11:Not for me…
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11月1日木曜日、午後22時。
夜戸、足立、ツクモ、森尾、姉川の5人はカウンターチェアに腰掛け、事件の整理をしていた。
「―――あの爆破は、『カバネ』って人たちの仕業で間違いないわけだ?」
足立は姉川に再確認する。
「他の人間の仕業ではないと思う。ウチも長くトコヨにいたし、確認できた人数は、5人。使われた爆弾は自前かな。ペルソナ能力なら、ウチのクラミツハがキャッチするわけだし」
「このメンバーと同じ数さ」
「ウチは危うく6人目にされるところだった。考え方が違うから何度か断ったけど。まさか爆破で殺そうとして来るとは…」
夜戸が淹れたモカを口にし、勧誘された時の事を思い出す。
現実での情報を共有し合いながら、己が欲望のままに、トコヨで好き放題に行動している連中だ。
「アルファベットで呼び合ってる時点で、信頼関係が結べると思ってるのかしら。胡散臭っ。後ろめたさがある証拠。せめて本名明かしてから決めてって話よ」
「アルファベット…。全員は覚えてるのか?」
森尾が尋ね、姉川は視線を上げて記憶をたどる。
「リーダーっぽくて代表でウチを誘ってきたのが、Q。「女の子は大歓迎。男は死ね」って言ってたのが、U。ブツブツ独り言いってたヤバそうなのは…O。言動が挙動不審だったのが、M。身長が一番高くてたぶん男かな…。そいつがY。…うん、ちょうど5人」
「よく覚えてるね」
夜戸が感心すると、姉川は鼻を高くした。
「だてにフリーライターやってませんからっ。フフン♪」
「ペルソナの能力まではわかってないの?」
足立の質問に、姉川は痛い所を突かれたように眉間をつまんだ。
「ひとりしかわかってないし、全員調べさせてくれなかった…。厄介なのが混じってて」
「厄介って何だよ」
森尾は片眉をつり上げた。
「ペルソナの能力を封じる奴」
夜戸達は目を見開いて驚く。
敵に回せば確かに厄介な能力だ。
「Uって奴が使い手なのはわかった。Qが余裕ありげに教えてくれたよ。脅してきたっていうの?「もし私達に使ったら、この子の能力で封じてあげる」って」
「それ使って、「仲間になれ」とは脅されなかったんだ?」
足立がそう言うと、姉川はカップを見つめてながら答える。
「あくまで協力する意思があるかどうか。無理やり仲間になったら裏切る可能性を恐れたんじゃないかな…。ウチはその時、夜戸さん達と敵対してたし、今思えば泳がされてたのかも…。ムカつく」
「フリでもしたくないよね。華ちゃんの性格なら…」
「夜戸さんわかってる~」
思い出して腹を立てていたが、その言葉に嬉しそうに笑って、その通り、と言うように夜戸を指さした。
「『カバネ』が起こしてそうな事件だけど、ここ数日の奇怪な事件…調べてきました」
身を傾け、足下に置いたバッグを取って膝にのせ、チャックを開けて中からスクラップ記事を取り出した。
「まず、『駅ホーム連続磔事件』」
「はりつけ?」
ツクモは体ごと首を傾げる。
「被害件数31。被害者は全員男性。駅のホームの柱に全裸でくくりつけられ、本人たちは気絶したままで見世物状態に」
「おお、えげつねぇ事件だ…」と森尾。
「容赦ないねぇ…」と足立。
「犯行時刻の多くは早朝と夕方。被害者たちの年齢・職業はバラバラ」
「ケガとかは?」
夜戸の質問に、姉川は「あー…」と溜めてから答える。
「赤色のスプレー缶で『死ね』と体に書かれ、股間を何度も何度も踏みつけられたそうな」
「「う゛」」
足立と森尾は真っ青になった。
「そーんなに痛いさ? 痛いさ?」
