04:What is the common sense?
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夜戸はジャケットを脱いで喫茶店の店員のように黒のエプロンをかけ、カウンターの内側で喫茶店のマスターのような佇まいで、沸かしたての湯が入った細口ポットをつかんでコンロから上げ、セットしたドリッパーにゆっくりと注いだ。
コーヒーの香りが店内に広がり、目の前にいる足立は久方ぶりの淹れたての匂いに鼻をひくつかせる。
「彼女も連れて来ちゃったの?」
「暴走せずにペルソナが使えるなら、協力してもらおうと思ってさ」
「電話がかかってきた時は驚いた」
法律事務所からの帰路の時、夜戸のケータイに着信がきた。
登録した覚えはないのに、待受画面に『ツクモ』と表示され、思わず動きを止めてしまった。
『やっほー、明菜ちゃん。このあとどう?』
「―――っていう感じで」
「飲みに誘うノリだ」
「最初に来た時と同じく、駅の監視カメラの前で電話を使いました。あ、ウツシヨに帰る時と違って、『トコヨ』って連絡先になってましたけど」
「ああ、それは僕も帰ったあとで気付いた」
ウツシヨにいる時はトコヨ、トコヨにいる時はウツシヨ、と自動的に変換されていた。
夜戸は棚からカップとソーサーを取り出してカウンターに並べ、サーバーからコーヒーをカップに注ぐ。
「夜戸さん、断ってよかったんじゃないの?」
「足立さんも絶対来るって聞きましたし」
「へえ~~~」
足立は頬杖をついて前を見たまま、ツクモの背中の縫い目に親指を思いっきり押しつけた。
「ピンポイントにプッシュするのやめるさ~~~っ」
「あたしもペルソナについてもっと知りたいですから。なんとなく、弁護の役に立つ気もして」
「危ないよ?」
「足立さんもです。味方は多い方が、効率もいいと思いませんか? 時間は限られてますから」
「できました」と夜戸はソーサーにのせたカップを足立の前に置く。
「一応忠告はしたし、何かあっても僕は責任取らないからね。…ところで、このコーヒーは? ここにあったもの?」
「ちょうど自分のコーヒーがなくなってたもので。自前です」
「なら、安心」
久しぶりに口にしたコーヒーは、ほどよい苦味だった。
雑味も混ざっていない。
「うーん…。大人の味さ~」
カウンターに座りながら、両手で器用に別のカップを持って飲んでいるツクモ。
苦くて眉間を寄せ合っている。
「え、飲めるの?」
ツクモに関する無駄な知識が増えていく。
「ミルクいる?」
「欲しいさ~」
屈んで2段式の小さな冷蔵庫から牛乳パックを取り出した夜戸。
「夜戸さん、あんまり甘やかすと絶対調子に乗るからね、そこのキャベツ」
「キャベツって言うなさ!」
「ツギハギキャベツ」
「何さその新種!」
「こぼすよ、ツクモ」
ツクモが怒りで暴れる前に夜戸が注意した。
落ち着いたところで、夜戸、足立、ツクモはコーヒーを口にしながら現状を話し合う。
「―――監視カメラに映ってたのが証拠となって、鹿田は捕まったようです…」
「拘置所内だとあまり外の情報が入ってこないからなぁ…。けど、今まで犯行現場に鹿田は映ってなかったんでしょ?」
「ツクモが、暴走した鹿田の欲望…今までの悪事のデータもろとも食べたことで、監視の目を通してウツシヨに還しただけさ。ツクモが」
ニヤリと笑うツクモ。
視線は足立に向けられている。
「凄いのはわかったからドヤ顔やめなよ、ムカつくな」
「あたし達の姿は映らないの?」
夜戸はよぎった心配事を口にする。
「映ったらえらい事だよ。もう取り調べはイヤだからね」
足立は留置場の暴力的な取り調べを思い出し、苦い顔をした。
「そっちの心配もいらないさ。映像の編集や操作ができるのはツクモだけ。君らの姿は映させない」
「…ウツシヨで拘置所の映像を停止させたり、自分が映らないようにしたりするのは朝飯前ってこと?」
「その通り。ただし、欲望に暴走したペルソナ使いの領域内だとそうはいかないさ」
「ははっ、役立たずになるってわけだ」
今度は足立がニヤリと笑った。
ツクモは夜戸の胸に飛びついてめそめそと泣きつく。
