34:I'm not a hero
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足立と夜戸が先を進んで数分後、茂みを抜け、崖にやってきた。
ズキッと走った痛みに夜戸は胸を押さえる。
体内の神剣が、この先を指すように反応しているからだ。
「この向こうです…」
崖の先は、同じ高さの道が創られていた。
幅は大の大人が5人並べるくらいには広い。
しかし、縁には何もなく、誤って踏み外せば真っ逆さまに荒波の海に転落してしまうだろう。
道のあちこちに、ブラウン管テレビが落ちていた。
積み上げられたものもある。
「現実世界にはなさそうな道だね」
奥を見据えるが、雲がかかったみたいに闇に隠されて見えない。
「ようこそ、世界の終わりの入口へ~。よくまぁ、ここまで誰も死なずに来れたなぁ。それも時間の問題か」
近くにあった、画面が真っ暗だったテレビの内のひとつが点いた。
映し出されたのは二又の顔だ。
「「!」」
「他の連中は置いてきたみたいだなぁ」
2人の姿が見えているのか、テレビ画面越しに目が合った。
「それでも来てくれると思っていたぜぇ…。オレと人形は当然ながら奥にいる。ゴールは目前だぁ。精々、無駄に頑張って進んでくれ」
一方的に言いたいことだけ伝え、画面が真っ暗になる。
夜戸と足立は再び目の前の闇を見据えた。
「終わりの入口…。なるほど。じゃあ、物騒な出口は封鎖しないとね」
「…進みましょう」
2人は警戒しながら歩を進めた。
二又が大人しくしているとは思えない。
夜戸は胸の傷痕からナイフを取り出す。
文字通り暗雲の中に自ら足を踏み入れ、時に足下を確認しながら先へと進んだ。
「視界が悪いですね…。足立さん、足下に気を付けて…」
返事はなかった。
足音は自分の分しか聞こえない。
はっと振り向くと、互いの手が触れられる距離で隣を歩いていたはずの足立がいなくなっていた。
「……足立さん?」
分かれ道は見かけず、ずっと一本道だったはずだ。
踵を返して後戻りする。
感覚は、樹海に遭難したみたいに、前から来たのか後ろから来たのか、定かではなくなっていた。
とにかく走る。
なのに、来た時には存在しなかった円形の広い空間に出てしまった。
慌てて戻ろうとしても、同じ場所に到着してしまう。
ねっとりとした不安に体中を撫で回され、嫌な汗が流れた。
抜け出す手段はないかと辺りに目を凝らす。
中央には、てっぺんが見えないほどの大きな黒い円柱がそびえたち、その周りには、積み上げられた何台ものブラウン管テレビがあった。
「!?」
見上げて気付く。
黒い円柱には、月子がはりつけにされていた。
「月子!!」
呼んでも反応が皆無だ。
気を失っているのか、頭を垂れてぐったりとしている。
走り寄り、夜戸が円柱に触れた瞬間、
バチッ!!
「っ!?」
跳ね返し、拒絶するような電流が流れた。
「…ッ返して…!!」
諦めず、両手で押したり体当たりしてみるが、やはり何度も跳ね返され、何度も地面に倒れる。
「ク…ッ。月子…!!」
「夜戸さーん!」
その時、どこからか、足立の声が聞こえた。
「どこですか!? 足立さん!!」
積み上げられたテレビの山は、すべて画面が点いていた。
画面に映し出されたのは、ひとりで道を進む足立の姿だ。
「夜戸さーん!」
足立の声がテレビから聞こえる。
なのに、周囲からは足立の声は聞こえなかった。
「足立さん!」
単にはぐれてしまったのか、空間を切り離されてしまったのか、夜戸はとにかく画面に向かって名前を叫んだ。
突然夜戸とはぐれてしまった足立も、薄闇の中で夜戸を呼んだ。
声はこだまし、夜戸の返事はひとつも返ってこない。
(はぐれたとしても、気付くまで時間も経ってないし、距離もそんなに離れてないはずだから、互いの声が届かないはずがない…)
足立も夜戸と同じ考えだ。
名前を呼ぶのを一旦やめる。
不意に背後から足音が聞こえた。
