38:Forever and Ever
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
足立はげんなりとしていた。
出所して娑婆に出たばかりだというのに、あらぬ容疑で再逮捕された気分だ。
堂島が運転する車の助手席に座り、変わらない銘柄の匂いに懐かしさを覚えながら間の抜けた声を漏らす。
「堂島さ~ん。お茶しようって言ってから随分経ってますよぉ。もうそのへんのコンビニでいいから何か飲ませてくださいよー」
もう3時間以上は経過している。
手紙を読み返すと目も疲れて気分も悪くなってきた。
堂島の娘の菜々子の話題も長い。
へばる足立に「懐かしいな…」と苦い顔をする堂島は、グローブボックスを開けて飲み物がないか探し出した足立の頭を左手で殴った。
「痛たッ!」
「相変わらずだな、お前は…。辛抱に慣れたかと思えばこれだ。もう一回刑務所行って叩き直されてくるか?」
「勘弁してくださいよぉ…」
久しぶりのゲンコツだった。
地味に痛くて殴られた個所を擦る。
グローブボックスもタバコやサングラスしか入ってなかった。
「文句言わずに黙ってついてこい。もうすぐ到着する」
高速を下りて道形に行く。
都会とも田舎とも言い難い町だ。
建物の先には山が見え、街並みも雑踏も落ち着いている。
車は途中で緩やかな坂道を上がり、学校が近いのか、下校中の学生を見かけた。
車は路肩に寄せられ、歩道を挟んだ目的の喫茶店の前に到着する。
1階が喫茶店、2階と3階がマンションの造りになっていた。
明るい青緑色のドアには店内が見えやすいガラス窓がある。
日当たりのいい店先にはヒマワリの花が並んで空を仰いでいた。
「あれ? 閉店してますよ」
ドアノブには“close”と書かれた札が掛けられてある。
ここまで来て、定休日を調べなかった堂島のミスだろうか。
ドアガラスから堂島に振り返ると、堂島は特に悪びれもしていない様子だ。
「店は開いてるから、席をとってきてくれ」
「は?」
「俺はタバコを買い足してくるから。あとで店に入る」
「ええ? いや、でも…」
先程グローブボックスを見た時、買い足す必要がないくらいタバコを何箱も見つけている。
堂島は、いいから降りろ、と目つきを鋭くさせ、有無を言わさない状況だ。
何を企んでいるのは知らないが、足立は下手なウソにのることにする。
「足立、忘れもんだ」
「はい?」
車を降りた時、堂島にブラウンの大きめの紙袋を差し出された。
受け取ると片手で持てるくらいの重さだ。
なんだろう、と怪訝な顔で中身を窺った足立は、ぎょっとする。
「ちょ! これ…ッ!」
「じゃあ、ゆっくりな」
最後まで聞かずに堂島は身を乗り出して助手席のドアを閉め、タバコの買い足しではないどこかへ行ってしまう。
足立は半目で手に持った紙袋を見下ろし、その場に捨てるわけにもいかずに持って行くことにした。
下り坂の方に目を向けると、遠くに海が見える。
やっと心地の良い景色を見た気がした。
都会の喧騒はまだ身体が受け付けなかったからだ。
喫茶店に近づき、“close”が掛けられたドアノブをつかむ。
ドアのガラスには筆記体で『cafe EMERALD』と書かれてある。
店の名前だろう。
それを目に留めてから扉を開けた。
「……え?」
初めて訪れる店のはずだ。
なのに、見覚えがある。
忘れるはずがない。
店内の内観は、なくなったはずの捜査本部そのものだ。
コーヒーの香りも漂っている。
「いらっしゃい」
カウンターには黒いエプロンをつけたガタイのいい男が立っていた。
髪色は茶色で、肩よりわずかに毛先が上の髪をまとめて後ろにゴムでくくりつけている。
「も、森尾…君?」
森尾はニッと笑う。
「久しぶりだなっ、足立!」
突然後ろのドアが閉まり、何かが物陰から飛び出し、足立の体に四方から飛びついてきた。
「透兄さん!」
「透おにーちゃん!」
「アダッチー!」
「あだちーっ」
「あぶーっ」
オレンジ色の短髪の男と、黒髪のショートヘアの女と、釣り目の少年と垂れ目の幼女だ。
頭には懐かしいモフモフの感触がある。
「ちょっと待って! 知らない子もいる!!」
「ウチの息子と娘」
カウンターからひょっこりと現れたのは、ショートヘアの赤髪にブラウンのヘアバンドをつけた女だ。
「姉川さん…だよね?」
「今は森尾華でーす」
「こっちは、えーと…、うわ! 落合君、デカくなったね!」
「もうすぐで兄さんも追い越すよー」
足立より低かった落合が、今では180センチまで伸びた。
森尾は「縮め縮め」と苦い顔をしている。
「君はもしかして、月子ちゃん?」
「うん!」
話には聞いていたが、予想より大きく育っていた。
大切な赤いリボンは、横髪の三つ編みと共に編みこまれてある。
「おっきくなったねー」
「もう子どもじゃなくて大学生だよ」
そう言いながらも心地よさそうに足立に撫でられた。
「うっそ! もうそんなになるんだ?」
「アダッチー! ツクモを忘れてるさーっ」
頭の上のツクモはぽこぽこと叩く。
外見はまったく変わらない。
「あはは。ごめんね。ツクモちゃんはもっちり具合がアップしたんじゃない?」
「ツクモは変わらないさっ」
「あだちー」
5さいくらいの少年は両腕を広げて足立に抱っこを求めた。
「あだー」
2さいくらいの幼女も真似をする。
代わりに落合がまとめて2人を抱き上げた。
「風汰(ふうた)、菜月(なつき)、透兄さんはお勤め終わったところだから休ませてあげて」
子どもを加え、懐かしいメンバーが集まった。
席の数も捜査本部と変わらない。
テーブルの片隅には、捜査本部にいた時にみんなで撮った写真が飾られていた。
足立は自然と自分の席に座った。
ふと、隣を見る。
店内にも、その席にも、夜戸の姿はなかった。
.