08:I feel like I'm being smothered
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10月17日水曜日、午後22時。
「!」
ケータイを使って捜査本部を訪れた夜戸は、テーブル席のソファーに仰向けで寝ている足立を見つけた。
頭の後ろに手を組み、脚を組んだまま、口が半開きの状態で寝息を立てている。
足立が先に到着した場合、待つついでにひと眠りしているのはたまに見かけていた。
それを大体ツクモが、腹に飛び乗ったり、耳元で大声を出して起こしている。
今日は珍しくツクモがいない。
この空間を作ったからといって、本人がいる必要はないようだ。
「……………」
起こさないように、足音を小さくして歩く。
いつものようにコーヒーでも淹れて待っていようかと考えるが、足先は足立に向けられた。
距離が近いほど寝息の音がよく聞こえる。
拘置所の布団より、寝心地がいいのだろう。
寝癖のような髪。
見つめていると、自然と右手が伸びた。
『―――――』
毛先に触れる直前、10年前に発した足立の言葉が脳裏をよぎり、ぴたりと指先を止める。
「あ、夜戸さん」
「! ッ」
扉を開けて入ってきたのは、森尾だ。
驚いて思わずテーブルの角にスネをぶつける。
地味に痛かった。
「だ、大丈夫ッスか?」
「うん……」
そう頷きつつ、打った個所を擦る。
「ふわぁ…」
音に起こされ、足立が欠伸とともに起き上がった。
「あれ? 集合してる…。早いねぇ、2人とも」
目を擦り、今度は先程より大きな欠伸をする。
「足立、呑気に寝てんじゃねーよ」
「そー言わないでよ。今日は運動で疲れたけど、目が冴えてお昼寝できなかったんだし」
首を傾けて骨を鳴らした。
「…眠気覚ましのコーヒー淹れますね」
夜戸は背を向け、カウンターへと向かう。
「……………」
森尾の視線が、カウンターの内側に入る夜戸を追った。
「いつもありがとねぇ~」
足立は座り直してテーブルにアゴをのせ、脱力して言う。
夜戸はサーバーをセットしながら、わずかな微笑みを浮かべた。
「~~~~」
森尾は足立の傍に立っていた夜戸を思い返し、眉をひそめて聞こえない程度に唸る。
(何でこっちがやきもきしなきゃならねぇんだ)
「森尾君、何でこっち睨むの」
「やかましい。よだれ拭けアホ面」
指摘されて袖で拭う足立。
「みんな集まってるさ~?」
手前のドアが開き、ツクモが入ってくる。
「君さ、ひとりで入る時どうやって開けてるの?」
「ジャンプさ」
このくらい高く飛べる、と言いたげに1mほど高くジャンプしてみせた。
足立と森尾と夜戸の頭に、動物番組で見るような、飼い主が帰宅してリビングのドアを自力で開けて迎えに行く忠犬の姿が浮かんだ。
「探索を始める前に、みんなに見てほしいものがあるさ」
ツクモはテーブルに飛び乗り、腹の縫い目の隙間から一枚の紙を取り出した。
巻かれた紙を伸ばすと、テーブルいっぱいの大きなスクラップ記事が広げられる。
「うわ!」
森尾が思わず声を上げて仰け反ったのは、ホテルの部屋の光景が載せられていたからだ。
中央には、裸の中年の男と制服を乱れさせた女がベッドの上で言い逃れできない行為に励んでいる。
「…あれ? この人…」
足立には映っている男に見覚えがあった。
「あー…。やっぱりテレビで見た事ある。有名な俳優じゃなかったっけ?」
名前は覚えていなかったが、男の名前が記載され、女を誘った経緯や行為が具体的に書かれている。
「これだけじゃないさ」
ツクモが他のスクラップ記事を取り出す。
どれも、ターゲットはテレビやネットで話題の人物に限らず、教師、医者、警察官など、問題を起こせばバッシングを受けそうな職業に絞られていた。
そして内容はどれも過激なものばかりだ。
不倫、違法取引、密会…。
撮られた人物はすべて身元が割られ、顔や文字に何も修正は施されていなかった。
「あーらら、これは明らかにアウトだねぇ。過激すぎ。モザイクも入れずによくもまぁ大胆に…。僕は嫌いじゃないけど」
「足立、お前よくそんなまじまじと見れるな」
森尾は手のひらで顔を半分覆いながらスクラップの直視を避けている。
足立は頬杖をついてからかうような笑みを浮かべた。
「案外ウブだね、森尾君」
「ウブじゃねーよ」
否定はするが、森尾の顔は耳まで赤い。
「…夜戸さんも割とがっつり見てるし」
ふと隣を見れば、カウンターからテーブル席に戻ってきた夜戸が、スクラップをひとつひとつ確認していた。
「……どれも…、バラまかれたら世間が騒ぎそうなものばかりなのに、ひとつもニュースで見ませんでしたよ」
「そーなの?」
外部との情報がほぼ断たれている拘置所では、ニュースで何が報道されているかまではつかめない。
「そう。これは、トコヨで貼られてたもの…。ターゲットの家の周りや部屋にしか貼られてなかったさ。しかもベタ貼り」
実際全部集めると高く積めるほどだ。
ほとんどツクモが回収した。
「………怖」
足立は、自身の弱みが記載されたスクラップ記事が部屋の壁や床一面に貼られているのを想像してみた。
サイコホラー映画のようだ。
「ウツシヨに影響しても、ターゲットが焦るだけじゃ…」
「内容が内容だから警察にも相談できない」
夜戸に続いて足立が言う。
「世間に公表する気はないってことか?」
森尾は首を傾げた。
「世間どころか、撮られた人間も知らないかもしれないさ。ほとんどウツシヨに晒される前にツクモが回収したけど…、おかしなことに、放置されてるみたいだったさ…」
「放置?」
夜戸の返しにツクモは頷く。
「写真は間違いなく、一度トコヨに引きずり込んでから撮影されたもの。一瞬なら、撮られた人も、引きずり込まれたことに気付かないさ。…なのに、出来上がった記事はウツシヨで直接貼ってもいいところ、トコヨに残されたまま。ウツシヨに影響を及ぼす気はなさそうな意思を感じるさ」
「…写真撮って、好き勝手に記事作って、誰に見せるわけでもないのに飾ってるってわけ? ただの自己満?」
面白くなさげな足立だ。
「欲望が暴走しても、理性が残ってる場合ってある? 現実に公開して騒ぎ立てることに、犯人が躊躇してる可能性」」
全員の視線が夜戸に移される。
「……犯人が何を考えてるのか、捕まえてみないとわからないさ」
ツクモは夜戸の質問に答えなかったが、否定もしなかった。
「…機嫌悪くしないで聞いてほしいんだけど、夜戸さんの法律事務所、記者とか関わった事ない? 依頼人でも、周りでも…」
「足立っ」
明らかに夜戸の職場に疑いが向けられた質問だった。
ストレートな言い方にたしなめる森尾だったが、夜戸の中ではすでに思い当たる人物がいた。
「……………ひとり……」
もう一度スクラップをじっくりと眺める。
大胆な撮り方には、見覚えがあった。
「9月ごろから音信不通の、フリーライターがいます」
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