足音からして夜戸でないのは確かだ。
「奥にいるんじゃなかったの? 話に聞いた通り、平気で人の背後をとるんだね。姑息極まりないよ」
ポケットに手を忍ばせ、リボルバーに触れた。
取り出す準備はできている。
リボルバーのハンマーも起こした。
シリンダーにはちゃんと前もって弾丸も装填してある。
「他の連中が道を切り開いて、夜戸明菜と一緒に君もここに来た。夜戸明菜がヒロインなら、君は主人公だな。赤い傷痕も持ってないイレギュラーのくせに」
二又は足立の言葉をかわして嘲笑いを含めて言った。
足立は振り向かず、相手の出方を窺う。
「僕は主人公じゃないよ。君らの物語に勝手に巻き込まれた、ただの裁判待ちの被告人さ」
「…世界が変われば、そんな不憫な立ち位置がなくなるんだぜぇ?」
「その話は夜戸さんとして終わってるからやめない? 何度もしたくないよ。夜戸さんは納得してくれてる…というより、最初から理解してくれてた。アンタが同じ誘いを彼女にしたところで、きっと乗ってこないよ。夜戸さんのそういう頑固なとこ、知らないの? 僕も“現実のルールに従う”ことは放棄しない」
「冷たい上に、勝手だな」
どの口が、と足立は目を細める。
「みんなそうだって。捜査本部の中でだって、『現実』が好きな子はひとりもいない。酷い仕打ちも受けたよ。苦しめられて暴走もした。でも、そんな世界にいる大切な誰かの為なら躍起になるんだろうね。しぶといよ、そういう奴って。アンタにはわからないかな? わからないだろうねぇ」
「……………」
「わからないまま世界を終わらせようとしてるなら、断言してやるよ。アンタは負ける」
「愉快なこと言ってんじゃねえよ、クソガキ」
背後から、嫌悪に包まれた声と金属がすり合う音が聞こえた。
音からして数本のナイフだろう。
二又は拳銃よりもそちらの方がお得意と見た。
足立は反射的にリボルバーを取り出し、構える。
「足立、今晩、メシでもどうだ」
二又の能力だと理解していた。
この目で見ていた。
なのに、堂島遼太郎本人と見間違えるほどの仕草と声と姿と笑顔に、指が一瞬硬直した。
投げられた小型ナイフは4本。
内の1本目は足立の左肩を、2本目は右脇腹に、残りは足下の地面に突き刺さった。
「ぐ…ッッ!!」
焼きごてでも当てられたかのような痛みに襲われ、足で地面を踏みしめ、痛みで崩れそうな体を支える。
「ゲホッ!」
込み上げてきた血を吐き出した。
左手で小型ナイフが突き刺さったままの脇腹の傷口を押さえる。
「あーあ。大切な誰かがなんだって? そいつのせいで死にかけてるだろ」
堂島の姿で嗤い、足立は沸き立つ怒りのままに険しい顔を向けた。
「ふ…ッざけんじゃねェ…!! グゥ…ッ」
冷静さを失いかけたが、相手の思うつぼにならないために左肩に刺さった小型ナイフを引き抜き、痛みで無理やり引き戻す。
「ハハハッ。喚く元気あるじゃねーか」
そう言う二又に対し、足立は手の甲で口端の血を拭って二又を嘲笑した。
「はは…。恥ずかしい奴だなぁ…。面と向かって“自分”で戦うこともできないの? 臆病者の丸出しだねぇ。厚顔無恥ってこういう時の為に使うのかなぁ? アンタにぴったりの言葉だ」
「……そろそろさぁ…、永久に黙ってろ」
二又が元の姿に戻りながら新たな小型ナイフを投げる直前、足立は唾と血を飛ばしながら叫ぶ。
「マガツイザナギ!!」
召喚されたマガツイザナギが矛を振るいながら、二又に突っ込んだ。
二又は、首にある赤い傷痕を撫で、逆十字のピアスがついた舌を出す。
「クラヤマツミ」
ドォンッ!
「がハ…ッ」
地面に叩き伏せられたのは、マガツイザナギの方だ。
闇に紛れて真上からぶつけられた衝撃に対応できなかった。
(何が起きた…?)
全身に痛みが駆け巡る中、足立は捜査本部で見た二又のペルソナを探そうとするが、姿が確認できない。
そもそも、クラヤマツミは他者に変身する能力を持つペルソナのはずだ。
ズバッ!
