38:Forever and Ever
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森尾が喫茶店の店主となって経営し、森尾一家と落合一家、そして月子とツクモが喫茶店の上のマンションでそれぞれ暮らしている。
「親戚のおじさんが手伝ってくれたんだ」
親戚もカフェを営んでいるため、人づてに聞いてくれたらしい。
足立に仕事の詳細を知らせなかったのは、訪れた際に驚かせたかったようだ。
理由は単純で実に子どもじみている。
「ここは良い場所だ。学校が近いおかげで学生も来てくれる。コーヒーは今も修行中。夜戸さんに時々教えてもらってるんだけどな」
「夜戸さん…」
呟いた足立は話題を変えて落合に話しかけた。
「落合君、奥さん、子ども産まれそうなんだって?」
「うん。ういは今入院中。もうすぐだからね。本当はここに来ていいのか迷ったけど、「せっかくなんだから行ってきなさい」って背中を押されちゃった」
ありがたいしかない、と言った表情だ。
「さすがに女装はもうやってないの?」
事件を追いかけていた時は女装が制服みたいなものだった。
本来の格好は指で数えられるくらいしか見た事がない。
足立に聞かれて落合は恥ずかしげに頭を掻いた。
「あー…成長期には逆らえなくてさぁ。だんだん似合わなくなっちゃって。でも、かわいい服を制作する側になったし、お気に入りの服が出来たら、ういか、自分の子どもに着せてあげたいとは思ってるよ」
とてもいい顔だ。
しかし待ってほしい、と森尾夫婦は制する。
「空君、生まれるのって男の子じゃなかったっけ?」と姉川。
「お前の趣味に留めておけ」と森尾。
足立達の後ろでは、風汰と菜月がツクモを引っ張り合って遊んでいた。
「やーめーるーさーっ」
「ツクモちゃん、いつか破れちゃわない?」
「意外と丈夫」
珍しくない光景だと月子は教えてくれた。
ツクモも叫んではいるが楽しそうだ。
「お前はこれからどうするんだ?」
カウンターの内側に立つ森尾は自分用のカップにコーヒーを注ぎながら尋ねる。
「どこか知らない土地で地道に暮らしていこうかなって。目立つことすると、すぐに糾弾されちゃう世の中だから。懲役も短かったし、納得してない人間もいるだろうからね」
「…堂島さんが先回りしてくれなかったら、俺達に会う気なかったんじゃねーか?」
痛いところを突かれた。
ただ、図星とは言い難い。
出所したものの、足立の中には整理がつかない部分があった。
「…僕も、出て来たばかりではっきりしなくてさ…。君たちに会う気がなかったわけじゃない。僕だってそこまでドライじゃないさ」
「明菜とはどうするの? 会えた?」
「それもさぁ……。正直、悩んでるんだ」
「悩む?」
月子は意外そうに目を丸くして首を傾げた。
「聞いてない? 僕が刑務所に移送されてから1年経ったくらいかな。夜戸さん、面会に来なくなっちゃって…。手紙だって1通もこなかったよ」
他のメンバーからは来たのに、夜戸だけは来なかった。
「透兄さんは送ったの?」
「いやぁ…、僕もね…。なんか…何を書いていいかわからなくて…。…夜戸さんのだけ……」
空気をできるだけ重くしないように愛想笑いをしたが、森尾は「お前らなぁ…」と呆れと苛立ちを覚えた。
「ははは…。仕事も終わって、長く塀に隔たれて互いにどうやって接していいか距離感がつかめなくなったんだよ…」
(でも…)
足下に置いた紙袋に視線を落とした。
確かな自分自身の想いがそこにある。
(駅に向かっている時だって、ずっと考えていた。音沙汰もなく時が流れても、まだ、待ってくれているような気がして…)
学生時代の図書室を思い出す。
この気持ちを抱いたまま、もう一度あの扉を開ければ、いつもの席に夜戸が座っている気がした。
心の底では、そうだと信じているのだ。
「足立」と鋭い声をかけられ、顔を上げる。
「やかましい! うぼはッ!」
久しぶりの森尾の罵倒だったが、横から姉川に肘で脇腹を小突かれて注意された。
「あーちゃん」
子どもが驚くうえにマネをするからやめて、と目で訴える。
森尾は打ち込まれた脇腹を擦りながら、「あのな…」と声を抑えた。
「夜戸さん、俺にコーヒー教えながら言ってたぜ」
『あたしね、もうひとつ夢ができたの。なんとなくだけど、叶えたい夢』
『夢?』
『もし、足立さんが戻ってきて、しばらく一緒に暮らして、あたしの仕事も区切りがついたら、このお店みたいに喫茶店をやっていけたらな…って。異世界の捜査本部みたいに、たまにみんなで集まって、美味しいコーヒーを飲みながら過ごすの。楽しそうでしょ』
照れ臭そうに笑っていたそうだ。
「好きな人も一緒だから尚更だ、とも言ってたな。しかも最近だ。俺はいつか別の仕事を見つけてこの店を夜戸さんに託すつもりだ。そのことを伝えたら凄く喜んでくれた。そもそも外観のデザインと店の名前を考えてくれたのは夜戸さんだったしな」
足立の口元はいつの間にか、貼り付けただけの笑みが消えていた。
森尾は遠慮なく続ける。
「ずっと会えなくて手紙も来ないからって、夜戸さんとお前の想いが薄れたとは到底思えねぇな。あれだけ一緒に事件を追って、危ない目に遭って戦ったんだ。世界も救った。俺らだけじゃおさまりがつかねぇ。お前らもハッピーエンドになってもらわねーと!」
「森尾君…」
「……ちょっと…待ってて…」
「月子ちゃん?」
考え込んでいた様子だった月子は席を立ち、一度外へ出てマンション階段を駆け上がり、少ししてから喫茶店に戻ってきた。
その手には、ヒマワリの柄が入ったトートバッグが握りしめられている。
何か入っているのか、わずかに膨らんでいた。
「おねーちゃんの」
「え? そんな勝手に…」
「いいの!」
胸に押し付けられ、足立は受け取った。
中から紙の擦れる音が聞こえる。
バッグの中を覗いた瞬間、息を呑んだ。
テーブルの上にひっくり返し、バサバサと中身を出す。
すべて手紙だ。
白い封筒に書かれた宛先も全部、足立宛てのものだった。
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