。
足下は裸足だ。
「あ、あー、怖がらなくていいから…っ。ひどいこと、しないから…っ」
男の視線が挙動不審に彷徨った。
「話し相手が…欲しかったんだ…。君みたいな、かわいい子とか…。へへ…」
人と話すのは慣れていない様子だ。
こんな状況ではなく、町中で出会っても、好印象は持てそうになかった。
「…ここは?」
慎重に問いかけながら、落合は男の顔を思い出そうとする。
どこかで見た事があるような気がしたからだ。
「か…、『カバネ』のアジト…」
あっさりとは言い難いが、相手は答える。
「ちょっと!」
ドアのない出入口から声をかけられ、男の体が大袈裟に跳ねた。
「Uちゃ…」
「邪魔! 死んでっ」
小柄な外套が威圧的な歩調で部屋に踏み入り、蠅でも払う手の動きで男と場所を替わり、生意気そうな猫目の瞳が落合をじっと見つめた。
それから外套のフードを外し、顔を見せる。
年は落合と同じくらいの女子だ。
青みのかかったボブの髪、銀色の片翼の髪留めで短いツインテールを作り、切りそろえられた前髪は眉を隠している。
「ふぅん。うい達のことを嗅ぎまわってる奴の仲間って聞いてたけど、アンタのことでいいの?」
「…………そうだよ」
仲間と名乗っていいのか微妙なところだが。
Uは腰に手を当て、威張るような姿勢をとる。
「男なら全裸にひん剥いて磔にしてやろうかと思ってたけど、女で命拾いしたわね」
「あー…」
(男なんだけど…)
命にかかわる事ならば言わない方が賢明だ。曖昧な返事を返す。
(この子が、磔事件の犯人に間違いなさそう。同じ年くらいにしか見えないけど…)
「捕まっちゃってバカね。でもでも、ういは女の子なら助けて仲間にしてあげてもいいと思ってるの」
ペルソナ使いだと思われているようだ。
落合が口を開く前に、男が待ったをかける。
「ちょ、ちょっと、困る…。お、おれに、くれるって…」
「はあ? あげるとは言ってないわよ。死ぬの? アンタに渡したらどんなオモチャにされるかわかったもんじゃない。この無差別殺人野郎」
「!!」
落合は去年のニュースを思い出す。
白昼繁華街殺傷事件の被告人だ。
「道草…シキ…!」
道草とUが同時に落合に目を向ける。
「お、おれのこと、知ってんの…?」
「裁判所に向かってる途中で護送車ごと行方不明になったって…。裁判に関わった裁判官と検事も…。お前、ここで何してんの?」
落合の目つきが鋭くなる。
手足が動くならつかみかかっているところだ。
「な…、何って…。何も…してないさ…。外に出たら…、みんな…怖い目で見るし…、おれは、現実じゃないここで…、好きに生きてくのさ…っ」
「ふざけるな…! 人を殺しておいて…っ、裁判もまだだろ…! 自分がやったことわかってんのか…!?」
悲痛な気持ちで、ニュースを見ていたのを覚えている。
自分達の事件をまた見ているような。
傍には森尾もいた。
事件現場の繁華街、誰が死んで、誰がケガをしたのか、犯人の名前、顔写真…。
被害者家族のインタビューの時は、心の古傷が再び抉られるような気持ちだった。
『兄さん、この人は、罰を受けるのかな…』
『未成年じゃねーんだ。さすがに…、受けるだろ…』
まさか今目の前にいる気弱そうな男だとは。
放送された写真は、学生時代のものだったのだろう。
だらしない格好をした、もう10代とは言い切れない、立派な成人男性だ。
「お、怒るなよ…。お前も…、おれを…責めるのかよぉ…。かわいくない。かわいくない。でも…、お前におれは捕まえられないだろ?」
急に挑発的になり、勝ち誇った顔が間近に寄せられる。
「…―――っ!!」
いつぶりだろうか。
頭に血が上った。
「法廷に出て…、裁判を受けなよ…! そして、償え…!」
「や、やだよ。だって…、みんなおれに「死ね」って言うんでしょ? 予告してやったのに、止められなかった奴らがわるい」
「なんで…!!」
何に対しての質問なのかわからず、道草は鼻で笑う。
「ちょ、ちょっと冗談めかして書き込んだのを、『やれるもんならやってみろ』って、煽ってきたからだよ…」
書き込みサイトで軽い気持ちで、いつどこで事件を起こすと書き込んだら、次々と煽る書き込みが連続で続いた。
「お、おれは代表でやっただけだ…。書き込んだ奴らも同罪なのに…、おれだけ…っ。おかしいよ…」
落合は絶句する。
道草が本気で言ってる様子だったからだ。
「そ、そんな目をするなよ…。ムカつくなぁ…」
落合の喉に、カッターナイフが当てられた。
両親の命を奪った凶器に、落合は呼吸を忘れる。
「ムカつきすぎて死ねばいい。そこまで好き勝手やるなら、ういが相手してあげる」
そう言って、横からアイスピックの先端を道草の眼球に向けたのは、Uだ。
「ひ…っ」
道草はカッターナイフをさっと引っ込める。
「……………」
カッターナイフが離れ、落合の頬を汗が伝った。
アイスピックを引いたUは、外套の袖で落合の顔の汗を拭う。
「怖かったね…」
優しい感触だった。
敵であるはずなのに、少し心が落ち着いた。
「どうして…、君の仲間なの?」
まともに答えを聞きたくてUに尋ねると、Uの顔は虫がとまったかのように嫌悪を露わにする。
「……仲間じゃないよ、あんなの」
「あー。落ち着く…」
道草は何かを眺め、恍惚気に笑っていた。
落合は視線を追い、はっと息をのむ。
壁の根っこに磔にされていたのは、落合だけではなかった。
部屋の暗さに目が慣れる。
他の壁には、スーツを着た人間が何人も、蜘蛛の巣に引っかかった虫のように根っこに絡みつかれていた。
眠っているのか、そもそも息をしているのか。
衰弱している様子だ。
助けなければならない人間がすぐそこにいるのに、まったく身動きが取れない。
(ボクは、いつも、無力だ)
腰の傷痕が疼いた。
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