足立と森尾の裾を引っ張って質問するツクモ。
「君はオスでもわからないでしょ?」
足立はツクモの額を軽くポンと叩いた。
「次に、『発生源不明・連続毒ガス事件』」
「今朝もニュースでやってた…」
夜戸は思い出したように言う。
「主に、中学・高校で起きた事件…。被害は学校全体かと思えば、1クラスだけだったり、職員室だけ狙われたり…。死者は出てないけど、一時的に体が麻痺、頭痛や吐き気・気分が悪くなるなどの症状が出たそうな」
姉川が今言った2つの事件だけでも、警察や病院が忙しさに追われるものばかりだ。
「以上の2つはニュースでも取り上げられた事件」
頬杖をつき、ちん、ちん、とスプーンでカップの淵に小さく当てる足立。
少し間を置き、口を開いた。
「…それなら、磔事件は、被害者が過去に何をやらかしたのか、調べてほしいんだけど。まあ、僕の読みだと大方チカンじゃないかな」
「痴漢…」
呟いたのは夜戸だ。
足立はコーヒーを一口飲んでから続ける。
「朝と夕方に見せしめみたいに磔にされたんでしょ? ちょうど通勤・退勤ラッシュの時間帯なら…」
「痴漢が出やすい時間帯でもあるわけですね。それで犯人が見つけて縛り上げた、と」
「まだ断定はできないけど。一度トコヨに引きずり込んでるなら、電車の中に監視カメラはないから、犯人が自分で持ってきたのをどこかに取りつけてるのかもしれない」
アゴに指を添えて考える仕草をした姉川は、足立の推理に乗っかってみることにした。
「その線は悪くないかも。被害者の事を調べて、ウチ、電車に乗って探してみます。監視カメラ。…この場合は盗撮カメラになのかな?」
「なら、あたしは、痴漢と関わった弁護記録を探してみます」
「あとね、毒ガス事件。事件の日に不登校だった生徒を調べて」
「なんで不登校生徒を?」
「何か共通点が出てくるんじゃない? 学校に恨みがあったり…、あるとしたら、何が一番に頭に浮かぶ?」
「……いじめ?」
「そうそう。クラスが特定的だったら、そっちの線もあるかなって。あと、いじめるのは何も生徒ばかりとは限らないし」
職員室が含まれたのも、生徒に嫌がらせをする教師がいたとしたら。
夜戸と姉川は目を合わせる。
自分達が次にやることは決まった。
「出たさ。珍しい真面目なアダッチー刑事」
「僕はいつだって真面目だよ~」
足立はツクモをつかみ、モニュモニュとパンの生地をこねるような動きをする。
「いやぁ~~~。優しくしてほしいさ~~~」
「ぷははっ。こいつが刑事ってありえねぇだろ。日本の警察大丈夫かって話だぜ」
「失礼だねぇ」
噴き出して笑う森尾。
足立は拗ねるように口を尖らせるだけだ。
姉川はきょとんとしていた。
「もしかして、知らないんですか? 足立さんがやってたお仕事と…、その……」
空気を読んで、隣の夜戸に小声で尋ねる。
「…まだ言ってないみたい」
当然、罪状も。
事情を知らない森尾の様子に、夜戸も足立に聞いてみたが、「聞かれたら言うよ」と答えられたきりだ。
もし、足立のかつてしていた仕事や、罪を知れば、森尾はどんな反応をするのだろうか。
足立は否定するかもしれないし、森尾はムキになって言い返すかもしれないが、傍から見れば、ふざけ合っている仲の良い友人同士に見えた。
学生時代では見なかった光景に新鮮さを覚えつつ、反面、夜戸の胸が軽く締め付けられる。
「…そうだ。これはウチで調べたことなんだけど、最近、行方不明・失踪者が続出しているみたい」
「別に今の世の中、珍しい話じゃないでしょ?」
年間、行方不明・失踪者は数万人を超えている。
姉川は「そうなんだけど」と言って続きを話そうとする。
