36:Me too
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
足立は、黒い竜巻の中にいた。
闇に包まれた周囲は台風の目のように静かで、音も聞こえない。
足が地についた感覚はなく、ぷかぷかと水の流れに身を任せて漂っているみたいだ。
自分自身が生きているのか死んでいるのか疑いそうになるが、そんなことは今はどうでもよかった。
(こういうのは、ほんとに性に合わない。くだらない、ヒーローの真似事も満足にできやしない。世界どころか、女ひとり………。ダサいなぁ…。結局僕は、何も……)
みっともないくらいに足掻いて、結果はご覧の有り様だ。
やるだけのことはやった。
このまま意識を手放すも悪くはないが、脳裏をチラつくのは、やはり“彼”だ。
忌々しげに舌を打つ。
(あいつなら、諦めないんだろうな…。「全部救ってみせる」って、息まいて生意気でエラそうなこと言いそうだ…。キミと違って僕は若くないんだから、勘弁してほしいよ…)
本当にそれでいいのか、と傍らで見下ろされているように感じた。
(そうさ…。俺は、お前とは違うんだ…)
認めているのに、腹の底からイライラする。
奥歯を噛みしめた。
まぶたに圧迫感を覚え、目をぎゅっとつぶっていることがわかる。
「足立…」
どこからか声が聞こえた。
(あー、ついに幻聴が聞こえ始めた。僕もそろそろおしまいかな…)
「返事しやがれ足立コラァッッ!!!」
耳を劈く乱暴な大声だ。
キーン、と耳鳴りがしてはっとする。
幻聴ではない。
鼻先を小さな何かが通過した。
両目のレンズをヘッドライトのように光らせた、テニスボールサイズの小さな水のイルカだ。
宙を泳ぎ、足立をライトで照らしている。
「イルカちっさ! え。姉川さん?」
怒鳴り声は間違いなく森尾のものだ。
「やっと返事した!」
「テメェ、寝てねーだろうな!?」
姉川と森尾は胸を撫で下ろす。
「透兄さん聞こえるー?」
「アダッチー!」
水のイルカからクラオカミを通して頭の中に響く足立の声に、落合とツクモも嬉しそうだ。
「悪いけど、竜巻のせいでそのサイズまで削られちゃった…。短時間の連絡手段でしかない」
姉川は申し訳なさそうに言った。
「そう…なんだ…。みんな無事…」
「無事だけど、時間の問題かもしれない! ホコのせいで、大量のシャドウが押し寄せて来てるの!」
足立の言葉を遮り、姉川は現状を説明する。
姉川は、堤防の上からクラオカミを召喚し、微弱な気配を頼りに水のイルカを放ち、竜巻の中に突入させて足立達を捜索したのだ。
何匹かシャドウの犠牲になったが、想いを込めた1匹が耐え、小さなイルカが足立のもとへ到達することができた。
今、姉川はクラオカミに集中し、足立の声を全員に伝えている。
足立の声も、クラオカミを通して全員に届いていた。
「明菜は、ホコに取り込まれてしまったの?」
「…うん」
素直に頷いた。
目の前で起きた事に間違いはない。
「いいかな…」
割り込んできたのは、昌輝だ。
「! アンタ…」
声だけで昌輝だとわかった。
「足立君、計画はまだ完遂されていない。完全な融合には時間がかかる。ひとりでもいい。巫子をホコから引き剥がすんだ。歯車が外された時計みたいに、ホコは動きを止める。できることならそのまま破壊してほしいが…、巫子達が…、明菜、月子、楽士がどうなるかはわからない」
最悪の場合、世界を救えたとしても夜戸達が命を落とすかもしれないのだ。
昌輝は胸苦しそうに伝えた。
「でも…、やらなきゃダメなんだろ?」
足立は手探りで何かを探した。
鉄の感触に触れて馴染みのある形だと理解して迷わずつかみとる。
リボルバーだ。
「そっちは大丈夫なの?」
「ツクモがいるから安心さ! 頼りになる味方もいるさ!」
