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夜戸、二又、月子の身体に埋め込まれた神剣は消滅した。
夜戸は人の負の欲望を見極め切り離す力を、二又は人の記憶や想いを覗き改竄する力を、月子はシャドウが落とす欠片を食べる力を失った。
クニウミ計画を阻止したことによって世界の均衡は保たれたが、その事実は、クニウミ計画の阻止に関わった人間達しか知らないことだ。
街は文字通り嵐のような、怒涛の一日があったにも関わらず、平然と動いている。
誰も理不尽には思わない。
むしろ、それでいい、と思っていた。
足立曰く、「平穏が一番」だと。
夜戸はひとり、捜査本部でコーヒーを淹れながら振り返っていた。
数日前の戦いのあと、壊れかけたマイクロバス型の護送車を拘置所に戻そうか、ツクモと森尾は鹿田と小栗原に相談し、車内では、姉川と都口と道草に見守られながら、落合はようやく目を覚ました羽浦を抱きしめていた。
夜戸は久遠の姿を捜したが、いつの間にか忽然と姿を消していた。
『楽士と、自首しようと思う。日々樹の件に関してもだ』
昌輝は、足立と夜戸と向き合いながら提案し、足立は「どうだろ…」と肩を竦ませる。
『17、8年前でしょ? ケーサツは相手にしてくれるかな…。自殺として片付けてるわけだし…。他だって立証が難しいんじゃない?』
昌輝も同じ懸念を抱いていた。
『……ほとんど隠滅してしまったからな…。……法に見向きもされず檻に入れないようなら…、別の償い方を見つける』
『…連れて行くの?』
そう言ったのは夜戸だ。
昌輝の向こうを見ると、二又は堤防に座り、足を投げ出して地平線を眺めていた。
距離はこちらの声が少し聞こえる位置だ。
あれだけ激闘した相手だというのに、今は、いるかいないかわからないほど大人しい。
『そう…しようと思う…。だから…私に、楽士を預けてくれないか? お願いだ、明菜』
昌輝も肩越しに二又を見て、夜戸と目を合わせて言った。二又の体が少しだけピクッと動く。
そこまで頼み込むとは思ってなかったのだろう。
『……叔父さんならいいよ。互いが監視役になる。どっちも、相手が楽に生きたり、死んだりすることを許さない』
姉川から、二又の自害を阻止した昌輝の事は聞いていた。
互いが許し合うことはなく、だからといって拒絶し合うことはない。
傍から見れば、歪な絆だ。
これから先、正解か不正解か判然としない道を自ら歩いていくのだ。
それは普通に生きていくことより、過酷かもしれない。
昌輝と二又が踏み台の為に犠牲にしてきた人間の数は多く、犯した罪は償わなければならない。
たとえ法律で裁かれることはなくても、償い方を見つける、と言うのなら信じてみようと夜戸は思った。
牢屋の中で過ごすことだけが償いではないのだから。
『…叔父さんを信じて、任せる』
夜戸は手を差し出した。
「…信じて…くれるのか」と呟いた昌輝は、震える手で夜戸の手を握り返す。
『おそらく…、2度と会うことはないかもしれない』
夜戸は小さく首を横に振った。
『きっとまた、どこかで会えるよ。万が一会えなくても、どこか知らない場所へ行ってしまっても、兄さんの墓参りだけは欠かさないで。毎年、ヒマワリの花束を供えてくれてたでしょ?』
『…………ヒマワリの…花束?』
昌輝はきょとんとしていた。
その反応に「…え?」と夜戸はこぼす。
『叔父さんじゃないの?』
『確かに毎年墓参りには行っていた。線香をあげにな。しかし、ヒマワリの花束は…』
いつも訪れた時、先を越すように添えられていたそうだ。
昌輝は夜戸の家族の誰かが添えたものだと思っていた。
『兄さんがヒマワリ好きなの知ってるの、あたしと、叔父さんと、母さん、そして父さんだけだったし…。あ、月子も知ってるね、きっと』
父親の影久だと考えたが、家族に内緒でやることでもない。
一体誰が、と思ったところで二又の背中に目を留めた。
日々樹の死に際に「ヒマワリ」と聞いていたのは、二又も同じだった。
確認してちゃんと答えてくれるだろうか、と思った時、護送車から降りた月子が夜戸の横を走り抜けて二又に近づき、堤防の下から言葉を投げた。
『ねぇ。マガツノサカホコから解放されて海に落ちた時、月子を陸まで運んでくれたの、あなたでしょ?』
夜戸と昌輝は、あ、と目を見開く。
月子は今まで海やプールといった場所には行ったことがなく、風呂でも泳いだことがない。
水泳ができるはずがなかった。
『……………』
二又は無視して自分の口の中に指を入れた。
それでも月子は「どうして?」と食い下がる。
『…………さぁな。俺が知るかよ』
二又は振り返らずに投げやりに答え、舌に付けていた逆十字のピアスを砂浜に放り捨てた。
二又の真意は結局わからないままだ。
おそらく二又自身も、戸惑いを覚えるほどわからないのだろう。
今まで自分自身を徹底的に偽っていたのだ。
マガツノサカホコに気持ちを煽られていた部分もあるだろう。
これから、昌輝と共に、自分や他の人間と向き合い、自分自身を見つけてほしい、と思った。
夜戸自身も、誰かのおかげで「今の自分」を見つけることができたのだから。
捜査本部の手前の扉が開き、回想が終わる。
「ただいまー」
「ただいまっさー」
「ただいま…」
「ただいま。早速準備を始めよっか!」
落合、ツクモ、月子、姉川が入ってきた。買い出しを終えたようだ。
「おかえり」
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