36:Me too
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黒い竜巻とシャドウの群集は消え、雨もやみ、何事もなかったかのように海は穏やかに波打っていた。
先程までシャドウと戦闘していた森尾達は、茫然と海を眺める。
「お…、おさまった…?」
手に握りしめていた武器も消え、周囲を見回しながら落合は呟いた。
辺りはもう潮風と波の音しか聞こえない。
「禍々しい気配が…消えた…」
「竜巻もないさ! 明菜ちゃんとアダッチーの勝利さ!」
姉川が呟き、堤防に飛びのって隣に並んだツクモが嬉しそうな声を上げた。
それを聞いて緊張の糸が切れ、護送車の周囲と車内にいた、鹿田、都口、小栗原、道草は一気に力が抜け、座り込んだ。
久遠も疲弊して堤防に寄りかかっている。
「大丈夫か!?」
森尾が心配して声をかけると、護送車のフロントに背をもたせ掛けた鹿田が小さく手を上げた。
「久々だったからな…。ちょっと疲れただけだ。俺らのことはいいから」
前を指さした鹿田に、森尾は「ああ」と頷く。
森尾、姉川、ツクモ、落合の4人は堤防から砂浜へ飛び下りた。
地震のせいであったはずの地割れもなくなっている。
「足立と夜戸さんは!? つか、ここってどっちなんだ!? トコヨか!?」
森尾は姉川に確認すると、姉川は目を伏せて首を振った。
「現実世界…。だから、クラオカミは使えないの」
足立と夜戸の捜索は自力になる。
「ねえ!」
ツクモが声をかけた。
「あそこ!」とツクモが見つめながら飛び跳ねる方向へ目を向けると、数メートル先の波打ち際に2つの人影が倒れていた。
4人はすぐに駆け寄る。
「月子ちゃんだ!!」
「ちょっと待て…、隣の奴って…!」
倒れているのは、月子と、二又だ。
「月子ちゃん、しっかり!!」
落合が抱き起こし、ツクモは飛び跳ねながら呼びかけた。
「月子ちゃん!!」
姉川と森尾も心配して顔を覗き込む。
「う…」
微かな声が聞こえた。
全員がはっとする。
落合は抱きしめて海水に濡れた冷たい体を温めた。
「生きてる…!」
安堵する落合の目に涙が浮かぶ。
「よ…、よかったさ…」
月子の胸に飛びのったツクモも、ほっと息をついた。
「あ…! これ…っ」
ツクモは月子の傍で砂に埋もれそうなメガネに目をつけた。夜戸のメガネだ。
「!! [#dn=2#]の…、2人はどこに…」
姉川が辺りを見回した時だ。
「ぐ…っ」
「こっちも起きたぞ!」
生死の確認をする前に森尾が立ち止まって鋭い声を放つ。
その場にいた全員が振り返り、警戒した。
二又は腕の力だけでうつ伏せの状態から仰向けに返る。
それが精いっぱいだった。
「はぁ…」
白いため息をつき、雨が止んだ曇天を見上げる。
小さな穴がぽつぽつと空いていて、そこから微かな光が漏れていた。
思い出したのは、屋上から落とす寸前の、日々樹の瞳と言葉だ。
『ねぇ…。あなたは……どうしていつも…雨の中に置き去りにされた目をしているの?』
動揺したのは覚えている。
まばたきをした一瞬で、首を黒いナイフで切られたことも。
手を離したのは無意識だったかもしれない。
(なんでそんなこと思った? ……って、聞こうとしたのにな…)
余計な事を考えるな、と身体に住みついていた者に言われた気がした。
落下していく日々樹の双眸は、鮮明に首の傷と胸の中に刻まれたままだ。
くつくつと笑いが出る。
「全部終わっちまった…。手間暇かけて、コツコツと町に信徒を集めたってのに…。ぜーんぶ、真っ白だ」
「ハハハ」と声を上げて笑えば、胸倉をつかまれて上半身を引き起こされ、険しい表情をした森尾が凄んできた。
「テメェ、2人はどうした!?」
記憶はおぼろげだ。