元気よく返したツクモの言葉に、「味方?」と首を傾げる。
「トヤマツミ!」
「ハラヤマツミ!」
「オクヤマツミ」
「マサカヤマツミ!!」
4人分の声が聞こえた。
召喚された4体のペルソナが、シャドウの群れに立ち向かう。
マサカヤマツミは口から炎を吐き出し、海面から顔を出したシャドウ達を焼き払う。
小さなシャドウは、鹿田が赤いダーツで射て燃やした。
「なははっ。元気か、足立ぃ! 車のキー、置いてってくれて助かった! おかげで俺もこっちに駆けつけることができたぜ!」
トヤマツミは透明な触手を鞭の如く振るい、堤防に上がってきたシャドウ達を再び海へと落とした。
クラオカミに集中している姉川に近づくシャドウも、都口が護送車の上からバズーカで遠距離射撃して消滅させる。
「私の依頼をそのまま投げ出してお陀仏なんて御免だよ! 見せてみなよ、アンタらの“愛”ってやつを!」
イワツヅノオとイハツツメの傍で援護をするのはオクヤマツミだ。
ガスでシャドウ達を弱体化させて味方を有利に導いた。
ガスマスクを頭の側面にかけた小栗原は都口と背を合わせてシャドウの動きに注意する。
「こっちの方がなんだかヒーローっぽいよね。世界が終わるかもしれないっていう瀬戸際なのに、ちょっと、わくわくする…。アンタもそう思わない?」
ハラヤマツミはツタを護送車に張り巡らし、護送車に指一本でもシャドウには容赦なく絡みついて締め上げた。
車内にいる道草は、溶解液の入ったジョーロを手に、眠る羽浦を我が子のように守る。
「あ、あの時はごめんなさい…。ぼ、暴走する私と、息子を止めてくれたことには感謝しているの…。お、おかげで私も目が覚めた…。…っ…お願い。弁護士さんを助けて…。あなたも無事に…。!?」
護送車が揺れた。
堤防を飛び越え、大型シャドウが護送車のすぐ傍に着地したからだ。
護送車の上にいた都口がバズーカを向けた時、ダダダダダダッ、とけたたましい銃声に伴い、数百発の銃弾が大型シャドウを撃ち抜いた。
動きが停止した隙にイハツツメでトドメを刺した落合は、銃弾が飛んできた方向に振り返る。
不本意そうな顔をした、久遠が鉤爪を掲げて立っていた。
傍らにはサブマシンガンを構えたシギヤマツミがいる。
「……勘違いしないで。何も伝えてないのに、このまま終わるのが嫌になっただけよ…」
相変わらず自分勝手でぶっきらぼうに言うが、瞳の色は元に戻っていた。
羽浦を刺した事実は許せないが、この危機的状況では頼もしい味方だ。
落合は「ありがとうなんて言わないからね」と背を向けたが、口角はほんの少し上がっていた。
「透兄さん! 帰ってきたら捜査本部で打ち上げだからね!!」
「足立! 俺達もそっちに駆けつけたいところだが、海は大荒れで道が塞がっちまってるみてぇなんだ! 頼む…!! 無事に戻って来い!!」
「全部解決したら、月子ちゃんをいっぱい外に出してあげたいさ! ツクモも一緒に美味しいお店で甘いものいっぱい食べたいさ!」
「足立さん、危なかったら逃げてもええ。ウチらは誰も足立さんを責めへん。けど…、諦めないでほしい…!!」
足立は「なんだよそれ…」と苦笑を漏らした。
姉川にそう言われたものの、足立は早速諦めたことがある。
「はは…。うるさい声だなぁ…。まったく…おちおち寝られやしないよ」
身体は痛むが、手足は動く。
手を伸ばし、地面らしき平らなものについて立ち上がった。
「残業確定…。まあ、刑事の時に呼び出しや残業なんて珍しくなかったけどね」
闇を睨む。
水のイルカは消えかかっているが、それでも歩を止めるわけにはいかなくなった。
(世界はどうなってもかまわないけど、やるべきこともやり終えてないのに、他人に勝手に壊されるのは心底ムカつくな)
夜戸が淹れたコーヒーの香りが漂う捜査本部の光景が、足立の胸をよぎった。
.