06:Forever as a child
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10月6日土曜日、午前1時。
拘置所近くの駅のロータリーに夜戸達は集まっていた。
“新しい彼氏が欲しい”
“鬱陶しい女…。彼に最初に目を付けたのは私よ”
“もっと眠りたいな…”
“彼女ヅラするくらいなら、マシな料理くらい出せよ”
“あのクソ上司、いつか絶対陥れてやる”
“仕事行きたくない”
“さびしいよぉ。誰か、僕のことなぐさめてくれよぉぉ”
足立は舌打ちする。
「胸クソが悪くなるな。最後のは明らかにオッサンの声だったし」
窓ガラスや鏡にノイズが混ざって映ったり、愚痴や嘆願、単なる呟きなどの声だけが聞こえたり、まるで監視カメラが切り替わるみたいに断絶的だ。映像が現れる度に、呼び寄せられるように様々なシャドウが現れた。
「ペルソナ!」
夜戸に召喚されたイツは、宙を舞うように移動しながらシャドウ達を曲刀で切り裂いていく。
スピードも前より速く感じられた。
ツクモもミカハヤヒを召喚し、夜戸と足立の背後に迫るシャドウ達を、ミカハヤヒの円盤で蹴散らす。
「わ!」
ツクモは遅れてすぐそこまで近づいてきた、大きな黒い塊のシャドウに襲われかける。
「イツ!」
イツの身体を風が纏う。
イツの剣先が向けられた瞬間、疾風の刃がツクモを襲うシャドウを切り刻んだ。
散らばるシャドウの身体は地面に溶け込んでいく。
ロータリーに静寂が戻り、シャドウの気配がなくなったことを確認してから夜戸はイツを還した。
ツクモもミカハヤヒを還し、嬉しそうにシャドウが落とした仮面の破片を食べ始める。
「ふぅ…」
後ろにバランスを崩す夜戸だったが、伸ばされた手が背中を支えた。
「平気?」
覗き込んでくる、足立の顔。
「…はい」
遅れて体勢を立て直すと、握りしめていた夜戸のナイフは緑のキラキラ光る塵となって消えた。
「使いこなせてきたじゃない。あとはキャパを自覚しないとね」
「今日、アダッチーは何もしてないさっ」
駆け寄ってきたツクモが頬を膨らませて言う。
「えー、僕、病み上がりだよ」
「腰痛は病み上がりって言わないさっ」
「言いますー」
「言わな…っ。え、言わないさ?」
途中で不安になったツクモが夜戸に振る。
夜戸は小首を傾げた。
「病気じゃないから違うのでは?」
「そんなことよりも。前より増えてない? シャドウ。なんか、気分悪くなる声につられてるように思えるんだけど…。そもそも、連続宝窃盗事件の時も思ったけど、あの映像とか声とか何?」
話を逸らすように足立はツクモに尋ねる。
「ウツシヨから流れ込んできた、欲望や傷心…、つまり…人間の負の心さ。鹿田や都口みたいに領域主がいなければ彷徨うシャドウだけど、放っておいても増大して、ウツシヨにいる人間の魔が差しやすくなるさ」
「犯罪を起こしやすいって事?」
夜戸が尋ねると小さく頷いた。
「ぜーんぶシャドウのせいにするのはよくないなぁ。根っから魔を持ってる奴だって世の中にはゴロゴロいるのにさ」
頭の後ろに手を組んだ足立は、足下に落ちていた食べ残しの仮面の欠片をツクモに向かって蹴り飛ばした。
イルカショーのイルカの如く、ツクモは大口を開けて欠片を口の中に迎え入れる。
「鹿田と都口はまさにそういう人間さ。普通の人間より、心の形が、傷が、闇が、歪なのさ」
「心の…」
夜戸は自身の胸に刻まれた十字型の傷痕に触れる。
(赤い傷痕があるってことは、あたしも……)
「理由が全部マイナスじゃないことだってあるさ」
ツクモがさりげなくフォローを入れた。
「足立さん…、森尾さんの様子はどうですか?」
「お向かいさんだから、一応様子はちゃんと見てるよ。独居房にいる時は大人しいし、運動の時も普段通りだし」
今のところ、傷痕に変化もなかった。
「そうですか…」
「ガラは悪いけど、本来は明るい性格なんだろうね。どうでもいいこととかベラベラ鬱陶しいほど喋るよ」
『足立、知ってるか? 昔、どっかの監獄で脱獄しまくった囚人の話』
『あー、テレビで見た事あるかも…』
『味噌汁を手錠や檻に吹きかけて錆びさせて脱獄したって』
『それが? 言っとくけど、今の監獄の味噌汁って塩分控えめの健康的な献立になってるよ。あと今の時代監視カメラで速攻バレるし』
『俺、気付いちまったんだよ。涙ならどうだ? 水分があるだけ流せるし。鉄格子にこっそり擦りつけてやるのさ』
『錆まみれになる頃にはおじいちゃんかもね。ミイラみたいにカラカラになって出所の頃にはうれし泣きもできないよ』
「―――ってな会話してたな、今日。僕、途中で寝ちゃったかもしれない」
「冗談でも、脱獄の話しちゃダメですよ」
夜戸は両手でバツのマークを作った。
「懲罰房行きたいんですか? 拘置所での態度も謹んでください。刑務官に目を付けられると…」
「僕が言い出したんじゃないよー」
真顔の夜戸に詰め寄られ、苦笑いの足立は両手を低く上げる。
「夜戸さん、時々弁護士の顔になるよね」
「れっきとした弁護士ですから。…心配してるだけですよ」
わずかに肩を落とした夜戸は、困ったように息をついた。
「それってさ…。……いや…、戻ろっか」
弁護士としてか、夜戸個人としてか。
足立は深くは踏み込まなかった。
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