11:Not for me…
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『先輩…すみません…。水…売り切れてて…。冷たいコーヒーは確保しました…。ブラック…いけます?』
水を買ってくる、と自販機に走ってしばらくして戻ってきた後輩の夜戸は、肩で呼吸をしながらとても申し訳なさそうに言った。
それなら飲みかけの水でよかったのに、と言おうとしたが、どうやら返してくれる様子はなく、素直にコーヒーを受け取った。
『夜戸さん、コーヒー代返すよ』
『いつもお世話になってますから。足りないくらいですよ』
ペットボトルを両手で握りしめているが、一向に飲む様子を見せない。
『あ…、そう』
隣に座って項垂れる夜戸を横目で見る。
毛先は跳ね、日焼けなんてしたことがないと言わんばかりの白い肌もほんのり赤く、汗が浮いていた。
(触れたら熱いだろうな…)
そう思って、ペットボトルの時のように、まだ蓋を開けてない冷たい缶の側面を当てた。
『ひゃっ!?』
『!?』
今まで何をしても鈍い反応を見せていた夜戸が、小さな悲鳴を上げた。
こちらがびっくりしてしまう。
ペットボトルの時は、と思い返したが、ぬるかったからか、と納得した。
首筋を押さえた夜戸は、さらにみるみると赤く染まる顔で、足立を凝視する。
何をされたかわからなかったような、らしくない声を上げてしまったことに驚いているような。
『先輩…』
軽く睨まれた。
たった一つの不意打ちで、こんなにコロコロと表情が変わる。
『………笑い事じゃないです』
『え。あー…』
自分の口元に手を当てた。どんな顔をしていたのか。
弧を描いた唇の形が手のひらに伝わる。
昼休み終了のアナウンスが響き、先に夜戸が立ち上がった。
『早く飲まないと、ぬるくなりますよ。ではお先に』
急ぎ足で集合場所へと向かう背中を見送る。
リレーで走っている時も感じたが、小柄の割にはスラリと伸びた長い脚と軽やかなステップだ。
陸上のセンスがあったのではないか。
きっとそんな可能性は当人は一ミリも考えないのだろう。
先程の、意表を突かれた表情を思い出し、笑いが漏れる。
他の生徒に見られてしまう前に、落ち着かせるために額にコーヒーの缶を当てた。
思ったよりひんやりしている。
確かにこの温度なら驚くだろう。
いつもは調子を狂わされてるから、勝ったような気持ちになって、うだるような暑さの体育祭は続くのに、足立の気分はよかった。
11月4日日曜日、午前5時。
頭の下の、心地の良い柔らかさに合わせたような夢を見ていた。
目を薄く開けて、捜査本部の照明の光を招く。
いつもより長めの探索だった。
姉川のクラミツハで『カバネ』を追ったが、結果的に収穫はゼロ。
疲労を纏ったまま捜査本部に戻り、一度ソファーで仮眠をとってから戻ろうとしたことを思い出す。
カビ臭い拘置所の布団より疲れが取れるような気がしたからだ。
(今何時? 寝坊はシャレにならないからなぁ)
点検の時間までに戻らなければ現実で大騒ぎになってしまう。
刑事時代より時間厳守だ。
名残惜しむように、枕代わりのものにぐりぐりと頭を擦りつける。
たまにツクモを枕にしては、文句を言われた。
今回も「さっさと起きるさ」と言われるかと思った。
優しく触れるような手に頭を撫でられるまでは。
「?」
未だに醒めきっていない頭を、天井を見るかたちに傾ける。
「……………」
目を見開いた夜戸の顔。
頭の下は夜戸の膝だと気づいた足立の覚醒に時間はかからなかった。
「あっ」
夜戸ははっとして頭に触れた手を離した。
足立もびっくりして上半身を起こす。
「「ツクモ(ちゃん)と間違えて…」」
2人の言い訳が重なる。
そのあと黙るものだから変な空気になった。
ツッコんでくれそうなメンバーも今ここにはいない。
「さ、触って…、すみません…」
「そこまで申し訳なさそうにしなくてもいいんじゃない?」
「だって………」
言葉が続かない。
足立は大きな欠伸をしてソファーから立ち上がった。
「今日は疲れたねぇ。僕は戻ってもうひと眠りするよ。夜戸さんは?」
「少しして戻ります」
「そ。じゃあおやすみ~」
「おやすみなさい」
足立は手前の扉から独居房へ移り、ケータイを使ってウツシヨに戻る。
静寂のままだ。
目の前に布団があって胡坐をかくが、2度寝の気分ではない。
(僕、なにしてんの)
触れられた頭を触る。
この年になって撫でられる日がこようとは。
ふと視線に気づき、食器口の向こうを見ると、怪訝な眼差しでこちらを窺う森尾と目が合う。
戻りが遅かったのが気になっていたのだろう。
(やめてよ。そんな目で見るの)
夜戸と何があったのかは知らないのだろうが、責められるような眼差しが痛かった。
同じ頃、夜戸は捜査本部の浴室にいた。
(あたし、なにしてるの)
足立に便乗して眠ろうとしていた。
あちらは足を投げ出して座った形で眠っていたので隣に座っても大丈夫だと思っていた。
昔の夢に浸って引き上げられる最中、太腿に重みを感じて、またツクモが膝にのってきたのだと思って撫でてみれば、明らかに髪の感触が伝わった。
そして目を開けてみれば、いつの間にか横たわっていた足立と目が合った。
わざとではない。
足立と解散したあとも、手には寝癖の髪の感触が残っていた。
落ち着かせるために、一度シャワーを浴び、家でゆっくり眠ろうと考える。
「ひゃっ!?」
しかし、コックをひねって最初に浴びたのは、冷水だった。
同じような反応を、面白がって笑った先輩を思い出す。
「~~~~っっ」
急いでコックを戻して水を止め、はっと目の前の鏡を見る。
見慣れない真っ赤な顔がそこにあった。
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