02:I won't die yet
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「はぁ、はぁ…っ」
どれだけ走っただろうか。
現在位置もわからず、男とどれだけ離れたか把握できない。
拘置所ならば誰かいるだろうと思って向かっていたが、来る時と帰る時に利用した道を確かに走っていたはずなのに、同じ道をぐるぐると回っているようだった。
「なんで…、迷路みたいになってるの…」
肩で息をしながら夜戸はもう一度辺りを見回した。
行き先を変更しても、先程の遅くまで居座っていたカフェも見つからない。
「げほっ、げほっ」
走り過ぎて咳き込み、前屈みになる。
依頼人との待ち合わせは余裕をもって間に合わせる性格だ。
普段の日常生活で、こんなに走る機会は滅多にない。
「誰か…っ、誰か、いませんか…!」
辺りに呼びかけてみるが、返事はない。
周りの建物が、逃げ道を阻む塀のように感じた。
車道の真ん中で動けずにいると、背後から足音が聞こえ、振り返ろうとした瞬間、右肩に鋭い痛みを感じた。
「う…ッ!?」
赤色のダーツが2本、右肩に刺さっている。
ボッ!
「熱…ッ!」
刺さった部分がいきなり発火した。
ジャケットが燃え始め、夜戸は燃え広がって大火傷を負う前にジャケットを脱ぎ捨てる。
「見~つけた!!」
気を取られて咄嗟に反応できなかった。
脇側から伸ばされた手に胸ぐらをつかまれ、勢いよく地面に倒される。
「ぐっ」
「なははは! 随分逃げてくれたじゃねーか!」
夜戸が仰向けに倒れた状態のまま、男はマウントをとって動きを封じた。
「人を燃やすのは初めてだから、興奮が抑えられね~! 俺はもっともっと燃やしてやるんだ…!」
舌を出し、恍惚とした表情を浮かべた。
「………あ」
(あの時も、こんな顔してた…)
「鹿田(しかた)…正一朗(せいいちろう)…」
「!!」
名を言い当てられた男―――鹿田は目を大きく見開き、口角を釣り上げる。
「へぇ。俺を知ってるのか…」
「放火未遂で起訴…。裁判の担当弁護士は…あたしの父だった…」
鹿田は人物の顔を思い出そうと、目をぐるりとさせた。
「ああ…、お前、あのオッサンの…。無罪はムリだったが、懲役をぐっと短くしてくれたな…」
夜戸が思い出したのは、傍聴席から見た法廷の光景だった。
建築中の住宅に火をつけたことで起訴された鹿田。
事件当時に酒を飲んでいた、職を失って心神喪失などと故意の有無を法廷で争った挙句、懲役3年となったのだ。
現在は刑期を経て出所している。
判決後の移動の時、夜戸はあの笑みを見た。
『もっと燃やしたい…』
言葉は漏れなかったが、口元がそう動いた気がした。
「あなたがやってるのは、完全に放火罪ですよ…。言い逃れなんてできない…」
「なははっ。どうやって証明する? この世界の事なんて誰も証明できねェ。罪にならねェ…。そもそも、捕まる気も見つかる気もねェ。全部燃やすまで隠れ続けてやる…。周りのバカ共の帰る場所なんてなくしてやる…!」
燃やそうとした家も、同じ理由なのだろう。
演技指導を受けたような「反省してます」という法廷での言葉。
検察側に指摘され、法廷で否定し続けていた本音は、この世界では駄々漏れるようだ。
「……………」
「!」
夜戸は静かに鹿田を見据えていた。
怯えている目でも、軽蔑している目でもない。
その目が気に入らなかったのか、その目に怯んだ自分がいたのか、
パンッ!
「なんだよその目はァ!!」
激昂した鹿田は、胸ぐらをつかんだまま、手の甲で夜戸の右頬を強く打った。
衝撃でメガネが横に飛び、水きりの石のように地面を跳ねて止まる。
「っ…」
口の中を切り、夜戸の口端から血が流れた。
「なはは…。ダセーメガネかけてるくせに、顔は随分とかわいいじゃねーか…。どんなふうに、キレーに燃えてくれんだ!?」
ボッ、とつかまれたシャツの部分が発火した。
炎を素手で握りしめている鹿田は熱さを感じていない様子だ。
次に振り上げられた手には、5本のダーツがまとめて握られてある。
夜戸は、数メートル先まで飛んで落ちたメガネに視線を向け、震える指先を伸ばす。
(まだ…死ねない…。やっと…、会えたのに……)
殺される恐怖より、別の強い想いがあった。
「先輩…―――」
ドカッ!
「!!?」
突然、鹿田が、横から勢いよく突き出された足に横腹を蹴られ、大きくブッ飛ばされて地面を転がった。
「あーあ…、なかなかの悪がいるじゃないの。倒れた女性に跨っていたぶって焼死させようなんて…。僕なら考えられないね~」
おどけるように言いながら現れた人物は、夜戸を背にして立った。
「足立…さん?」
「ごほっ、ごほっ、っ邪魔しやがって…!! また部外者かよ…!! 誰だてめぇ!!?」
「誰って…、おまわりさんです。元だけど」
足立は茶化すように笑い、敬礼のポーズをとった。
.To be continued