35:The world is not that bad
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頭に血がのぼっているはずのなのに、頭の中では兄の日々樹との幼い頃の日常と、捜査本部で過ごした足立達との日常ばかりが思い出となってよみがえる。
笑いながら壊したのは、間違いなく目の前の男だ。
二又楽士、夜戸は許す気もなければ逃がす気もない。
頭の片隅ではわかっている。
殺したところで、大切なものが帰ってくるわけではないのだ。
それでも、終わらせなければならないと思った。
これ以上何も奪われないために。
そして、自分自身に湧き上がった殺意に身をゆだねた。
「イツ!!」
イツの曲刀が二又の首を狙って横に振る。
二又は首から取り出したナイフで弾いて対抗した。
普段使用している小型ナイフではなく、夜戸のナイフと同じサイズで細長いブレードを持つ、白の十字架型のナイフだ。
振り回される曲刀を何度も弾き返し、無傷の二又は挑発的な笑みを浮かべ、十字架のナイフを持った手で招く。
夜戸は表情ひとつ変えずイツを還し、接近戦に乗った。
夜戸が懐に入り込んで突き出したナイフを、二又は笑みを崩さずブレードの部分で受け止め、空いた手でコブシを握って夜戸の横っ腹に叩きこんだ。
「っ!」
腹部にめり込んだコブシにうめく夜戸だったが、歯を食いしばって肘を構え、わずかに身を屈めた二又の頭上に曲げた肘を叩きこんだ。
「がっ!」
夜戸は離れない。
さらに二又の白髪をつかんで顔面に膝蹴りを打ち込んだ。
「っぶは…! ヒャハハッ。た~のし~なぁ!!」
鼻血を垂らしながら、二又は狂気を滲ませて笑っていた。
夜戸は怯まず、二又の首目掛け、ナイフを振る。
日々樹のやり直しだ。
命懸けで、今度こそ深く切りつけるつもりだった。
「!!」
二又は顔を突き出して自ら歯でブレードを受け止めた。
続けて十字架型のナイフを振り、夜戸の右の二の腕に容赦なく深く突き刺す。
「っ!!」
夜戸はナイフを一度消し、二の腕に二又のナイフが突き刺さった状態でも構わず一歩退いて右脚を勢いよく振り上げた。
ゴッ!
二又のアゴを蹴り上げ、鈍い音が鳴る。
拍子で十字架のナイフが抜け、二又の手からナイフが滑り落ち、二又の体が地面に仰向けに倒れた。
2度と起き上がらせはしない。
夜戸は二又の腹に跨り、再び傷痕からナイフを取り出し、柄を両手で握りしめて刃を下に向け、切っ先を二又の顔面に突き付けた。
無理をしたと思う。
動きを止めてようやく体中の痛みと疲労に気付いた。
ペルソナも、怒りに任せて無駄で派手な動きばかりさせてしまった。
けれど、悟らせないために、息は少し荒いが平静を装う。
目は絶対に二又から離さない。
二又は死を恐怖してないのか、理解してないのか、恍惚とした瞳で夜戸を見つめていた。
「その表情だ…。その瞳だ…。君に、希望や他人なんて必要ない…。欲望を満たして、気持ち良くなって、オレと一緒になろう」
撫でるような声は、耳の中で毛虫が蠢いているみたいだった。
反吐が出そうだ。
その欲望の為に、一体どれだけの人間が犠牲になってきたのだろうか。
夜戸の脳裏に、光を失った思い出ばかりがよみがえる。
霊安室で眠る日々樹と、泣きわめく母親と、傍にたたずむ父親。
(この人さえいなければよかったんだ…)
「……許さない…」
ひとりきりの教室。
ひとりきりの部屋。
「足立さんを返して」
真っ白な雪の中、立ち去っていく足立の背中。
「兄さんを返して」
娘の胸にナイフを突き立てた母親。
「みんな返して…!!」
兄の成り替わりのために過ごしてきた日々。
夜戸の憎悪の痛みは、赤い傷痕を持つ全員に伝わっていた。
そして全員が、テレビ画面からその復讐劇を見ていた。
嫌な予感が的中しそうだ。
夜戸が、人を殺すかもしれない。
「やめろ…」
森尾は、夜戸の瞳が、暴走していた時の自分自身と重なって見えた。
見兼ねて小さく呟き、声を上げる。
「やめてくれよ、夜戸さん!! アンタはそっちにいっちゃいけない!!」
テレビを叩いて訴えるが、聞こえるはずがない。
「明菜ちゃ―――ん!!」
わかっていても、ツクモも涙を浮かべて叫んだ。
道草は、画面にくぎ付けになったまま絶句し、今にも泣き出しそうな顔で、両手で口を覆っている。
「もっと飛ばしな!!」
居ても立っても居られない都口は、馬の尻のように運転席を叩いた。
「やってるから黙っててくれ!!」
鹿田もできるだけ加速させて夜戸の元へ赴こうとする。
間に合わないかもしれない。
けれど、落ち着いて眺めているほど冷静ではなかった。
森尾達から少し離れた先にいる姉川と落合も、今目の前で起きているテレビ画面越しの出来事に体を強張らせていた。
「明菜!! 殺しちゃダメ!!」
兄を奪われた夜戸の気持ちは文字通り『痛い』ほど理解できる。
それでも、目の前で仲間が人殺しをするのは見ていられなかった。
「明菜姉さん…!! やめて!! お願いだからやめてよぉ!!」
間違っている。
夜戸が元の場所へ帰れなくなってしまう。
やるせない想いに、姉川と落合の目に涙が浮かんだ。
姉川は立ち上がって走り出そうとしたが、羽浦を治療するために回復魔法を限界まで使用して弱った体では、まともに走ることも叶わず、バランスを崩して転んでしまった。
「華姉さ…」
画面に映る、ナイフを振り上げた夜戸の姿に、落合は目を見張り、言葉を詰まらせる。
「明菜――――っ!!!」
地面から顔を上げた姉川は、夜戸と足立がいる方角に向かって叫んだ。
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