05:Shape of heart
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「ぐ…っ」
ガラスや壁の破片が散乱する床に倒れていた夜戸は、衝撃で床に打ちつけ痛む身体に呻き、粉塵が舞う中、天井を見上げた。
「アダッチー! 明菜ちゃーん!」
爆発音のせいで耳が聞こえにくかったが、ツクモの声が聞こえた。
「生きてる!? 生きてるさ!?」
ツクモが確認するように鼻を頭に押し当ててくる。
「ツクモ…、足立さんは……」
砲撃を受ける瞬間、イツとマガツイザナギが壁となってくれたが、火力は凄まじく、爆風までは防ぎきれずに、夜戸と足立は後方へ吹っ飛ばされた。
それぞれバラバラの方向に飛ばされ、どうなったかはわからない。
ツクモの背中を支えに、ゆっくりと身を起こせば頭から血が伝った。
「う…ッ」
近くで別の呻き声がした。
ガラスケースの上に叩きつけられてぐったり倒れている、足立だ。
「足立…さん…!」
「イタタ…」
足立の身体も、ガラスなどの破片で傷まみれになっていた。
夜戸が手を貸す前に、自力で起き上がる。
「バズーカって反則だろ…。銃とナイフじゃ、リアルでムリだし…」
「…イツ達は相手のペルソナの攻撃で手一杯です。本体に近づきたくても、武器があれじゃ…」
「最初は君ひとりでも足止めは出来てたわけでしょ? …なら、僕が引きつけるから……」
そう言って、足立は手に何かを握りしめ、夜戸にこっそり耳打ちした。
粉塵が晴れ、相手から自分の姿が見えるようになった。
トヤマツミは散らばった宝石を触手で回収している。
「しぶといねぇ…」
女は、ジャケットに付着したガラスの破片を払いながらこちらに来る足立を睨み、口元に嘲笑いを浮かべていた。
「あの女は逃げたのかい?」
辺りに目を配るが、夜戸の姿がどこにもいない。
足立は平然として言った。
「ああ…、先に逃げちゃったみたい。勝ち目があんまりないし、僕もそろそろおイトマしよーかなって思ってたとこだから、ちょうどいいけど…。その前にコレを持って帰らなきゃ…」
「!!」
女の顔が硬直する。
足立の手に握られていたのは、この展示会の最大目玉商品の一つ、大型ダイヤのネックレスだからだ。
それを足立は、人差し指に引っかけてくるくると自慢げに見せびらかすように回していた。
「返しな…!!」
明らかな動揺を見せ、ドスの利いた声で凄む。
「どうして?」
足立は怯むことなく、ヘラヘラと笑って尋ねる。
「それは私の宝石…!! 私が手に入れてこそ意味があるの…!! 私にこそふさわしい…。私だけが、その宝石の美しさを引き立たせることができる…! 愛を表すことができる! お前みたいな若造が持っても意味なんてこれっぽっちもないんだよ!」
「あははははっ! 知らないよ、そんなの。何勘違いしちゃってんの? これはただの、値段が高くて、キラキラ光る首飾り…。それだけでしょ? アンタが身に着けてる石ころだってそうだ…」
「石こ…っ!?」
「愛だの美しさだの酔ったこと謳う前に、アンタさぁ、自分の今の顔見てみなよ。そこに鏡落ちてるでしょ?」
言われて反射的に、足下に落ちていたヒビ割れた卓上ミラーを見下ろした。
映っていたのは、顔を真っ赤にさせた般若のように歪んだ顔だ。
「…っ」
思わず目を逸らした。
「誰が何を引き立たせるって? その辺に落ちてる石ころの方がお似合いじゃないの? 砂利とかどう? 小さな石が引き立たせてくれるよ、惨めなオバさんを」
ブチンッ、と血管が切れた音が聞こえた。
「あいつ、挑発のプロさ;」
「しー…」
ガラスケースの後ろに身を隠し、夜戸とツクモは床を這いながら女に近づいていく。
感心しているツクモを静かにさせ、様子を見ながら隙を窺った。
(動く…!)
女の感情が昂りトヤマツミの触手も荒波のように激しくうねった。
「そこに立ってな、若造。動くんじゃないよ…。苦しむ間もなく綺麗にミンチにしてヘドロに塗れたドブ川に捨ててやる…!!」
ファンデーションでは隠しきれないほどの青筋が浮き上がっていた。
般若と言うより鬼女である。
「うっわ、怖」
足立の笑みは引きつり、一歩後ろに下がった。
「死になァ!!」
怒声とともにトヤマツミの猛攻撃が再開される。
怒りに任せているのか、動きはムチャクチャで、的外れな場所に触手がぶつけられた。
「わっ!?」
女も、足立目掛けて容赦なくバズーカを撃ちまくる。
「逃げるんじゃないよォ!!」
「走ってばっかだなぁ、もう!」
足立は壁際を走り、通過した壁に次々と触手が突き刺さり、身体は砲弾の爆風に煽られてよろけ、それでも部屋を半周する。
女の背中が、夜戸の方へ向いた。
(今…!)
