37:See you
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同日。
夜戸は、桜並木道のある歩道を通りながら、裁判所へと向かっていた。
耳には通話中のケータイを当てている。
電話の相手は姉川だ。
「久遠、見つかったの?」
「うん。電車を待ってる間、父さんから連絡があった」
夜戸法律事務所に影久がひとりでいると、久遠が訪ねてきた。
今までの事を悔い改めて謝罪し、本心を打ち明けたそうだ。
監禁されていた事実があろうとなかろうと、影久の心は決まっていた。
久遠を選ぶことはできない。
久遠は静かに答えを受け入れ、辞表を渡した。
返事が久遠にとって望んでいたものでも、夜戸法律事務所を退職すると決めていたようだ。
『私、司法試験を受けて、弁護士になろうと決めました』
久遠の決意は自棄ではなく、本物だ。
『…君の未来を応援している』
そう言って影久は肩を叩き、言葉を続けた。
『だから、真っ直ぐ顔を上げて行きなさい。今の君ならできるだろう?』
久遠ははっとした顔をすると、涙を浮かべ、改めて謝罪をしてから応接室を去って行った。
(父さん…、久遠さんのこと、覚えてたのね…)
影久は伝言を預かっていた。
謝罪と、「次に会うのは法廷で」だそうだ。
久遠も久遠なりの罪の償い方を探していくのだろう。
「みんな、そっちはもうついてるの?」
「傍聴券とるのに朝から並んでる。有名な事件だから傍聴希望者も多くってね。抽選よ。でも、ウチも雇った人間かいるから勝ち取ることはできるかもしれない」
「一応聞くけど、違法はしてないよね?」
「……………」
「華ちゃん?」
返事がない。これ以上深く聞いてはいけない気がした。
「明菜…、公判…頑張って」
「うん。あたしも、足立さんも、精一杯頑張る」
「足立さん、眠そうにしてなければいいけどね。ウチも夜型がようやく直ったところだから」
「やる気はあるよ。…最後にね、お願いされたの」
異世界最後の日に言われたことだ。
「何言われたの?」
夜戸はメガネのフレームに触れる。
つい先日、レンズを取り外したところだ。
吹き抜ける風がフレームの枠を通り、まつ毛を揺らす。
『メガネは今まで通り、ずっとかけておいて』
「? なにそれ」
「“虫よけ”だってさ。ふふっ」
照れ臭くて笑った時、交差点まで来たところで信号が赤になり、立ち止まる。
3、4メートルほどの短い横断歩道だ。
車の通りも多くない。
周りの人間が構わず進もうとする。
「赤は、とまらなきゃ」
隣から幼い少女の声が聞こえた。
見ると、母親に手を繋がれた幼稚園児くらいの少女が、信号を指さして母親に言っていた。
母親は「危ないからね」と微笑んでいる。
周りの大人たちの足音が止まった。
少女の一声が聞こえたみたいだ。
こんな簡単に、と夜戸は目を丸くする。
今はすっかり消えてしまった、十字型の傷痕があった胸に手を触れた。
力が残っていたら、見えていたものがいつもと違っていたかもしれない。
「青よ」
信号は青緑に切り替わり、母親は少女に声をかける。
「えー、みどりだよー。みどりと同じーっ」
少女は腑に落ちずに頬を膨らませた。
母親と少女が歩き出し、大人たちも動き出した。
「明菜?」
通話中だったのを忘れていた。
「あ、ごめん。それじゃあ、またあとでね」
「声弾んでる。いいことでもあった?」
「なんとなく、気分が良くて」
通話を切って夜戸も進み出す。
足取りはいつもより軽やかだ。
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