「足立さん、あまり女の子を泣かせるのはどうかと…」
「性別わかるの?」
「なんとなく…」
ツクモが泣き止んだところで、話を戻す。
「今回の事件は、宝石店が次々と襲われて、宝石がぜーんぶ奪われてるってことさ。題して、“ズッコケ刑事と童顔弁護士事件ファイル! 謎の連続宝石窃盗事件! 愛と金の繰り返される悲劇! 犯人はキャベツ!”」
「夜戸さん、おかわりもらえる?」
「はい」
「無視さ!?」
夜戸は今朝のニュースの内容を思い出す。
監視カメラに不自然な現象が起こったことで、薄々そんな気はしていた。
「テレビでやってたのって、やっぱり…。もう8店舗は襲撃されてるらしいです」
「総額とか何兆くらいいってるかな? 死ぬほど遊びまわっても遺りそう」
足立がおかわりのコーヒーを啜りながら呟く。
「アダッチー、呑気に言ってる場合じゃないさ」
「わかってるって」
そう言いながら、頬杖をつき、ソーサーに添えられたスプーンを指で挟んでカップに入れ、砂糖もミルクも入ってないのにくるくると混ぜる動きを見せて言葉を続けた。
「慌てることでもないと思うよ? 金目的の窃盗犯なら、こんなに何度も襲撃しない。1店舗すべての宝石だけで相当な額だ。とっとと盗んだ宝石を換金して飛べばいい。そもそも…、こんな便利な力があれば銀行に忍び込んじゃえばいいのにね。すぐに大金持ちだよ? 海外で家を建てて一生遊んで暮らせる」
「犯人の目的は、宝石そのものってことですか?」
夜戸の質問に頷く。
「ゲーム感覚で盗む愉快犯タイプか、シンプルに宝石大好きコレクタータイプか、狙った宝石店に恨みがある……いや、3番目は鹿田みたいに建物ごと燃やしたり壊したりするか」
犯罪者の心理を考えながら口にする足立に、ツクモは口をぽかんと開けていた。
「アダッチーが頭良く見えるさ」
(頭の中がよく見えるようにしてやろうか?)
ツクモの失礼な発言に足立は無言でスプーンを握りしめたが、察した夜戸が「邪魔しちゃダメ」とツクモを抱えて距離を離す。
「早い話、しばらくは犯行を繰り返すってわけですね」
「たぶん。さっさと捕まえて静かな日常に戻りたい…」
足立はコーヒーを飲み干し、夜戸を見る。
「……夜戸さんさぁ、胸の傷、いつからあるのか教えてくれない?」
「!」
唐突な質問に、不意打ちを食らったような顔になった。
「鹿田の額にも、同じような傷があった。その変わった赤い傷…、目覚めたペルソナと無関係とは思えないんだよね」
「……………」
「もう一度見せてくれる?」
一度間を置き、夜戸はツクモをカウンターにおろし、エプロンを取ってからシャツのボタンを上から3つ外した。
人差し指を、開けた部分に引っかけて赤い十字傷見せる。
横の一線がわずかに縦より長い。
「いつから?」
再び質問される。
「今年の…夏の初めくらいですね。…でも、すみません…、なぜついたのか、覚えてないんですよ」
「覚えてない? わりと深そうだけど、病院にも行かなかったの?」
「突然なんです。普通に朝目覚めてお風呂に入ろうとして、鏡を見て気付きました。いつの間にか十字型に…。それほど痛くもなかったし、血が出てるわけでもなく、病院には何て説明していいかわからなかったので…」
足立は八十稲羽市のことを脳裏に浮かべた。
同じだ。いつの間にか、何がきっかけかわからず、自身に力が宿っていた。
「…………関係なくないことはわかった」
(赤い傷のことも含めて、もっと詳しく調べないと…)
カウンターチェアから立ち上がり、「それじゃあ、そろそろ行きますか」と声をかける。
この先、傷の力が必要になるため、夜戸はボタンをそのままにした。
カウンターから出て、ウォールハンガーにかけていた自身のジャケットに袖を通し、持ってきて隣に引っかけていた足立のジャケットとネクタイを渡す。
「持ってきてくれたんだ」
「ええ」
足立はジャケットを着、ネクタイを締めた。
やはり曲がっている。
「怖かったら、ここで待っててもいいんだよ」
「怖がってるように見えますか?」
「わかんないよ。君、表情変えないから」
3人の足は、奥の扉に向けられた。
「捜査開始さ!」
.To be continued