ツクモを待たせ、ガラスケースを乗り越えて一気に距離を縮める。
ナイフのグリップを女の頭目掛けて振り下ろした。
「きゃあああ!!?」
「!?」
背後からツクモの悲鳴が聞こえた。
夜戸の動きが一瞬鈍る。
「私だって、挑発に乗ってやってばかりじゃないんだよ」
瞬間、腹に衝撃が走った。
「!! ごほ…ッ」
振り返る勢いでバズーカの後ろで腹を撲られた。
モロに食らい、夜戸は床を転がって腹を押さえ悶える。
「夜戸さん! ぐっ!」
正面から飛び出した数十体のシャドウ。
先頭にいた一匹から体当たりを食らい、足立は壁に肩をぶつけた。
「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ…」
夜戸は腹から込み上げるものを堪えながら、視線でツクモの姿を探す。
「ツクモ…」
隠れていたのは、夜戸とツクモだけではなかった。
2体のシャドウがツクモを挟み込むように捕らえ、女の下へ連れていく。
「明菜ちゃん…、アダッチー…」
涙を浮かべたツクモは弱々しい声を出し、夜戸と足立を交互に見た。
足立はシャドウに囲まれ、倒れた夜戸は都口にバズーカの方向を向けられていた。
ツクモの身体は、逃げられないためにシャドウに強く締め付けられ、都口に手渡される。
「大事な大事な、ぬいぐるみみたいだねぇ」
都口はクスクスと笑い、ツクモを左腕に抱えた。
「明菜ちゃん! ツクモに構わないでペルソナでこいつをやっつけて…!」
「……………」
夜戸は動かない。
「なんでさ!? ツクモは役立たずのぬいぐるみさ! こちらの世界に2人を巻き込むしかできない…、最悪なぬいぐるみさ!」
「ホント、最悪なぬいぐるみだよ…。人質になりやすいし…。いや、バク質かな?」
「!」
そう言ったのは、足立だった。
痛めた右肩を左手で押さえ、壁を支えに立っている状態だ。
手元のリボルバーを目の前のシャドウに向けるが、目はツクモを睨んでいた。
「自分を見殺しにしろって、言ってるんだからさ…。ヒドい奴だ…」
「だって…、そうしないと2人とも…っ」
「諦めて情けない弱音吐くくらいなら黙ってろ。聞きたくねぇんだよ」
「…!!」
声を低くして言った足立の言葉に押し黙る。
「ふふっ、見捨てられたようだねぇ」
一度瞼を閉じた夜戸は、腹の痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がる。
大きく息を吸い、吐き出してから目を開けた。
砲口は向けれたままだ。
「………捨てられたのは、あなたの方でしょう? 都口ジュリ(とぐち じゅり)さん」
「!!」
女―――都口の笑みが凍りつき、ゆっくりと口を開く。
「私も…、ここでアンタを見かけた時から気付いてはいたさ…。アンタ、やっぱり、あの弁護士の…!」
思い出し、ギリッと唇を噛んだ。
「!」
足立とツクモは異変に気付く。
ノイズ音が聞こえたからだ。
周りの景色は変わらない。
代わりに、散らばったガラスや鏡から音声が流れる。
“君は僕を愛してないだろう?”
耳に届いた途端、都口の脳裏に歩んできた人生がよぎる。
育った家庭は裕福で、幼い頃から両親に可愛がられ、欲しいものはなんでももらった。
特に、母や周りの夫人たちが身に着け、多彩な輝きを魅せる宝石が好きだった。
同じように身に付ければ誰もが褒めた。
至福の時だった。
お見合いをきっかけに結婚を果たし、多くの記念日にはいつも夫から宝石をプレゼントされた。
ダイヤのネックレス、ルビーの指輪、サファイヤのピアス、エメラルドの腕輪…。
出会った記念、初めて手を繋いだ記念、初めて2人でドライブに行った記念、2人で暮らす家を買った記念…。
記念日があるごとに、宝石をプレゼントされた。
散らばったガラスに、乱れた映像が映る。
リストラされても、新しく勤めた会社の収入が少なくても、夫は妻に求められるがままに宝石を与え続けた。
長く続くはずもない。
ある日、夫は数本のバラの花束を買って妻にプレゼントした。
受け取った妻はきょとんとしている。
“どうしたの? この花”
“プレゼントだよ。その…、たまには宝石以外もいいんじゃないかって…。花を持ってる君もキレイだよ”
“ふふっ、もう、あなたったら…、冗談はよして”
妻は、受け取った花束を床に捨て、両手を差し出した。
“早く私に、愛をちょうだい?”
突拍子もないジョークに笑うような、屈託のない笑顔だった。
それから、記念日の日は夫の金を勝手に使い、気に入った宝石を買い漁った。
“あなた…、ねぇ、あなた、私、キレイでしょ? あなたの愛はステキよ”
無邪気に笑う妻の周りに散らばるのは、宝石と、多額の請求書だ。
立ち尽くす夫は、愕然とした表情で妻を見ていた。
映像がブツリと切れ、ただのガラスの色に戻る。
「……あなたは、どちらが欲しかったの?」
「……うるさい…」
都口の声は震えていた。
「それだけ宝石を掻き集めても、わからなかったのですか?」
「うるさい…!」
「『愛』が何かはわからない…。でも、なんとなく…、最後に『愛』を受け取らなかったのは、あなたの方じゃないですか?」
バズーカの引き金に力が込められる。
はっとしたツクモは声を上げた。
「や、やめるさ!!」
「黙れ!!! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! 私の愛を否定するんじゃないよ!!!」
「うぐっ!」
床に叩きつけられてバウンドする。
「明菜ちゃ…」
「逃げて、ツクモ」
(ツクモは…)
バズーカを向けられても、トヤマツミが触手を振り下ろそうとしても、夜戸は臆することなく、温かい眼差しでツクモを促した。
ツクモの中に、抱きしめられていた時の温かさが浮かんだ。
同時に、背中の縫い目が痛みを覚えた。
血肉のない身、ないはずの心、諸共に引き裂かれそうな痛みだ。
「ペ…」
(ツクモはもう一度、わがままを言っていいのかな? ねえ…――――)
「ペルソナ――――!!!」
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