09:The only reality
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あの一瞬の粉塵は、マガツイザナギにしがみついた夜戸を隠すためのものだった。
マガツイザナギは、クラミツハの元まで夜戸を運ぶことに成功した。
夜戸は、ナイフを逆手持ちに構え、クラミツハに振り下ろそうとする。
「く…!」
姉川はクロスボウを夜戸に向け、引き金に指をかけた。
しかし、
『間違った真実が勝つくらいなら、刑務所に入る方がマシ。そんなカオしてた。あたしも、好きじゃないから』
かつて言った彼女の言葉が脳裏をよぎり、引く事ができなかった。
ドス!!
ナイフの刃先が、クラミツハの脳天に深く突き刺さる。
「ああああああ!!」
姉川は割れそうな痛みに耐えきれず頭を抱えて悲鳴を上げ、水魚たちは次々と破裂する。
クラミツハは消えないが、今が好機だ。
「一気に畳みかけるぞ!」
イハサクは大きく振りかぶり、赤のシャドウの水晶玉を戦槌で叩き割る。
よろめいた赤のシャドウは青のシャドウにぶつかり、ミカハヤヒの円盤とイハサクの戦槌が2体を挟み込むようにブチ当てられた。
赤のシャドウはイハサクの氷結魔法で氷漬けになって砕け、青のシャドウもミカハヤヒの円盤が胴体にめり込んで破壊された。
「「よっしゃあ!!」」
森尾と、高くジャンプしたツクモがハイタッチした。
黄のシャドウが雷撃を溜めるが、放つ前に、消えかけのマガツイザナギが背後から緑のシャドウを貫き、そのまま勢いよく黄のシャドウごと串刺しにする。
ドン!!
黄のシャドウが放とうとした雷撃は、2体の間に挟まれ、爆発した。
4体が落とした破片を、ツクモが食欲を発揮させて食べつくす。
「うう…っ。ウチの…ッシャドウが…!!」
姉川は歯を食いしばり、足立達を睨んだ。
クラミツハから降りた夜戸は、ゆっくりした足取りで姉川に近づく。
「…華ちゃん」
優しい声色で呼びかけてみたが、姉川は一歩下がり、毛を逆立たせた猫のような顔をして、夜戸にクロスボウを向けた。
「現実には戻らない…!! ウチにはいらんモンや…!!」
夜戸の身の危険を案じて森尾は駆け寄ろうと身を乗り出したが、足立が横に手を伸ばして制する。
視線は向き合う2人に向けられていた。
「現実なんて大嫌い。デマカセの記事、見せかけの写真…。あなたの父親にも言われましたよ。「馬鹿正直なライターなんて誰も必要としていない。田舎に帰れ」って…。ウチは…、真実を写したいだけやのに…! 誰も…、誰も受け入れてくれへん…っ!」
「……………」
夜戸が一歩踏み出せば、姉川は引き金に指をかけた。
近づくな、と目で訴える。
「みんな壊したる…! お父さんに世話になってたクセに知ったかぶりで記者に「やると思ってた」なんて言った奴も、お父さんが死んで手のひら返したみたいにお涙ちょうだいな記事を書いた奴も、お父さんを知らないくせに陰口を言ってた奴らも、ずっと知らんふりで隠れてた犯人も、ホンマにあくどいことしとんのに世間から隠れてやってる奴らも、あいつも、あいつも、あいつも、あいつも…!!」
錯乱しているようにまくし立てている。
可愛らしい声には似合わない言葉ばかりだ。
マイナスの感情が煙で見えるのなら、きっと姉川の姿を隠してしまうほど覆い尽くしているだろう。
「……そんなに現実に戻りたくないなら…」
夜戸は手を差し出し、言葉を続けた。
「カメラを、こっちに渡して」
姉川が、硬直した。
「…え?」と夜戸と目を合わせる。
突然冷えた水を引っかけられたような表情だ。
胸を焦がす感情が鎮火したのが、足立達からも見て取れた。
「現実を捨てるというなら、そのカメラもいらないよね? この世界から、どれでもいいから好きなのを選んで使えばいいじゃない」
「こ…、これは……」
首に掛けられた一眼レフカメラを両手に抱える。
