09:The only reality
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10月26日金曜日、午前17時。
仕事で裁判を終えた夜戸は、駅のホームに立っていた。
駅構造は高架駅なので、ホームから頭上を見上げれば、日が落ちてきた空が見える。
ふと、ケータイを取り出し、画面を見下ろした。
姉川と連絡しようと試みたが、やはり、メールも届かなければ、電話も通じない。
姉川はずっと、トコヨにいるようだ。
(あれから1週間…)
先週の金曜日に姉川に会ったのが最後だ。
夜戸影久の記事をばら撒く、と宣言していたのに、世間からは何も触れられず、夜戸法律事務所もいつも通りの日程をこなし、影久も記事に脅されている様子も見られなかった。
(早く…、見つけないと…)
まもなく、電車が到着いたします、危険ですので、白線の内側におさがりください、とアナウンスが流れる。
予定通りの到着時間が近づくにつれて人も増えてきたところだ。
わざと前の電車を見送り、これから来る電車のために、白線近くに立つことができた。
右を見れば、遠くの方でこちらに近づく電車が見える。
(探索時間も伸ばしてたし、今日くらいシートに座ってゆっくりしてもいいかな…)
ケータイを閉じ、すう、と息を吸って、電車を待つ。
瞬間、ドン、と背中に衝撃を受けた。
(―――え?)
突然の事に、声に出すことができなかった。
浮遊感に抗えず、誰かに突き飛ばされた、と理解した時にはホームの向こう側に落下していた。
錆びついたレールに肩をぶつける。
すぐさま起き上がろうとしたが、電車はもう目と鼻の先だ。
(トコヨに…。ダメ…、間に合わない…!)
トコヨに飛べる領域内でホームの監視カメラに映っているはずだが、トコヨに電話をかける余裕はない。
驚愕の表情を浮かべている、運転手と目が合った。
線路に落ちた夜戸に気付いたようだ。
そして、ブレーキがかけられる前に、電車は夜戸が落ちた位置を容赦なく通過した。
「人が轢かれたぞ!!」
「きゃあああああああ!!」
「誰か!! 駅員を呼べ!!」
ホームが騒然となる。
悲鳴を上げる人間もいれば、騒ぎを煽る人間、駅員を呼ぶ人間もいた。
遅れてブレーキの音が空気を裂くようにホームに響き渡る。
ホームの監視カメラの映像は乱れていたが、電車が通過する瞬間をとらえていた。
轢かれそうになる直前、夜戸の姿が忽然と消えた。
夜戸はまだ、線路の上にいた。
「…?」
車輪がレールを走る音がいつの間にか消えていることに気付き、ぎゅっと閉じていた瞳を開ける。
「え?」
立ち上がると、無人の電車は目前で停車していた。
ホームを見れば、騒いでいるはずの人間は誰もいない。
「ここは…、トコヨ?」
握りしめたケータイを見下ろす。
電話をかけるヒマなどなかったはずだ。
「!」
視線を感じ、向かい側のホームに振り向く。
そこには、ゴーグルを装着した姉川が立っていた。
背後にはクラミツハも召喚されている。
口は結ばれ、表情が読めない。
「華ちゃん…。あなたが……」
なぜこの姉川がそこにいるのかを考える。
「……あなたが、助けてくれたの?」
「ぼうっとしないでください」
「…ありが」
「お礼も言わないで!」
遮るように怒鳴った。
クラミツハを還し、ゴーグルも消す。
ようやく見えた顔は、険しい表情を浮かべていた。
「…あなたはどうせウチとは来ない…。…ちょうどよかった…。あなたには恩があったから、ウチは躊躇してただけ…。これで返しましたから」
自分に言い聞かせるように放ったあと、ホームの出入口へと向かう。
夜戸は向かい側のホームをのぼり、「華ちゃん!」と背中に声をかけた。
「追いかけてこないでください!」
「!」
向けられたのは、クロスボウだ。
「今夜…、ウチは目的を決行します。…ウチが捕まるきっかけになった、あのビルで待ってますから……」
声を絞り出す姉川は、熱でもあるのではないかというように、汗を浮かべていた。
空いてる手で、首に掛けてあるカメラを握りしめ、自身を保とうとしているように、夜戸には見える。
「……待って…ますから……」
念を押すようにもう一度言って、姉川はホームの階段を下りて行った。
「……………」
(なんとなく……)
助けて、と言われているような気がした。
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