「ク…ッ!!」
切れ味のいい刃物で、左脚を膝から切り落とした。
攻撃が仕掛けられた方向に雷撃を放つが、手応えをまるで感じない。
「今の君に似合う言葉が浮かんだぜぇ?」
起きた出来事が理解できない表情の足立が面白く、二又はすでに勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「暗中模索…ってやつぅ?」
同時に、マガツイザナギが背後から一太刀を食らった。
先程食らった太刀筋とは違う。
「―――ッッ!!」
成す術もなくマガツイザナギは倒れた。
消えかけても、足立の意志のままに立ち上がろうと矛を握りしめる。
「こっちの世界に来る気がねぇなら、死体ごと置いてく。…ここで死んどけ」
足立の顔面目掛け小型ナイフが飛ばされた。
足立はわずかに身を傾けてかわしたが、浮遊感に襲われる。
後ろに一歩下がったつもりが、背後はあるはずのなかった崖縁で、そこに足を踏み外したからだ。
「あの女はオレのモンだ」
ほくそ笑んだ二又が、足立の視界から消えた。
落下する足立の姿も、さらに深い闇の中へと消えた。
ゆっくりと消滅していくマガツイザナギを画面越しに見つめ、夜戸は、膝をついて呆然としていた。
立ち上がり方を忘れてしまったみたいだ。
「明菜姉さん、悲しむことなんてひとつもないよ」
なんでもない、と言いたげに落合は夜戸の両肩に手を置いた。
「人間は何かを失っても、すぐに代わりの物を探し出して追い求め、己の欲望のままに生きているのだから。あなたもそうだったでしょ、明菜」
耳元に囁くのは、姉川だ。
夜戸は振り返るが、そこにはどちらもいない。
代わりにテレビの傍に森尾が立った。
「夜戸さんの場合、自分を捨てて、誰かの代わりになろうとしていたようだけど。結局は捨てきれなかったんだ。俺としては残念な話っスよ」
森尾が、くるん、とその場で回ると月子の姿になって笑顔を向ける。
「でも、月子は前向きだから考えるの。もう一度、今度は肉親の日々樹だけじゃなくて、大量に、『自分自身でいられる存在』を失ったら、もっともっと堕ちてくれるんじゃないかって」
そう言って積み上げられたテレビに背を持たせ掛けた時には、足立の姿に切り替わっていた。
「僕を失った気分はどうかな? 夜戸さん。あ、そうそう、僕だけじゃないよ。いずれ、みんなみんな失うんだ」
画面に映し出されたのは、目の前の敵と死闘を繰り広げる、ツクモ、森尾、姉川、落合だ。
皆、疲労を滲ませた険しい表情で、体が傷だらけになっても必死に戦い続けている。
ツクモは、4つの頭を持つヘビ型のシャドウ相手に、ヒハヤビの6つの円盤を駆使し、一斉攻撃を防ぎ、光線を放ってようやく毒を持つ悲しみの仮面を打ち砕いた。
しかし、容赦なく次の攻撃を叩きつけられる。
弱っていくツクモを、他の小さな群れのシャドウ達がハイエナのように待ち構えていた。
倒れることは許されない。
一度でも隙を見せれば、たちまち餌食となってしまうだろう。
それは森尾達も同じだ。
森尾は、大ナタを力任せに振り回す鎧を纏ったシャドウに苦戦している。
イワツヅノオの戦槌で猛攻を防ぐのが精いっぱいだ。
奥歯を噛みしめ、根負けしないように耐えた。
徐々に体力を削られているのが見て取れる。
落合と姉川も連携で挑むが、実際には落合と羽浦が互いのペルソナ本体と手持ちの武器で激闘し、姉川は羽浦の動きに注意しながら、妨害を入れてくるハチ型のシャドウ相手にクロスボウで戦っていた。
矢は命中するものの、連続で撃つことはできないので、装填している間に、槍を飛ばされたり、体当たりされたりと執拗な攻撃を仕掛けられた。
劣勢に立たされた仲間の姿に、夜戸は成す術もなく画面を見つめる事しかできない。
「絶望の果てに、僕は王子様のように手を伸ばして君を新しい世界に導こう。永遠に、幸せに暮らすんだ」
二又は手を差し伸べるが、夜戸は無言で身体を強張らせていた。
「たった(足立)ひとりでこの有り様か。日々樹と同じ殺され方だからか?」
二又の言葉が聞こえてなかったわけではない。
夜戸は視線をわずかに上げた。
「…殺され…方…?」
聞き間違いだと思った。
だが、二又は足立の姿で笑う。
「あ~。ハハハハ。会ったくせに、昌輝さん、話さなかったな? クククク…。絶対動揺すると思ったんだろうなぁ…」
「兄さんは…自殺だって…」
「そう。表向きは」
前のめりになった時には、二又は変身を解いて元の姿に戻っていた。
「ここで! 衝撃の真実ー!」
スポットライトを浴びたエンターテイナーのように大袈裟に声を上げ、両腕を広げる。
その様子は、すべてのテレビに映し出されていた。
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