カメラマンだった父親の形見だ。
「こ…、こんなん…、関係ない…」
小刻みに体を震わせる姉川は、夜戸から目を逸らした。
夜戸は手を引っ込めず、首を横に振る。
「関係なくない…。その大事なカメラは、あなたが手放せずにいる、唯一の現実なのだから」
「…っ」
「断ち切る覚悟がなくてしがみついてるくせに、現実がいらない、なんて…簡単に言わないで…ッ」
普段は無表情の夜戸だが、メガネの奥の大きな瞳が一瞬険しくなり、言い放たれた言葉も微かな憤りが含まれていた。
守るように、カメラを抱きしめる。
蘇るのは父親との想い出。
『いつかお父さんと同じカメラを使って、お父さんに自慢できるような誇らしい仕事がしたい』
いつか父親に言った言葉だ。
今の自分は、誇らしい仕事が出来ているだろうか。
少なくとも、人を傷つけるものを写すことではなかったはずだ。
それに、たとえ周りに納得されなくても、自分が間違っているなんて思ったことは一度だってなかった。
父親もそうやって写真を撮ってきた。
そんな父親に憧れていた。
そういえば、と理解者の存在を思い出す。
真実をがむしゃらに追いかける自身のやり方に否定しなかったのは、今、目の前で手を差し出している夜戸だ。
「…渡すの? それとも…、つかむの?」
「…!!」
姉川はクロスボウを下ろした。
胸にこみ上げてくるものは、もう怒りでも憂いでもない。
差し出したのは、自身の右手だ。
2人の指先が触れそうになった時、
ズン!!
「「!?」」
地震でも起こったかのように、廃ビルが大きく揺れた。
廃ビル内のどこかで、ドン、ドン、ドン、と小規模の爆発音が聞こえる。
「なんだ!?」
「なにさなにさ~!?」
「…爆発?」
傍観していた足立達も何事かと辺りを見回す。
続く爆発音は上昇するように徐々にこちらに近づいてきた。
「キャッ」
足下が揺れ、姉川はその場に倒れて背中を打ち付ける。
「つ…っ」
「華ちゃん!」
夜戸は駆け寄って手を差し出し、姉川も応えて握りしめた。
そこであることに気付く。
「カ、カメラは…!?」
首にかけていたカメラがない。
転んだ拍子に落としてしまったようだ。
「2人とも! なんかヤバイから早くおいで!」
足立は呼びかけるが、一度夜戸の手を放した姉川は「待って!」と声を張り上げ、慌てた様子で床を見回す。
「う、ウチのカメラが…っ、大事な…」
ドン!
すぐ近くの床が爆発し、穴を空けた。
思わず顔をしかめるほどの火薬と黒煙の臭いが漂う。
「あ!」
カメラは先程出来たばかりの穴の近くにあった。
姉川は四つん這いで手を伸ばす。
爆発でところどころ削られた廃ビルは、苦痛を訴えるように再び大きく揺れた。
すると、震動で姉川のカメラが動き、穴へと向かう。
「お父さん!!」
姉川は叫んだ。
同時に、その横を人影が通過した。
夜戸だ。
「…ッ!」
最後の盗塁を必死で奪おうとする野球選手の如く床を滑り、穴から身を乗り出して限界まで手を伸ばした。
指先に、カメラを繋ぐ紐が引っかかり、命綱のように強く握りしめる。
穴を覗き込むと、1階下の床も、その下も床も、爆破されて崩れていた。
あのまま落下していたらカメラも粉々だっただろう。
人間も落下すれば叩きつけられて終わりだ。
「夜戸さん…!」
姉川は縋るような声を出す。
早く安心させてあげなければ、と余った手と足で自身を支えてゆっくりと体勢を戻し、座った状態で姉川に振り返り、カメラを見せた。
「カメラは無事…」
言いかけたところで、ピシッ、と寒気を覚える音が聞こえ、次の瞬間には夜戸が座る下の床が崩れた。
爆破だけのせいではない。
元々、廃ビル自体が老朽化していたのだ。
「…!!」
ひゅ、と夜戸の胃が縮こまる。
デジャヴを感じた。
駅のホームに突き落とされた時と同じだ。
見上げられた天井が、離れて行こうとする。
