08:I feel like I'm being smothered
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10月18日木曜日、午前9時。
おかけになった電話は…、と数えるのも言い終えるのを待つのも面倒になった声が、夜戸のケータイ越しに聞こえた。
相手は、フリーライターの姉川華。
メールを送っても返信はなく、こちらから電話をかけても、電源を切られているか圏外にいるかで連絡が一切取れない。
「華ちゃん…」
ケータイを見つめながら呟く。
『夜戸さん…っ、ウチ……』
涙を見せた姉川に、あの時に一声かけていたら、何か変わっていただろうか。
空は一点の曇りもない快晴だというのに、無機質で雨雲のような色の夜戸法律事務所をメガネ越しに見上げ、億劫な気分にさせられた。
ノックをしてから応接室に入ると、ガラスのローテーブルの一番奥のオレンジ色のソファーで、待ち構えていたかのように腰掛けている影久がいた。
険しい顔で、部屋に入ってきたばかりの夜戸を睨む。
「…どうかしたんですか?」
父親の様子に夜戸にわずかに戸惑いながら、視線だけで部屋を見回した。
弁護士秘書の久遠はいない。
「お前が担当している足立透のことだが…」
ぶつけられた名前に思わず、次の言葉に構えた。
「あの男…、お前が高校1年の時に関わってきた奴か」
「……そうです」
調べられたことに憤ってもいいはずだが、この厳格な父親相手には冷静な対応が優先される。
「…完全に縁を切ったと思っていた…。妙だと思ったんだ…。お前が弁護を自ら志願したことが…」
影久は嘆かわしいというように肩を落とし、眉間をつまんだ。
「私が1年の時にお世話になった先輩です。志願する理由にはなりませんか?」
ギロリと影久は睨みつける。
「殺人犯に軽々しく「先輩」とつけるな。誰かに知られればお前の名に傷がつく。そうなる前に…、今すぐ奴の担当から辞退しろ」
「……………」
無言の夜戸の表情に変化はない。
だが、
「明菜、「はい」と言え」
「彼の弁護をおりることだけは、したくありません」
言葉と眼差しだけは、冷たく鋭い。
切り返しに、一切の迷いはなかった。
「明菜…!」
影久は立ち上がりかけたが、夜戸は次の言葉で制する。
「父さん…、あなたの名前に傷をつけるようなことはしませんから。それでも、もし、辞退を強要するなら…、私は…、きっとあたしは、今度こそあなたを許さない…」
「……お前…」
娘の表情は変わらない。
なのに、首元に冷たい両手が触れられるような、寒気を覚える口調だ。
「あ…、すみません、余計なことを…。でも、足立さんの裁判が終わったら、またいつも通りに戻りますから。…午前の裁判に行ってきます」
メガネを押し上げ、出入口から右方向に向かって自身のデスクから必要な資料を手に取ってカバンに詰め、廊下へと続くドアを開けた。
「!」
そこには、久遠が立っていた。
部屋から出て来た夜戸に驚き、「あ…」と口を開いて目を泳がせる。
先程の会話を立ち聞きしていた様子だ。
「その…」
「……………」
夜戸は会釈をしてから久遠の前を通過した。
階段を駆け下りる。
そして外へ飛び出し、空気を大きく吸い込んだ。
「息が詰まりそう…」
同日、午後22時。
捜査本部のカウンター席に座りながら、足立と森尾は目の前の光景を眺めていた。
ザカザカザカザカザカザカ…
夜戸が、カウンターの内側でただひたすら黙々とまな板にキャベツをのせては千切りしていた。
大皿に刻まれたキャベツが詰まれていく。
5玉分はある。
「夜戸さん、一体どうしたんだ?」
森尾は小声で隣の足立に尋ねた。
足立も小声で返す。
「さぁ…。昨日、「食べたいものありますか」って聞かれたから、「ウニ、うなぎ、焼肉、キャベツ」って答えたんだよね。で、今日大量に持ってきてくれたんだけど…」
質問してきた時と違って様子がおかしい。
上の空なのか、本人なりに何かを発散しているのか。
「ナイフの練習とか?」
「握ってるの包丁だけどね。でも、そろそろ止めた方がいいかも…」
「えー。大丈夫だろ。もうすぐキャベツが尽きるし。今、声かけるのはさすがの俺も気が引けるっつーか…」
買った分のキャベツが尽きた。
「いや、今度はツクモちゃんが千切りにされるから」
茫然としたままの表情を浮かべている夜戸は、すぐ傍にいたキャベツ色のツクモをつかみ取り、まな板にのせて押さえつけ、包丁を構える。
気付いている様子はまったくない。
「ア゛――――ッ!!!」
叫ぶツクモ。
「夜戸さんストップ!! 足立この野郎止めろよ!!!」
身を乗り出し、ツクモが真っ二つされる前に真剣白刃どりで包丁を止める森尾。
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