06:Forever as a child
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10月1日月曜日、午後13時。
拘置所にいる足立は、夜戸から貰った黒のTシャツと暗めの赤のジャージに着替え、運動のために屋上にある運動場に来ていた。
天気は秋晴れだ。
足下は緑の人工芝生、周りは金網の高い壁で囲まれていた。
見張りの刑務官は2人。
他の舎房からも何人か来ていたが、運動するには邪魔にならない程度の申し分ない広さだ。
出入口付近の隅にはベンチが設置され、ほとんどの収容者がそこに座っていた。
軽くストレッチをして筋トレを始め、金網の周りを何周かランニングし、息が上がったところで角に腰を下ろした。
「ふう…」
手持ちの白いタオルで汗を拭く。
運動に踏み出したきっかけは、まるで部活のようになりつつあるトコヨ探索に、自身の体力のなさを痛感したからだ。
こちらの拘置所は運動時間は参加自由なので、運動したい場合は刑務官に声をかければいい。
まさか、やりたくもない運動をするはめになるとは、収容された当初は考えもしなかった。
『アダッチー、全然体力ないさ』
肩を竦めるようにため息をついたツクモが脳裏をよぎる。
内心で舌を打ち、宙を睨みつけた。
(好き勝手言ってくれちゃってさ)
比べて夜戸は、あまり疲れた様子は見せない。
顔に出ないだけかもしれないが、それでも動きに余裕が見られた。
脚の速さなら負けないが、あちらは持久力がいいのだろう。
(まったく…、僕もいい年なのに、あいつらみたいなことしてて実に腹立たしいよ)
特捜隊のことを思い出す。
仲間の救出の為にテレビの中の世界を探索して翻弄される彼らを見て嘲笑っていた時代もあったが、今では同じような事をしているのだ。
(もしかして、僕達がこんなことしてどっかの誰かが喜んでたりするのかな?)
空笑いが出てしまう。
「何がおかしいんだ」
声をかけられて見上げると、見覚えのある男がいた。
生え際が茶髪、残りは金髪。
「あ」
(プリン君)
喉から出かけた言葉を、手で覆って呑みこむ。
「…どちらさま?」
「ふざけんな、コラ。前に目ぇ合ったろうが、オッサン」
ヤンキーのようにしゃがんで凄んでくる。
とぼけ通したかったが、相手は覚えていたようだ。
あれから数日が経っているので顔の絆創膏はなくなっていた。
「ヤニもってねーの?」
人差し指と中指を立ててタバコを吸う仕草をする。
足立は「ないよ。タバコ吸わないし」と両手を広げて首を横に振った。
「チッ」
露骨な舌打ちだった。
そのまま別の場所に移動して他の収容者からタバコをせびるのかと思われたが、足立の左隣にどっかりと腰を落として足を投げ出した。
(えええ…。そこ座るの~?)
足立は半笑いのまま硬直し、内心で戸惑った。
隣の男の縁と言えば独居房が向かい合っているだけだ。
何か絡まれるような事をしただろうかと目を泳がせながら心当たりを探す。
そうしていると、刺さるような視線を横から感じた。
(物凄く見られてる…)
肉食獣が、得体も知れない獲物は食えるか食えないか見定めているようだ。
「……アンタ、何したんだ? 独居房に入れられるなんて、よっぽどのことじゃねーと入れねーんだろ?」
単なる興味だったようだ。
足立は、周りを見て、なるほど、と納得する。
ベンチに座り込んだり軽く運動している最中の、刺青入りや強面の収容者より、ここでは平凡な見た目の足立の方が浮いてしまう。
話しかけて来た男は、足立が独居房に収容されていることも知っているので尚更気になるのだろう。
「イビキもうるさくねーし…。ま…、まさか、男が好きとかじゃねーよな?」
勝手に推測して、勝手に真っ青になって、勝手に距離を置いた。
「違う」
足立は真顔できっぱりと否定する。
「よし、何が理由で独居房なのかはひとまず置いといて、罪状を当ててやる」
男は人差し指を向けてニヤリと笑った。
足立は困惑の表情を浮かべる。
「え~、なんでもいいじゃない…」
当てた時のリアクションを考えるのも煩わしい。
そんな心情など知った事かと蹴るように男は推測を始めた。
腕を組んでアゴに指を添えたり、視線を彷徨わせたり、ドラマで見た名探偵のような仕草をしてるが、わざと作った癖だろう。
何か閃いたのか、ぱっと目を開けた。
「窃盗だ」
「ちがうよー」
「あ? じゃあ横領」
「ブー」
「詐欺じゃねえよな?」
「ブッブー」
「チカンだ! 今度こそドンピシャだろ!?」
「君、僕の事なんだと思ってんの」
自信ありげに輝く顔がこれまた腹立たしい。
まだ続くのかと途方に暮れそうになった時、見張りの刑務官が運動時間の終了を知らせた。
足立は立ち上がって伸びをし、「そろそろ戻らないと」と切り上げようとする。
男は不服そうな顔をしながら立ち上がった。
「チッ。次は当ててやるからな…。俺は森尾嵐(もりお あらし)。アンタは?」
「…足立透」
「フツー」
(うるさいな)
遠慮なく失礼な一言を吐かれたが、足立は愛想笑いを送った。
「向かい同士、よろしくな、足立」
(呼び捨て…。僕の方が年上なんだけど)
呆れ果てるほどの無礼者だ。
森尾は、挨拶するように右手を自身の顔の横まで上げた。
握手ではなさそうだ。
「…?」
「タッチだ、タッチ。よろしくのアイサツ」
足立は開いた口が塞がらない。
(青臭…っ。こいついくつだよ…)
「あはは…」
「なんだよ。恥ずかしがってんじゃねーよ」
誤魔化すように笑う足立を睨みつける。
「!」
そこで足立は気付いた。
森尾の右手のひらに、鋭利な刃物で突き刺されたような傷がある。
赤くはなかったが、トコヨで暴れまわった人間にあった傷と似ていた。
「森尾君、その傷は?」
「あ? これか? ………こんなの俺が知りてーよ。最近、どこかで作っちまったんだけど、どこで付けたか全く身に覚えがねーんだよ…。医者に見せても、「出血もしてないし、もう塞がってますね」なんて的外れな事切り返されちまうし…」
「……………」
質問しようとしたが、刑務官に「早くしなさい」と促され、結局話はそこまでとなった。
(……夜戸さんに聞いてみるか…)
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