07:Tell me what you are thinking
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
手のひらを自身の頭に当て、人物の顔を思い出そうとしている。
『兄さん…。兄さんは…、置いてかないで……』
母親の葬式の際、落合が煙突の黒煙を見上げ、涙を流して言ったことだ。
『どれだけ犯人が憎くても、周りが理不尽でも、兄さんは…、兄さんのままでいて…』
「君がやろうとしてるのは、ただの殺しだよ。気が晴れるとは違う。何も残らなくなるだけだ…」
「知ったふうなクチきいてんじゃねェ!!!」
イハサクが戦槌を振り上げようとしたが、その前にマガツイザナギが懐に入り込んで刃を突き出した。
「!」
森尾は咄嗟にイハサクを構え直させ、戦槌の柄で刃を受け止める。
押し合いに持ち込み、互いに譲らない。
刃と戦槌の間に火花が散った。
「く…っ!」
「やめときなって。今の君、ムキになってるだけでしょ?」
「違う!! 俺は決めたんだ…! 後戻りする気はねぇ!!」
バールを構え、森尾が足立に突っ込んでくる。
「っと!」
頭目掛けバールが横に振るわれ、足立は屈んで避けた。
空振りの隙に、銃口を向ける。
バンッ!
飛び出した銃弾は、森尾のバールを弾き落とした。
カラン、と金属音を立てて落ちたバールが廊下を滑る。
続いて銃口が森尾の額に向けられた。
「…ッ!」
歯を食いしばった森尾は、右脚を勢いよく振り上げて足立のリボルバーを蹴り飛ばす。
「!」
指から離れるリボルバー。
足立の視線は森尾から外さない。
伸ばされた両手は足立の胸倉をつかみ、壁に叩きつけるように押しつけた。
「ッ」
ぶつけた背中に痛みが走る。
森尾の手は微かに震えていた。
「お前は、親とか…大事な奴を殺された事がないからわからねぇんだ…! 殺した奴が罰せられない悔しさもわからねぇ…。何もわかんねぇのに、知らねぇのに、大人ぶって説教するんじゃねェ!!」
ハァ、と足立はため息をつき、チッ、と舌を打って、どこから来たのかどこへ行っていいのかわからなくなっている迷子の子どものような顔を睨みつけた。
「だからテメェはクソガキなんだよ」
「な……」
ゾクッ、と森尾の背筋が凍りつく。
「大事な親を殺されて悔しくて、やり場のない気持ちが抑えきれなくて、犯罪者なら誰でもいいから「制裁」をくわえてもいいって? 言い方変えて「殺す」理由にしたいだけだろ」
「違う!!」
「っ!」
衝動的に足立の右頬を殴った。
だが、足立は「ははは…」と不気味に笑う。
「誰でもいいから殺したかった…。ロクでもない犯罪者の動機だよねぇ。…言ってやる。君がやろうとしてるのは、立派な、人殺しだよ。ロクでもない人殺しだ」
足立の瞳に映る、狂気を纏った自身の姿。
かつて両親を手にかけた、少年と同じ顔だ。
彼もそうだ。
『誰でもよかった』と。
その「誰も」で両親が選ばれた。
なんでもないはずだった、日常の中から、適当に。
「違う!! 違う違う!! 一緒に…、一緒にするな!!」
今にも泣きそうに顔を歪めた。
足立の手が、森尾の束ねられた髪をつかみ、引き寄せて額に頭突きを食らわせる。
「人を殺すってどういうことかもわからずに自棄を起こすくらいなら、とっとと、こんなくだらねぇことなんか、やめちまえ」
「ああぁあああああああ!!!」
錯乱状態で咆哮を上げ、イハサクの振りかぶった戦槌がマガツイザナギの胴体に打ち込まれる。
ブロックアイスのように氷漬けになるマガツイザナギだったが、
「終わろうか、森尾君」
眼光が鋭く光ると、身体の氷は剥がれるように砕けた。
「!?」
そして、マガツイザナギが刃を振り上げてイハサクの右腕を切り落とし、さらに雷撃を放つと、辺りは稲光に包まれ、光が消えた時には、イハサクも消えていた。
「………う…」
森尾は膝をつき、立ち上がる気力を失った。
「はは…。運動の成果だねぇ…」
戦いが終わり、マガツイザナギを還し、足立も疲れてその場に座り込んで壁に背をもたせ掛け、ネクタイを緩める。
「…この世界なら、できるって思っちまった…。犯罪者を引きずり込んで、ひとりずつ制裁を与えられる…。誰も「それは間違ってる」なんて否定されない、この世界なら…」
ポタ、ポタ、と廊下に雫が落ちた。
足立は静かに垂れた頭を見つめる。
「そしたら、歯止めがきかなくなっちまって…。手始めに、ここの奴らを引きずり込んじまった…。自分が人を殺そうとしてるなんて罪悪感は、不思議となかった。何より…、空の事、忘れちまってた…」
震える声。
大事な人間を忘れていたことが、恐ろしかった。
失われるところだった。
鼻をすすり、手の甲で目元を拭う。
それでも、雨漏りのように溢れるものが止まらない。
「兄さん」
「「!」」
その声に振り向くと、ゆっくりとこちらにやってくる影があった。
「空…?」
幻影でも見ているのかのように、顔を上げた森尾は、元の色を取り戻した瞳で、そこにいるはずのない落合を見つめた。
足立も驚いていたが、ツクモを引き連れて廊下の奥から遅れて現れた姿に、「ああ」と察する。
「夜戸さん…」
「遅れてすみません…。どうしても…、彼と会わせてあげたかった…」
「アダッチー、大丈夫さ?」
落合は何も言わずに、森尾に寄り添い、抱きしめた。
森尾も、なぜこの場所に落合がいるのか、疑問を口にせず、確かにある温もりを素直に受け止め、タガが外れて子どものように泣きじゃくる。
静寂を取り戻した廊下に、嗚咽だけが反響した。
.