34:I'm not a hero
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一方、落合と姉川は、羽浦とハチ型のシャドウ相手に戦闘を続行中だ。
落合はオノを振るい、一歩一歩後ずさりながら羽浦のアイスピックを防ぎ続けた。
「あぁあ!!」
声を荒げ、羽浦はアイスピックを突き出してくる。
体の一部に刺されば、麻酔でも打たれたみたいにその部分が麻痺してしまう。
羽浦と戦ったことがある落合は経験済みだ。
「死んで、消えてよ! ういの前から!! 消えろ!!」
右手でアイスピックを振り回す羽浦は、頭痛でもするのか左手で頭を押さえていた。
目の前の憎悪の対象に瞳は血走っている。
「このハチ、ブンブンブンブンとほんましつこい!」
苛立って吐き捨てる姉川は、向かってきたハチ型シャドウにクロスボウを撃つ。
放たれた矢はハチ型シャドウの胸を貫き、地に落とした。
姉川は新たな矢を慣れた手つきで装填しながら、別のハチ型シャドウが投げつけた槍を一歩下がってかわし、落合に指示する。
「空君! 右に大きく飛んで!」
鋭い先端に気を付けていた落合は、姉川の言う通りに右へと大きくジャンプした。
すると、先程立っていた場所にハヤマツミの矢が3本突き刺さる。
(的確な指示は本当に助かる…!)
フゥッ、と息をついた。
ハヤマツミが薙刀を手に突進してくる。
落合はネサクを割り込ませ、薙刀の刃を大鎌で受け止めた。
さらに氷結魔法を放たれ、火炎魔法で相殺する。
互いの力を打ち消し合い、冷気と熱気を纏った白煙が漂った。
「嫌…。もう、苦しいのは嫌…。怖い…。みんなが怖い…っ」
羽浦の、怯え切った悲痛な声が聞こえる。
落合は心に痛みを感じた。
「突っ切って!!」
姉川は相手に隙が出来たと判断すると、声を張り上げた。
同時に、落合は地面を蹴り、わき目もふらずにネサクと共に、羽浦とハヤマツミに突っ込む。
「ひ…っ!!」
連続で矢が放たれた。
「真っ直ぐ!!」
姉川は間髪入れずに指示を出す。
言う通りに真っ直ぐ突き進む落合は、矢を潜り抜け羽浦に接近した。
ネサクは大鎌を構えて勢いをつけ、まさに死神の如くハヤマツミの首を狙う。
「来ないで…! ういに…!! 触らないで…!!」
ぎゅっと目をつぶる羽浦は、恐怖で体を強張らせながらアイスピックを向けた。
「………?」
足音が止まった。
身体に痛みもない。
不審に思った羽浦は、おそるおそる目を開ける。
そこには、1、2歩の距離を空けて落合が立ち尽くしていた。
ペルソナ本体に目をやると、ネサクは、はねるはずだったハヤマツミの首に、ピタリと大鎌の刃を当てたまま止まっている。
さらに落合はオノを下ろして手放し、地面に落とした。
オノが塵となって消えると、ネサクもゆっくりと消えていく。
「空君!?」
勝機は確かに落合にあった。
なのに、突然の落合の戦闘放棄に姉川も目を見開いた。
「…っ…? どう…して…」
唾を呑み込んだ羽浦は、静かに尋ねる。
落合は目を伏せ、フ、と小さな笑みを浮かべた。
「怖がらせてごめん…。男の顔なんて2度と見たくなかっただろうけど…、でも…、君と、もう一度会いたかった。……どうしても…放っておけなくて…」
「…!!」
羽浦の頭の中で、ずっとモヤがかかっていた笑顔が重なる。
バス停でもらったココアの味も、温かさも、込み上げてきた。
「君の傷は、けっして消えるものじゃない。忘れることもできない。だからせめて、身の周りすべてに怯えてる君を、ボクに守らせてほしい。あ…、怖がらせないように、女装も鍛えておくからさ」
優しさに包まれた温かい声に、凍りついて武器が手放せないほど固まっていた手の力が抜け、アイスピックを落とす。
地面に突き刺さると、柄の部分から消え、ハヤマツミも消えた。
それから無意識に、足が一歩前に進む。
「なんで…そこまで…。ういは…、アンタに…ケガさせてばかりなのに…」
「それ以上に君は、自分を傷つけてる…。傷だらけじゃないか…」
落合の視線は、羽浦の手首の傷に向けられる。
落合がおそるおそる足を一歩進めても、羽浦は後ろに下がらなかった。
落合は手を伸ばし、羽浦の手首に触れ、やわらかくつかむ。
「ほんと…なんでだろうね…。君が傷つくと、ボクも悲しいんだ。とても悲しい。…変かな?」
少し照れて苦笑いする落合に対し、
「……すごく変」
羽浦は小さく噴き出して言った。
「!! 空君!!」
瞬間、姉川が叫ぶと同時に、羽浦は両手で落合を突き飛ばした。
ドス!!