カメラを持っていない方の手を伸ばすが、届くはずがない。
「夜戸さ」
森尾が一歩踏み出す前に、横にいた人物がすでに走り出していた。
「っんん…ッ」
穴に身を乗り出して夜戸の前腕をつかみ、歯を食いしばった。
急にかかる負荷に腕が外れそうだ。
「あ…だちさん…」
「ハッ…。バカじゃないの?」
こんな状況なのに、足立は苦笑いを漏らす。
目を見開いたままの夜戸を引き上げ、仰向けに倒れ込んだ。
引き上げられた拍子に、夜戸は足立の上に倒れる形になった。
「あ、ありがとうございます…」
間一髪だったからか、それとも密着しているからか、夜戸の心臓は早鐘を打っていた。
顔を上げて礼を言って気付く。
至近距離にに足立の顔がある。
垂れた髪の毛先が足立の頬に触れた。
足立は目を合わせたまま、ゆっくりと指先を夜戸の顔に伸ばし、ずれかけたメガネの鼻部分を不意に押し上げた。
「!」
「無茶しすぎ」
「すみません…」
足立の口調は呆れているようだったが、口元には小さな笑みがあった。
夜戸もようやくホッとした笑みを浮かべる。
「そこの2人ィ!!」
「状況を考えろォ!!」
ツクモと森尾に叱られた。
このフロアの天井や床もところどころ崩れてきた。
足立から離れた夜戸は、座り込んだままの姉川に近づき、腰を落として真っ直ぐに目を合わせる。
「あ…」
「大事なものでしょ? 絶対放さないで。周りから何を言われようが、華ちゃんが撮りたいもの、撮り続けて…。あたしは応援してるから…」
姉川の手を取り、しっかりとカメラを握らせた。
「…っ、夜戸さん…、おおきに…ッ」
たった一人でも、自分が撮った写真を待ってくれる人がいる。
父親もきっと、応援してくれているはずだ。
初心を見失い、そのまま忘れてしまうところだった。
カメラを抱きしめる姉川の瞳から、涙が流れた。
「華ちゃん、行こう」
今度こそ、離れないように手を握りしめる。
「はい…」
姉川の瞳は、もう、欲に眩んだ色ではない。
廃ビルはもう長くはもたない。
夜戸達5人は、出入口を飛び出し、階段とは反対側にある非常口の扉へと走った。
「繋がってほしいさ!」
ツクモは意識を集中させる。
姉川の手を引っ張りながら走る夜戸は、非常口の扉を開け放った。
扉の向こうは、捜査本部だ。
崩れゆく廃ビルから数十メートル離れた、雑居ビルの屋上には、外套を纏った5人組がいた。
「…O(おー)君、失敗したみたい」
姉川を勧誘していた外套が、両膝を立たせて座り込んで爪を噛んでいるOに声をかける。
「文句かよ。元々、専門外なんだよ。ぼくの毒でよかったんじゃないの? その方が確実に殺せるよ。そうに決まってる…」
Oはブツブツと独り言の文句を垂れていた。
小柄な外套がOの背中を害虫でも見下ろすかのように睨みつける。
「ホント役立たず男。死んで」
鋭利な刃物で刺すような言葉に、Oは苛立ってさらに強く爪を噛んだ。
「Uちゃん、言い過ぎ。O君の能力なんて使ったら、一発でクラミツハにバレるでしょー」
「黙ってY。そして死んで。女の仲間が欲しかった…。2人も男はいらない…」
フォローに入った高身長の外套を睨み、辛辣な言葉をぶつける。Yは慣れているのか苦笑した。
「あ、あの、あの、これから…どうするんですか…? Qさん…」
もつれそうな足取りを思わせるたどたどしい口調の外套は、双眼鏡を持つQに話しかける。
廃ビルの崩壊を見届け、Qは仲間の4人に向けて言い放った。
「当然、私達『カバネ』は、好きな事を好きなだけやる…。私個人のやりたいことは、夜戸明菜から、あの男を取り上げてやりたい」
後ろでは、Uが「げー。また男…」と舌を出していた。
Qは、自身の手のひらを見つめる。
失敗したが、無惨に轢き殺される夜戸を想像しながらホームから突き落とした快感は、今でも忘れない。
「さあ、みんな、あそびましょう」
.To be continued