07:Tell me what you are thinking
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10月13日土曜日、午後13時。
足立は運動の時間に参加していた。
森尾の顔色に変化はない。
傷痕の痛みがあった日から、森尾は運動の時間には参加していなかった。
足立も食器口から向かいの独居房を覗いてみたが、不気味なほど大人しくしていた。
「やぁ、森尾君、調子はどう?」
試しに気さくに声をかけてみる。
「……………ああ」
ぶっきらぼうに小さく答えるだけだ。
そのまま、ふい、と足立の横を通過する。
あれ以来気まずくさせてしまったか、と足立はうなじを掻いた。
「おい…」
収容者のひとりが森尾に声をかける。
森尾に対して一番凄んでいた、右腕に桜の刺青がある小太りで無精ひげを生やした男だ。
さりげなく森尾と自分の背中を刑務官に向けながら話し出した。
「前に、お前らの話をこっそり聞いた奴から又聞きしたんだけどな、お前、傷害で捕まったんだって? やるじゃねぇか」
気持ちを込めずに褒め、森尾の背中を軽く叩く。
「…だからどうした…? てめぇと違って誇らしくもクソもねぇけどな」
男を睨み、コブシを握りしめた。
「怖いねぇ。何をされるかわかったもんじゃねぇや」
何か企んでいる様子だ。
森尾が凄みやすいようにわざと煽る姿勢をみせる。
「…傷害って色々あるからなぁ。ケガさせたのは確かなんだろ? 詳しく教えてくれよ。殴ったか? 刺したか? 殺してやろうと思ったか?」
森尾の右手に、痛みが走った。
「てめぇ…!」
森尾の手が男の胸倉をつかんだ。
「ちょっと、森尾君…」
やれやれ、と足立が止めに入ろうとした時だ。
「ぎゃあああああ!!」
「「!?」」
大袈裟に喚いた男がいきなり膝から崩れ、自らの左手を押さえて呻きだした。
何事か、と周りがざわめく。
「お、おい…」
森尾が声をかけるが、男は「ひいい」と尻餅をついて恐怖の表情を浮かべて森尾を凝視し、指をさした。
「こ、こいつ、刃物を隠し持ってるぞ! 俺の手を切りつけやがった! い、痛いぃぃッ」
「な…っ」
男の左手から、ポタポタと血が落ちる。
確かに手の甲に、刃物で切られたような赤い線が出来ていた。
「貴様、何をしている!!」
「違う! 俺はやってねぇ!!」
刑務官たちが森尾の下へ駆け寄り、無抵抗に構わず取り押さえる。
「運動の時間はここまでだ!」
別の刑務官が収容者達に呼びかけた。
他の収容者達は、戸惑いつつも、面白いものが見れたというように笑っている。
「ひひ…っ」
男は尻餅をついたまま、連れていかれる森尾を見て、してやったりと歪んだ笑みを浮かべていた。
「ああ、そう。猿芝居なんだ?」
足立は冷めた目で男を見下ろした。
森尾がやったと訴えた傷も、自身の形の悪い爪で切ったものだ。
「ぷぷ…っ。なんのことだ…?」
男は込み上げてくる笑いを引っ込ませようとはしなかった。
立ち上がり、低い声で足立に顔を近づけて脅しをかける。
「余計な事を言えば、お前もでっち上げてやるよ…」
「いい大人が、ガキ相手にムキになるなって。ロクな目に遭わないからさ」
同日、午後19時。
森尾は、一時的に鎮静室に入れられた。
独居房と違い、窓はなく、あからさまに天井に監視カメラが設置されていた。
森尾は天井を仰ぎ、茫然とカメラを見上げる。
きっと検察側に今回の騒ぎで裁判に不利になる情報が伝えられるだろう。
ようやく話のわかる弁護士に会え、落合の「よかった」と安心した顔が見られたというのに。
「俺が…、何したってんだ……。なぁ、空……」
また悲しい表情をさせてしまう。
監視カメラの映像が乱れる。
そこにいるはずのない誰かの手が、森尾の頭を撫でる。
「かわいそうに。でも、この世界なら、何をしても許される…」
誰かの声が、森尾に憐れみをかける。
「!!?」
顔を上げようとした森尾の脳裏に、過去の記憶が早送りで通り過ぎ、心の傷口を無理やりこじ開けてくる。
「あ、あ……」
右手のひらの傷痕が、目を覚ますように開き、赤い傷痕へと変貌を遂げた。
「あああああああああ!!!」
右手を鋭い槍で貫かれるような激痛のあまり、絶叫する森尾。
瞳の色が、鈍い金色へと染まる。
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