目の前の光景に、落合と姉川は言葉を失う。
羽浦が、背後から久遠に鉤爪で腹部を貫かれたからだ。
「仲良く串刺しにしてあげようと思ったのに、役立たず」
ずっと頃合いを窺っていたのだろう。
久遠は、血を吐き出す羽浦の耳元で囁きながら罵った。
「…ッハ…」
「うあああああああああ!!」
落合は絶叫しながら久遠に殴りかかろうとしたが、久遠は、鉤爪に突き刺さったままの用済みになった羽浦を、落合に向けて投げつけた。
その拍子に鉤爪が引き抜かれる。
落合は両腕を伸ばし、羽浦の体を抱きとめた。
「羽浦さん!! しっかりして!!」
腹部から漏れる流血は止まらない。
落合は一度地面に膝をつき、呼びかけながら羽浦の腹部に手を当てて止血しようとした。
血は温かく、湯気が上がっている。
「おかしいな…」
羽浦は口から血を垂らしながら、涙を浮かべた落合の顔を眺めた。
「喋っちゃダメだ…!!」
「男なんて…みんな死ねばいいと思ってるのに…、アンタだけは……ほら……」
ゆっくりと上げられた震える手は、落合の頬に優しく触れる。
「触っても平気…。言葉も…嬉しい…。すごく…変だよね…」
微笑みを浮かべた羽浦の瞳から、涙がこぼれた。
同時に、気を失い、触れた頬から手が滑り落ちる。
落合の頬には、羽浦の血がこびりついた。
「ダメだ…!! 死んじゃ…ダメだよ…!!」
揺り起こそうとする落合の肩を、走り寄った姉川が強く叩く。
「空君どいて!!」
はっとした落合は、場所を交代して姉川に羽浦を任せた。
「クラオカミ!」
焦燥に駆られながら、回復魔法を用いて傷の手当てに入る。
「華姉さん…! お願い…羽浦さんを…! 彼女を先に進ませてあげて…!」
取り乱し、涙を流して訴える落合に、姉川はぴしゃりと言った。
「絶対治すから、落ち着きぃ!」
「ふふっ」と傍観していた久遠はおかしそうに笑う。
額は、夜戸から食らった強烈な頭突きで血が滲んで乾いていた。
「結局、憎しみなんてその程度…。くだらない女だったわね」
鉤爪に付着した羽浦の血を、煩わしげに払い落とす。
「……………」
涙を拭った落合は、振り返って久遠を見据えた。
怒りではなく、強い意志をまとった瞳だ。
「何よ、その目は。あー。キレた?」
「羽浦さんは…、憎しみに支配されてても、勇気を出してボクの手を取ってくれた…。自分勝手な憎しみにとらわれたまんまのアンタよりずっと強い…!」
ピク、と久遠のこめかみが反応する。
「ボクは今、確かにアンタに対して怒ってるけど、それ以上に哀れに思うよ」
「…なんですって?」
笑みも失せた。
「自分が進めないのを人のせいにして、妬んで、人を傷つけることでしか満たされない。その虚しさを知ってるくせに。かわいそうな人だよ」
「ガキが…、大人に向かって減らず口叩いてんじゃないわよ!!」
激昂した久遠は、鉤爪を掲げた。
「シギヤマツミ!!」
「アンタも救ってみせる…。どうして明菜姉さんに勝てないのか、自分の心と向き合って、じっくり考えてみろよ!!」
落合は腰の赤い傷痕からオノをつかみとり、掲げた。
そして、熱を持った込み上げる想いと共に名を喚ぶ。
「イハツツメ!!」
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