11:Not for me…
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11月2日金曜日、午後17時。
裁判所から夜戸法律事務所に戻ってきた夜戸は、ひとり、今までの顧客データをパソコンやファイルを開いて調べていた。
(……ここと契約したことがない人間でも、ペルソナ使いになってたりするし…)
『カバネ』のイニシャルや手を出しそうな犯罪に当てはまる人間は何人か見つけたが、ふとそんな考えが頭をよぎった。
(勝手にデータを持ち出すのも気が引けるし…、とりあえずはメモだけ…)
暗記能力はある方だ。
実際に今まで出会ったペルソナ使いも、法律事務所とどのように関わったのか、顔を見たり名前を聞けば思い出せる。
取り出した手帳に、疑われる人物の名前だけカタカナで書いてメモした。
「明菜ちゃん?」
「!」
手帳を閉じて顔を上げると、弁護士秘書の久遠が応接室の出入口に立っていた。
「何をしている」
後ろにいるのは、父の影久だ。
こちらもちょうど戻ってきたようだ。
「データの整理です」
今終えたと見せかけるように片付け始める。
「…最近、コソコソと…。私に何か隠し事をしていないか?」
「その何かがあったとして、私は父さんに迷惑はかけていないし、仕事に支障も出てないと思いますが」
「…男でもできたか?」
カバンに資料や手帳を入れる手に、力が入る。
「違います」
「あのフリーライターとはまだ仲良しごっこをしているようだな」
「……………」
カフェや一緒に歩いているところを目撃されたのだろう。
「不必要な人間関係を築くな。…裏切られて、日々樹のようになるぞ」
耳を塞ぎたかった。
『イラナイ…』
「…っ!!」
不意に、胸が思い切り締め付けられる感覚に襲われた。
久しぶりの感覚に戸惑い、胸元部分のシャツを握りしめて座り込む。
「明菜…!?」
娘の様子に、影久は駆け寄って肩に触れようとした。
だが、夜戸はその手を跳ねのけて拒み、デスクをつかんで立ち上がった。
「…兄さんを殺したのは…、あなたやあたしを含めた全部ですよ…」
声を絞り出して言えば、体に矢が刺さったかのような顔で影久はたじろぐ。
「……隠し事って…。父さんもあるでしょう? 家を出て行った母さんの居場所とか」
「…っ明菜…」
「お疲れ様でした」
これ以上父親と会話を続けたくなかった。
カバンを手に取り、応接室を出る。
痛みの余韻がわずかに残っていた。
「明菜ちゃん…!」
背後で投げかけられた声に一度立ち止まって振り返った。
追いかけてきたのは、久遠だ。
言葉を選んでいるのか、視線を彷徨わせる。
「その…、親子の問題に私が口を出すものじゃないけど…、先生はあなたのことを心配して言ってるだけで…。確かに…、気に掛け方は…異常…だとは思いますが…」
事務所からでも監視できるような位置にあるマンションを住居に選んだり、交友関係を否定したり、ほんのわずかなことで探りを入れてきたり。
並みの親ではそこまで過保護にはいかない。
特に自立しているはずの娘に対して。
「……心配…ね。そうじゃないんですよ…」
「え?」
「父から兄の話を聞いてませんか? 父は兄を大事にしていました。あたしには見向きもしないほど。兄が死んでからですよ。父の監視が始まったのは。また同じ失態を犯さないように…」
「……………」
「ドラマみたいな親子愛ではないと思いますよ」
そもそもドラマなんて見た事がない。
皮肉なのは自覚していた。
何も言わなくなった久遠に、「心配していただいてありがとうございます」と礼を言ってから、背を向けて去る。
外に出て、ふう、と息をついた。
「母さん……」
思わず口をついてしまったが、懐かしさを覚える。
今頃、何をしているのか。
空を仰ぎ、近づく冬の風を肌で感じる。
(母さん、確か「冬の方が好き」って言ってたっけ。兄さんが生きてた時は、夏が好きだったのに…)
兄の墓参りには行っているのだろうか。
今年の夏は久しぶりに霊園を訪れた。
墓の周りは雑草に塗れていたが、そこには、例年通りヒマワリの花束が置かれていただけだった。
ぽつり、と頬に雨粒が当たる。
「…今日は、折り畳みも持ってきてないのに…」
こんな時ばかりは、家が近くであると助かる。
けれど、素直に思えなかった。
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