36:Me too
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辺り一面は雪よりも白い世界だ。
夜戸は茫然と立ち尽くしていた。
「明菜」
声をかけられて振り返ると、穏やかな表情をした日々樹がそこにいた。
「兄さん…」
その後ろには、学生時代の夜戸の姿を借りたアメノサカホコと、今までの神剣の宿主たちがこちらを見据えて立っている。
「……そう…、終わったのね…」
戦いは終わり、長きに渡り受け継がれてきた神剣も消滅した。
「ご苦労だった…」
皆の先頭に立つアメノサカホコに労いの言葉をかけられる。
「ええ…。あなたも…。みんなも…」
誰もが、ようやく荷が下りた、と言った顔をしていた。
「別れを言いに来た」
アメノサカホコは言う。
「あの男の言うとおり、我らはお役御免だ」
夜戸は、少し視線を彷徨わせ、「そう…」と小さく返した。
「…マガツノサカホコは、最期に、いつでもあたし達人間の傍らにいるって言ってたけど、あなたも一緒だよね。あなたは、痛みと背中合わせの存在なのだから。あなたがいて、人間は、痛みがある」
アメノサカホコは微笑んで答える。
「…そうだ。我らはいつでも傍にいる。誰かの願いが潰えないかぎり。いずれまた現れる事があるかもしれない…。だが、お前達のような人間がいる限り、世は傷と痛みに塗れようと、希望と絆の力によって進めると信じている」
宿主たちが一斉に振り返り、どこかへ進んでいく。
アメノサカホコは光の粒となり、宿主たちを先導した。
残されたのは、兄と妹だけだ。
「…送ってく」
「うん…。ありがとう、兄さん」
日々樹に案内され、夜戸は肩を並べて先へ進んだ。
横目に日々樹を見る。
足立より目線を近くに感じた。
「その…」
日々樹は言いづらそうに切り出す。
「明菜の好きな人…、僕にそっくり?」
夜戸は噴き出しそうになった。
「全然似てない。背は足立さんの方が高いし、猫背なのに筋肉はしっかりしてるし、常に眠そうだし、めんどくさがりだし、ひねくれてて、意地の悪い人。レンコンの煮物が嫌いで、キャベツとウニが好きみたい。あ、手品は凄く上手。性格は不器用なのにね。誤解されやすいし、ほっとけなくて…」
「そこまで自慢されるとさ、僕としては複雑な気分」
表情もそう表していた。
夜戸は「ふふっ」と笑う。
「兄さんとそっくりな人なんて、世の中どこ探したっていないよ。足立さんも同じ。誰だってそう。外見、性格、誕生日、名前、育った場所、家族、友達、仕草、好きなもの、嫌いなもの、良い所、悪い所、そして痛み…。似てる人はいても、同じ人はいない」
「……………」
耳を傾けていた日々樹が立ち止まる。
「あのさ…信じてついてきてくれてるけど、このまま違う場所へ行ったらどうする? 帰れなくて死んじゃうかもしれないよ」
「……確かに、このまま好きな人の傍で死ぬのも悪くない。理想の死に方…。でも、死なないよ。あたしにはまだ仕事が残ってる。あの人の弁護士だから…」
夜戸の瞳に迷いはなかった。
日々樹は苦笑し、「変わらないね」と言って続ける。
「覚えてる? 幼稚園の帰り道にさ、手を繋いで信号を待ってた時…」
『青になった…。渡ろっか』
『ちがうよ、兄さん。あの色はね、みどりっていうの』
『あはは。あれはね、青なんだ』
『どうして?』
『みんながそう言うから』
『言ったらわるいことなの?』
『んー。悪くは…ないかな。でも、ひとりだけそう言ってたらさ、「変だ」って思われるよ』
『あたし、べつにいい。あたしが「みどり」って思ったんだから。あれは「みどり」なの!』
「あたし、そんなこと言ってた? 今でも言うけど…」
「言ってたよ」
『明菜の頑固さは、父さん以上だよ。手強い弁護士になりそうだ』
『べんごし?』
『自分が信じたいと思った人を助けるお仕事だよ』
『じゃあ、あたし…――――』
夜戸は、口が開いていたことに気付き、はっとして口元に手を当てて隠した。
なぜ今まで忘れていたのだろうか。
「……「べんごしになる」って言った気がする…」
「言ってた。あの頃小さかったからさ、ストレートに受け取って答えたんだろうね」
「……あたしの将来の夢…、白紙じゃ…なかったんだ…」
いつしか自分の事を、夢がない、カラッポの存在だと思っていた。
死んだ日々樹の代わりになる為に書いた、『将来の夢』という宿題を思い出す。
「なれたじゃないか…。楽しい仕事じゃないと思うけどさ、僕も、明菜に向いてると思ってる」
「…兄さん…っ」
涙を浮かべる妹の頭を、日々樹は優しい笑みを浮かべて撫でた。
目の端には同じく涙が浮いている。
「…ここまでだよ、明菜。父さんと母さん…そして月子によろしくね」
そう言って行く先を指さすと、青緑色の光に照らされた。
「ほら、青になった」
夜戸は涙をぬぐい、笑顔を向ける。
「……違うよ、兄さん。あの色はね…――――」
遠くから声が聞こえる。
愛しい人の声だ。
ゆっくりと開けた夜戸の視界に、夜明け色に光る一滴のしずくが、ポタ…、と自身の頬に落ちたのを感じた。
唇を離し、足立は我が目を疑うように、目覚めた夜戸を凝視する。
「あたしの死んだふり…、どうでした?」
「何言ってんだよ…。本当に死んでたくせに…。白雪姫にでもなったつもり?」
「ごめんなさい…。でも、悪くないですね。白雪姫も」
「僕が王子さまとか似合わないでしょ」
「そんなことないですよ」
「呑気に笑ってるし…。カンベンしてよね」
「はい…」
「大体、現実の君は助ける側。僕の弁護士」
「はい…」
「そうだ…。完全に朝になるまでに戻らないと…」
「もう、夜明けなんですね…」
「一夜明けだから光が眩しいよ」
「おかげで、足立さんの顔…よく見えます」
顔を逸らされそうになったが、夜戸は両手を伸ばし、足立の頬を優しく包み込んで愛おしそうに微笑むと、足立と額同士を合わせた。
「あなたのそういう表情(かお)…初めて見ました」
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