36:Me too
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二又は不気味に体を揺らし、顔を上げた。
白目の部分は血のように赤く、瞳は深淵のように黒く染まっていた。
「足立さん、あの人…」
「ああ。…二又じゃない」
足立は既視感を感じていた。
かつて、自分自身の中に潜んでいた大いなる存在と似ているからだ。
「我は、マガツノサカホコ。人間達の絶望から生まれし存在であり、世界を終焉へと導く存在である」
二又は両腕を広げて名乗り、ニヤリと笑みを浮かべる。
「選ばれし一族に与えた3本の神の刃をひとつにし、神の矛を完成させ、世界を掻き混ぜる。誰にも我を止めることなどできない。新たな世界は、無に支配されるか、欲望に支配されるか。…答えは、宿主の働きによって導き出された」
「今更出てきてさ…。気に食わないね…。ずっと、二又の中で高みの見物してたってわけ?」
「今の宿主だけではない。我は宿主の肉体を移行しながら、ずっと静観していた。授けた力で人々を希望に導くはずが、挫折し、絶望する人間達を。そして、小さな絶望が時を経て募りに募り、肥大し、いつしか負の欲望を良しとする人間達が現れた。我が完全なる意思を得たのはその時からだ」
「その人間達が…、欲望教…」と夜戸が呟いた。
人間の闇から生まれ、意思を得た存在は目的を持ち、行動に出た。
その時のことを思い出し、「クククク」と肩を震わせる。
「人間とは実に滑稽だ。世界の変革を望み、お前たちが“神剣”と呼ぶ、“神の刃”を研究する内に今回の計画を思いついたようだが、実際は、自我を得た我がほんのわずかな知恵を与え、結果まで導きだしてやったに過ぎない。自ら破滅へ向かう人間達…。愚かで腹がよじれそうだ」
「みんな、あいつの手のひらで踊らされてたってわけか」
足立は眉をひそめて口にした。
「元々、我は、切り離されて喰らった負の欲望を浄化する役割をもった力だったが、本来の用途を見失った悪意ある使用をされ続けた。実験と遊戯で我の力が闇雲に扱われるのは多少腹立たしかったが、我慢した甲斐があったというものだ。我とこの宿主が巡り合うのは、今思えば宿命だ」
初めて二又の身体に突き立てられたことを振り返り、足立と夜戸に話した。
本物の二又楽士の身体から押し出され、少年の身体に触れた瞬間、刃先から溢れ出んばかりの少年の絶望を感じた。
“久方ぶりの、人間らしく、人間以上の膨大な絶望と憎悪だ”
沸き上がったのは歓喜だ。
(誰だ…!?)
二又楽士の背中に負の欲望を切り離す力をもった神剣を突き立てながら、突然頭の中に響き渡る声に少年は当然ながら戸惑った。
“選ばれし一族の血は僅少のものだが、選ばせてやろう。我と共に、世界を混沌へ…”
(こんな世界…俺の手で壊せるのなら、てめぇを使ってやる…!!)
激痛に襲われてもなお、濁流の中でもがき手を伸ばすかのような想いが伝わってくる。
粋の良さにこれまでにないほど気分が高揚した。
“望みのままに…。新たなる我が器よ”
過去を語ったマガツノサカホコは、胸の傷痕に手を当てる。
「この宿主は、欲望教の傀儡として生かされていた宿主達より、闇は底なしに深く、住み心地もいい。加え、良い働きぶりを見せてくれた」
マガツノサカホコはゆっくりとした歩調で足立と夜戸に近づいてきた。
丸腰だが、身に纏った雰囲気そのものが脅威だ。
足立は左手で夜戸の肩を抱き寄せ、右手でリボルバーをつかみとってマガツノサカホコに銃口を向ける。
標準は眉間だ。
「待って!」
夜戸は慌てて両手を伸ばし、足立の右腕をつかんで引き下ろし、発砲を阻止する。
「身体は二又なんです! 二又が死んでしまう…!」
足立の右腕をつかむ手が痛々しく血を流していた。
「…っ!」
足立は舌を打ってマガツノサカホコを睨む。
相手は眉ひとつ動かさず、やれるものならやってみろ、と挑発的に笑っていた。
「そうだな。宿主は死ぬが、我は不滅…! たとえ宿主が屠られようとも、我は、宿主の悲願を成就させる」
地面を軽く蹴った一瞬で、マガツイザナギが2人の間合いに詰め寄る。
「先程の戦い、見事だったぞ。愚かな駒よ」
バキッ!!
足立の身体が蹴り飛ばされた。
「足立さん!!」
たった一撃で手の届かない距離まで飛ばされた足立。
夜戸は駆け寄ろうとしたが、首に腕を掛けられて絞められる。
「う…っ」
「ゲホッ、ガはッ…」
地面に転がった足立は血を吐き出し、ヒビが入ったあばらの痛みにすぐには立ち上がれなかった。
うつぶせの状態から顔を上げ、腕を伸ばして手に握りしめたリボルバーを向ける。
しかし、引き金を引く事が出来ない。
マガツノサカホコが、わざとこちら側に捕らえた夜戸の体を向けたからだ。
二又との戦いで消耗した体は、呼吸も荒く、痛みで手が震えている。
これでは夜戸に銃弾が当たりかねない。
「さぁ、巫子よ、今こそひとつに…」
夜戸の耳元に囁いたマガツノサカホコは後ろに下がり、夜戸を強引に引きずって黒い柱のもとへと連れていく。
夜戸は、首にかけられた腕に爪を立てたり引き離そうと抗うが、びくともしなかった。
磔にされていた月子が、沼に沈むように黒い柱の内部に取り込まれた。
マガツノサカホコと夜戸が黒い柱の傍に立つと、夜戸は首をつかまれて黒い柱に押し付けられる。
見た目と違って背中に当たる感触は柔らかく、どんどん体が沈んだ。
「待…っ」
足立はリボルバーを落とし、手を伸ばす。
夜戸も必死に手伸ばした。
「…ッ!!」
言葉を放つ前に、黒い柱の中へと沈められる。
「夜戸さん!!」
振り返って勝ち誇る笑みを浮かべたマガツノサカホコは、「もうまもなく完成だ」と逆十字のピアスをつけた舌を見せた。
「3本の神の刃は揃った。さらに、浄化もされずひらすら喰らい続け、膨大な負の欲望を溜めこんだ刃と、今までの宿主たちの絶望を取り込んだ刃を呼び水に、自我を得た『我』という大いなる存在を取り込んだその時、我は覚醒する!! 人間よ、これがお前たちの答えだ…。新たな世界で、欲望の儘に!!」
不気味に笑いながら大きく跳躍したマガツノサカホコは、背面から飛び込むように黒い柱へ自ら取り込まれていった。
すると、黒い柱がゆっくりと左回りに回転を始めた。
地面は揺れ、辺りの暗闇は一層深くなる。
「クソ…が…」
周囲の光は奪われ、何もつかめなかったコブシを握りしめる足立には、もう、自身が動けるのか、目を開けているのか、わからなくなっていた。
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