「行方不明と失踪ってどう違うのさ?」
「俺に聞かれても…。同じ意味じゃねーの?」
「家出や夜逃げなど、意思を感じられる場合は、失踪。逆に意思がわからず突然いなくなるのを、行方不明」
夜戸が説明すると、ツクモと森尾は「なるほどー」と頷いた。
「この地区に集中して起きてるのよ。いなくなった人たちの年齢はバラバラ…。行方不明者の中には見過ごせないものもある。これは2ヶ月前からニュースになったことなんだけど…」
姉川はバッグから新しくスクラップ記事を取り出して続ける。
「『被告人・関係者神隠し事件』。裁判所に移動中に護送車ごと行方不明。さらには、担当の裁判官・検事まで忽然と姿を消したって」
「…“神隠し”って、トコヨに引きずり込まれたなら納得だな…。明らかに被告人が怪しいぜ」
腕を組みながら森尾が言った。
「被告人は、道草(みちくさ)シキ」
「!」
被告人の名前を聞いた瞬間、足立と森尾は、はっとした表情に変わる。
「去年の2月に起きた、白昼繁華街殺傷事件の?」
足立の質問に姉川は頷く。
「話題になったやつじゃねーか。チャットとかで犯行予告してから、通行人8人に切りかかって2人殺してる…」
別件だが、森尾の両親の身に起きた無差別殺人と似ている。
当時のニュースを覚えていた森尾は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「夜戸さん、道草の弁護とか担当してたりする?」
足立は一応、夜戸法律事務所と関連しているか探りを入れる。
夜戸は少し考えてから、首を横に振った。
「担当はしてません。……ですが…」
道草の名前を聞いて思い出し、夜戸はメガネに手を添えてさらに記憶を辿る。
浮かんだのは、見た目は40代くらいの女だ。
「母親が訪ねてきたことはあります。息子の弁護をやってほしい、と。でも、父は断りました」
「断る事ってあるんですね」
姉川は目を丸くする。
弁護士でも、引き受ける仕事は選ぶのだ。
「母親は、無罪に持ち込みたかったようなので…。無罪以外にできないか、と無茶ぶりを振られました」
「2人も殺してるのにか」
森尾は母親の正気を疑った。
足立は「道草…、道草…」と繰り返し、「あ」と気付く。
「『カバネ』の中にMっていたじゃない? 道草のMのことかも」
「おおっ。なるほどさ~」
ツクモも納得して跳んだ。
「じゃあ、仮にMを道草として、残りは、U、O、Y、Q…。……Qって名前、なかなか使いませんよね…」
夜戸は首を傾げて「調べてみますけど…」と付け足す。
「英語の辞書とかでも見ても、Qから始まるのって少ないよね」
足立は「外国人とか、キラキラネームとか、実名とまったく関係ない呼び名じゃない?」と適当に言ってみた。
「容疑者Xとか思い出すな」
森尾が言うと、足立は「ああ確かに」と小さく笑う。
「犯罪を犯してるわけだし、あっちもあえて意識して呼び合ってるのかもね」
「道草とは関係ない行方不明者はどうなんでしょう…?」
他にも行方不明者が出ているのは事実だ。
まさか、関係ない人間まで神隠しにしているのではないか。
「そのことなんですけど…」
「!!」
夜戸達は、席にいない人物の声に驚いた。
脱衣所の扉が開き、ゆっくりと落合が姿を見せる。
隠れていた事に対して後ろめたさが表情に浮き出ていた。
「落合君?」と足立。
森尾は隣のツクモを睨みつけると、ツクモは初めから知っていたのか、別の方向に顔を逸らしてヘタクソな口笛を吹いた。
「ツクモお前…っ」
そのまま逃げようとしたツクモを両手で捕まえて問いただす。
「連れて来てほしいって連絡がきたさ~っ。お菓子焼いてきたからって」