2人が大いなる存在を相手に戦っていたのは感じていた。
「ハ…。知らねーよぉ…。ラスボスと相打ちにでもなったんじゃねーかぁ?」
投げやりに言うと、森尾はコブシを構えるが、そのまま動かない。
「………殴らねーのか? 今のオレは動けねぇからチャンスだぜぇ…?」
挑発的に言ったが、森尾の手が胸倉から離された。
呆けていると、森尾は自分の左頬を指先で軽く叩く。
「先に、一発ブチかました奴がいるだろ。後付けはしねぇ」
二又の左頬には殴られて腫れた痕があった。
夜戸を殺そうとした寸前で足立に渾身の力で殴り飛ばされたのを思い出し、つまらなそうに舌を打つ。
「じゃあ、殺すか?」
「いつまでも寝言言ってんじゃねぇ。誰がテメェの為に罪被るかよ」
森尾に冷たく言い放たれ、二又は噴き出した。
「ハハハ…ッ、甘い奴らばっかだなぁ」
上半身を起こした状態なのでちょうどいい。
ズボンのポケットから小型ナイフを取り出した。
最後の1本だ。
「雨の中の方が心地良かったのによぉ…。台無しにしてくれやがって…」
「テメェ…!」
森尾は一歩下がり、姉川達を背に庇う。
姉川、落合、ツクモは間違っても月子に当たらないように身を固めた。
「オレの生き甲斐を奪いやがったクセに殺してもくれねぇ」
その様子を視界に入れた二又は馬鹿にするように笑い、
「オレは出来るぜぇ?」
小型ナイフの刃先を自身の首に当てた。
「ダメだ!!」「あかん!!」「やめるさ!!」「待って!!」
森尾、姉川、ツクモ、落合の声が重なり合う。
二又は構わず小型ナイフを引こうとした。
「!」
びくともしない。
後ろから伸ばされた手に、ブレードをつかまれたからだ。
森尾達も、二又の背後に現れた人物を凝視する。
二又はおそるおそる振り返り、目を見開いた。
「昌輝さん…?」
昌輝が小型ナイフの刀身を握りしめ、自害を阻止した。
ぽたぽたとブレードを握る手からは血が滴っている。
二又は思わず小型ナイフの柄を離した。
その隙に取り上げられ、海に投げ捨てられる。
「どう…して…」
「テレビを見た…。日々樹の死も…」
昌輝は手のひらの痛みに眉をひそめながら、片膝をついて二又と向き合った。
「私は、家族を殺して利用したお前を…絶対に許さない…」
「だったら…」
なぜ助けたのか。
「同時に、お前の過去も見た…」
問いかけようとした二又は言葉を呑み込む。
「私はお前の事を何もわかっていなかった…。お前の痛みを理解しようともせず…、いや…、どこかで…わかっていたはずなのに、見て見ぬふりをしていただけかもしれない…。全部…お前のせいにして、お前を殺して…私が楽になりたかっただけだ。私も同罪なのに…」
「何を……」
「『家族』だと言いながら、私は…、日々樹を巫子にすれば、研究が大きく進歩するのではないか…。無駄な犠牲を出さずに済むのではないか…と。日に日に己の欲望に蝕まれていく感覚に苦しみ、お前が実行に移した時、私は…、ほんの少し…胸を躍らせてしまった…。だが…、それを認めたら…、私自身が本当の怪物になってしまう…。それが…怖くて……この世で唯一の友であるお前に、なすりつけ…責めてしまった…」
初めて聞いた昌輝の葛藤に、二又は耳を疑って硬直していた。
昌輝は両腕を伸ばし、二又を強く抱きしめる。
「楽士、私はお前を絶対に許さない。死ぬこともだ。お前も絶対に私を許すな…。許さないでくれ…」
肩を震わせて懇願する昌輝の背に、二又はゆっくりと手を触れた。
「本当に…酷い人だな…。許せるはずがねぇよ…。昌輝さん…」
(あ…。なんだ…、雨…降ってるじゃねえか…)
雨は、千切れていく雲からではなく、二又の瞳から大粒となって降っていた。
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