09:The only reality
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10月24日水曜日、午前1時。
トコヨにある4階建ての廃墟ビルの中に、姉川は身を潜めていた。
広く、ほこり臭いコンクリートの部屋の中、ゴーグルをつけてクラミツハの探知能力で夜戸達の動向を探っている。
姉川を捜索しているのは手に取るようにわかった。
『あなたがやりたかったことって、この事なの?』
夜戸の質問を思い出す。
(……やるしかなかったことですよ…)
「……入ってきたら?」
集中が途切れ、機嫌を損ねた態度で相手に声をかけた。
「ああ…、やっぱりわかったの」
扉のない出入口から、黒い外套を身に纏った人物が部屋に入ってきてすぐに足を止めた。
フードを目元まで被っているため、顔が見えない。
「またアンタ? お誘いは断ったはずよ」
「考えは変わったのかと思って」
「残念。ウチはアンタ達の仲間にはならない。アンタ達が欲しいのは、ウチの探知能力でしょ? 下心見え見え」
親指と人差し指で作った輪っか越しに相手を覗き込んだ。相手は肩を竦める。
「本音を言えばそう。でも、こちら側に来てくれれば、もちろん仲間として快く迎え入れるし、守ってあげられる」
「上から目線に言ってくれるじゃない…」
姉川は引きつった笑みを浮かべた。
何様だ、と目つきも悪くなる。
「好きな事もできるし、手伝ってあげられる」
「今まさに好きなことやってるし。そっちに頼まなくてもウチのシャドウ達が仕事してくれるから」
「シャドウ達だと現実に介入はできない。現実に行き来できる私達なら情報を共有できる」
その通りだ。
しかし、と考える。
手を組むのは、危険だ。
仕事の時も、大胆な写真を撮って記事にしてきたが、必ず、どれだけリスクを最小限に抑えられるかを考えながら慎重に行動してきた。
無言の姉川に痺れを切らしたのか、相手は再び口を開く。
「…何を戸惑ってる? 例の記事も現実に貼りまくって騒ぎを起こせばいいのに。何のために夜戸影久の情報を与えたと思ってる? 夜戸明菜の反応はどうだった?」
初対面で勧誘を受けた際に、影久の過去を聞かされた。
現実にいた頃なら断っていたのに、欲が優先されて黙って耳を傾けてしまった。
次に思い起こしたのは、影久の記事を奪おうと走り出した夜戸の姿だ。
(何事にも追い詰められようが冷静沈着なあの人でも、取り乱すことってあるのね…)
脅しの価値はあった。
だが、気分は悪いままだ。
夜戸に関する質問には答えない。
「ウチがそちらの仲間になったとして、夜戸さん達はどうするの? 敵対するのは必至だと思うけど」
「血生臭いことはこちらとしても望んでないし、ぜひ仲間に引き入れたい人間もいる」
「たとえば、誰? 逆に、仲間にしたくない人間はいるの?」
沈黙のあと、相手の口元が不気味に笑い、隠すように右手で覆った。
姉川は顔を強張らせ、額に冷や汗を浮かべる。
相手が何を企んでいるのかは気になるが、頭の中まで覗ける能力でなくてよかったと思った。
きっと恐ろしいことをよぎらせたのだろう。
「……帰って。外にいる4人のお仲間と一緒にね。この世界を手に入れても現実を平然と行き来してるアンタ達とじゃ、馬が合わなそうだから」
相手は嘲笑うように小さく笑った。
「現実嫌いは結構。けど、強がってはいても、いずれは己の欲望に逆らえず、理性も罪悪も蝕まれる…。苦しむだけなら素直になりなさい。たとえ記事のせいで人が死んでも、あなたのせいじゃない」
ドス!
「…!」
相手のすぐ傍の壁に、短い矢が突き刺さった。
姉川を見ると、片手で持てるサイズの赤いクロスボウを構えている。
「…その武器は…」
「自前。全部シャドウ達に任せてるわけじゃないからね。人間相手だけならこれで十分。守られる必要なんてない。いざとなったら、使い捨てにするんでしょ?」
矢を装填し、相手に向けた。
「ネタにされたくなかったら、今すぐ消えて」
冷めた声は低く、射貫くような視線だ。
「…6人目になってくれなくて、残念…」
「消えろ言うとるやろ!!」
故郷の方言が思わず口から飛び出す。
もう声も聴きたくなかった。
嫌悪感のあまり引き金を引きそうになったが、相手はため息を残し、背を向けて出入口から出て行った。
クロスボウを落とし、姉川は自身の震える両手を見つめる。
「ウチは…っ、あいつらとは違う…!」
首に掛けたカメラを抱きしめ、うずくまった。
「お父さん…!」
左腕の赤い傷痕に痛みが走る。
さっさと楽になってしまえ、と拷問されているようだ。
カメラを握りしめる痛みで誤魔化し、歯を食いしばった。
(助けて……)
弱音は呑み込んだ。
一言でも吐き出せば、孤独感で脆いガラスのように身体が崩壊しそうだったからだ。
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