「買収されてんじゃねーよっ!」
「テヘッ」と舌を出されたことで余計に腹が立った。
「ボクだって、役立ちたくて情報集めて来たんだよ」
兄に歓迎されていないことに小さなショックを覚えながら、一番手前の空いてる席に座った。
夜戸は席を立ち、落合の分のコーヒーを淹れる。
「情報って?」
姉川は興味津々に落合の話に耳を傾けようとする。
森尾は「おい」とたしなめようとしたが、姉川は落合を見つめたまま森尾の口を手で叩きつける勢いで塞いだ。
落合は森尾の視線を気にしながら口を開く。
「ボクの学校で噂になってることですが、『夢路地』があるそうです。午前0時に噂の路地を訪れると、願いが叶い、幸福で満たされるって…」
現実味のない話に、姉川たちはいまいちピンとこない。
「へー。都市伝説みたいな話だね」
そう言った足立だが、頭の中で稲羽市の都市伝説である『マヨナカテレビ』を思い出した。
「具体的にはどんな幸せが与えられるの?」
コーヒーの入ったカップを落合の前に置いて尋ねる。
「ありがとう、明菜姉さん」と落合は礼を言って、淹れたてのコーヒーを口にしてから質問に答えた。
「たとえば、好きな異性と付き合えたり、今一番欲しい物が手に入ったり、綺麗になったり、死んでしまった人に会えたり…。……ただ…、病みつきになった人が何度か通ってるうちに夢路地の向こうへ消えてしまった…という裏話が」
「欲張りな人間の末路にありがちだねぇ」
浅はかさにせせら笑いが出るが、それが現実で起きているのだとしたら、と足立は考える。
「笑い事じゃねーよ、足立」
いい加減放せ、と姉川の手首をつかんで口から離し、落合を軽く睨みつける。
「空、噂じゃなかったらシャレにならねーんだ。余計な情報集めはいいから大人しくしてろ」
冷たい言い方に、落合はムッと顔をしかめる。
「余計じゃないよ。兄さん達だって危ない事してるじゃない。ボクだって仲間なんだから手伝いくらいしたっていいでしょ」
「俺達にはペルソナがある。自分の身は自分で守れるが、お前はそんなの持ってねーだろ」
森尾は右手のひらを開き、赤い傷痕を見せつけた。
間近に近づけられれば、見慣れない傷痕にビクリと体が跳ねる。
落合の視線は、夜戸の胸元、ツクモの背中、姉川の左前腕を転々と移った。
自分にはない赤い傷痕。
疎外感に包まれ、縋るような眼差しで足立を見つめる。
「透兄さん…」
「勘弁してよ。そんな目で僕を見ても味方になってあげられないからね。僕だって、自分の身を守るのに精いっぱいなんだから」
突き放すように言って、護身用のリボルバーを見せる。
ペルソナを使えない一般人である落合を、これ以上危険なことに首を突っ込ませるわけにはいかない。
相談し合わなくても、暗黙の了解となっていた。
ツクモは、ここに連れてきてしまったことに関してわずかながら反省する。
「…ボクにも、赤い傷痕が欲しかった」
「空…!」
聞き逃せない言葉に森尾は声を低くするが、落合は森尾と顔を合わさず、席を立ってツクモを抱えた。
「ツクモ姉さん、ウツシヨに帰して」
「わ…、わかったさ…」
「明菜姉さん、コーヒーごちそうさま」
「うん…」
引き止めはしなかったが、帰り道が心配なので見送ろうと立ち上がり、手前の扉についていく。
「……………」
森尾はそっぽを向き、カップに口をつけたが、すでに飲み干してしまったことに気付き、そのまま飲むふりをする。
「コーヒー美味しいね、森尾君」
「足立やかましい」
カップに口をつけたまま声にドスを利かせた。
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