06:Forever as a child
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9月26日水曜日、午後17時。
夜戸は拘置所近くのカフェのテーブル席で、足立の裁判に関わる資料を広げ、いつものブレンドコーヒーを飲んでいた。
拘置所から出た途端に小雨に降られて立ち寄ったが、ここ最近で、すっかり行きつけの店となっていた。
「3月…か」
数日前、足立の公判前整理手続があった。
簡単に言えば、裁判官、検察官、弁護人の打ち合わせだ。
証拠、争点を絞り込んで審理計画が立てられる。
この際に公判の日取りも決定される。
足立の公判は、3月の下旬となった。
夜戸は手帳を広げて日程を確認した。
10月はすぐそこだ。
面会室と構造は同じだが刑務官はいない、弁護士と被告人が会う接見室。
そこで足立に予定を告げれば、「えー、まだ半年も先じゃない」とぼやいていたのを思い出す。
足立としては、さっさと裁判を受けて判決を下されたいのだろう。
最悪な判決だってあり得るというのに、呑気な態度だった。
「……………」
ケータイを手に取り、待ち受け画面を見る。
メールは1件も来ていない。
父の夜戸影久ともめてから、姉川とは音信不通だ。
様子を見に行くのは余計なお世話だろうか、と考える。
「明菜」
心臓が一瞬跳ねた。
姉川と連絡が取れなくなった元凶がすぐそこに立っていたからだ。
「父さん…」
「アイスコーヒーを」
影久は近くを通りかかった店員に声をかけ、断りもなく夜戸の向かいの席に座る。
リラックスをしていたのに、一気に空気が凍りつく。
「……仕事終わりですか…。久遠さんは?」
夜戸の視線が弁護士秘書の姿を探す。
「仕事が終わったばかりだ。先に帰らせた」
「そう…ですか」
そう言いながら、テーブルに広げた資料をカバンに片付けていった。
影久の視線が、資料に書かれた足立の名前をとらえる。
「熱心だな。その男の裁判は春ごろに決定したのだろう? お前には他の裁判も控えているはずだ」
「…わかっています…。私も、他の依頼をないがしろにしてるわけではありません。担当している足立さんの刑事裁判は、今まで担当してきた裁判とは違いますから。検察側にどう対処するか、念には念を入れてるだけです。ただ、それだけです…」
「帰りがいつも遅いのも、そういう理由か?」
「……………」
知られているとは覚悟していた。
いざ口に出されると、ぞわぞわと背筋に寒気を覚える。
目の前にいるのに、背後から同じ目で見つめられているような感覚だ。
「はい。集中すると時間も忘れてしまうものですから…」
トコヨの探索とは言えなかった。
「ケガが多くなった理由は?」
「転んで出来たものです。…私は事務所でも言いました」
会話を終了させたかった。
なのに影久は「何度も転ぶものか」と食い下がる。
「そう言われましても」
「明菜…、その男の担当になってからおかしくなってないか?」
妙に鋭い指摘に、夜戸は一度間を置いて答えた。
「…普段通りです」
「いいや、ヘンにこだわっている…。その男の裁判も、なぜ受けた?」
取調室で尋問を受けているようで、気分がいいとは言えない。
内心では、また始まった、とうんざりしていた。
(質問ばっかり…)
父親の質問責めは今に始まった事ではない。
さり気ない仕草でカップに手を付け、コーヒーを口に運ぶ。
「そんな殺人犯のために、無謀な裁判はするな」
この言葉に、カップに口をつけたまま動きを止め、ゆっくりと口を離した。
言葉は出てこない。
波打つ黒い水面を見下ろす。
「明菜、お前にはいずれ夜戸法律事務所を引き継いでもらう。余計な事をして評判を落とすな。私はお前の為に言っている」
水底で影久の声を聴いているようだ。
ぼんやりと、捜査本部を思い出す。
(早く…、あの場所に行きたいな…)
仕事が終わって、ケータイを使って『捜査本部』に赴き、カウンターの内側に立って、3人分のコーヒーを淹れ、向かいに座る足立とツクモに飲んでもらう。
その間、足立は拘置所生活やままならないトコヨ探索をぼやき、ツクモはそれを聞いてちょっかいを入れるのがお決まりだ。
トコヨ探索に伴って日課になっていた。
「あの、弁護士の方ですか?」
横からかけられた声にはっとした。
「なんだね、君は?」
話の途中で割り込まれ、影久はあからさまに不機嫌を見せる。
「すみません、お取込み中に…。それ、胸の、弁護士さんが付けるバッジですよね?」
「ええ…」
胸元を指さされ、夜戸が頷く。
相手は、10代後半の学生に見える。
肩甲骨まで長く、オレンジ色に近い茶色のふわふわの髪。
長い前髪は左に分けられ、シルバーの星型のピンを5つ連ねて留められている。
今時の高校生の女の子よりもナチュラルなメイクをしていて、生まれつきなのかまつ毛が長い。
サングラスを胸に提げ、上半身は暖色のチェックの長袖シャツとその上に黒のロングカーディガンを着、下は黄色のスカートをはき、脚は黒のショートブーツを履いていた。
「ちょうど弁護士さんを探していたところなんです。私の兄の弁護をしてほしくて…。あ、私、落合空(おちあい そら)といいます」
夜戸の周りを囲んでいた淀んでいた空気を払うように、落合はニッコリと愛嬌よく笑った。
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