34:I'm not a hero
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橋を渡ってからさらに時間が経過した。
車は海岸沿いを走行中だ。
照明の消えた街灯を一定の間隔で通過する。
夜戸は時折、後ろを振り返ってツクモと森尾の安否を気にした。
姉川も表情を曇らせている。
「明菜姉さん…、華姉さん…。兄さんも…ツクモ姉さんと一緒にすぐに来るよ…」
「信じて」と言って微笑する落合は、無意識に自分の二の腕を強くつかんだ。
拭いきれない不安はあるのだろう。
夜戸は気付かないフリをして前に向き直った。
「姉川さん、あとどれくらいかわかる?」
「もう間もなくよ。反応が大きすぎてキャッチしづらいけど、着々と近づいてるのは確か」
水のイルカでもつかめないものがあり、先程からノイズ音が耳障りだ。
ブーン、ブーン、と虫の羽音みたいな別の音まで混ざりだした。
「ブンブンうるさいな」
苛立ち混じりに言ったのは足立だ。
姉川ははっとする。
「虫でもいるんでしょうか…」
夜戸も生理的に不快な音に辺りを見回した。
「虫よりタチ悪いかも…! こっちに接近中!」
車内に緊張が走る。
音は上から聞こえた。
「ハチ…、いや、シャドウ!!」
むき出しのルーフから視認した夜戸が声を上げる。
数十匹の王冠を被った巨大なハチ型シャドウがすぐそこまで迫っていた。
1m以上はあるだろう大きさで、ハチの下半身には仮面をつけ、黒い手袋をした人間みたいな手にはフォークみたいな長い槍を携えている。
接近する群れに足立はリボルバーで2匹撃ち落とし、夜戸もナイフを投げつけて脳天に命中させ、1匹消滅させた。
イツとマガツイザナギを召喚させようとした時だ。
「一斉攻撃仕掛けてくるわよ!」
姉川の警告通り、ほとんどが一斉に持っている槍を、走る車体目掛け空中から投げつけた。
「ッ!」
足立はハンドルを切ってかわそうとする。
しかし、ブシュッ、と空気が噴き出す音が聞こえたかと思えば、車体がわずかに傾き、真っ直ぐ進むつもりがスピンした。
「タイヤが!」
左前のタイヤに槍が刺さってしまった。
車体がアスファルトを擦り、火花を散らす。
足立がブレーキを踏んで急停止させると、全員がつんのめり、姉川はすぐに別の気配を察知した。
「今度は矢が降ってくる!! 絶対当たらないで!!」
「矢ぁ!?」
足立は素っ頓狂な声を上げ、夜戸はすぐに反応した。
「足立さん!!」
「わ!?」
シートベルトをナイフで切り外し、助手席から立ち上がって足立の頭を庇うように抱きつき、降ってきた矢をナイフで弾いた。
外れた矢はボンネットとルーフを貫き、姉川と落合は座席シートの下に隠れて難を逃れる。
だが、バチッ、とボンネットから漏電する音が全員の耳を刺した。
「みんな外に出て!!」
落合は大声を上げながら姉川の腕を強く引いてドアの向こうへ飛び出し、足立も夜戸の腰に手を回して運転席から転がり落ちた。
ドォンッ!!
夜戸達が車から離れた瞬間、車が爆発する。
真っ赤な炎を上げ、夜戸達は周囲の冷気を吹っ飛ばすほどの熱風を浴びた。
「車がやられた…!」
炎上する車を見つめて舌を打った足立は、「参ったなぁ。借り物なのに」と頭を掻く。
奇襲で降り注いだ白く発光する矢には、全員心当たりがあった。
薄闇の向こうから、こちらにやってくる足音に、夜戸達は振り向く。
ゆっくりとした歩調で、ゆらりゆらりと体を揺らしながら現れたのは、羽浦だった。
「羽浦さん…」
片手にアイスピックを握りしめ、こちらを見据える瞳はぽっかりと空いた地の底が見えないほどの穴みたいに虚ろだ。
生きる希望を感じさせない両目に、落合は小さなショックを覚えた。
「男は死んで。女であろうと味方も死んで。死んで、死んで、死んで、死ね!!」
罵倒する羽浦は、明らかに憎悪に満ち溢れ、支配されている。
「…ここは、ボクが残る番だ」
羽浦から目を離さず、落合は言った。
腰の赤い傷痕からオノを引き抜く。
内心で、兄である森尾に心底感謝した。
あの場に残っていたら、こうして再び羽浦に会うことはできなかったかもしれない。
羽浦を止める役割は、誰にも譲りたくなかった。
「待って」
「華姉さん…?」
横に並んだ姉川に、落合はきょとんとした顔をする。
「1本でも矢が当たれば、ペルソナが使えなくなる。現実世界に帰れば元に戻るけど、今は悠長なことを言ってられる世界じゃなくなってるからね」
今までと違って、容易く現実世界に帰れなくなってしまったのだ。
「ウチも残る」
目に掛けたゴーグルの位置を片手で直しながら言い切った。
「空君…、華ちゃん…」
近づこうとした夜戸を制するように、姉川は海岸の先を真っ直ぐ指さして凛とした声を放つ。
「明菜、行って! この先を真っ直ぐ! そこに月子ちゃんがいるから!」
「透兄さんも!」
「………………」
「……夜戸さん」
足立は傍にいる夜戸の背中をぽんと押した。
硬直した体が解け、夜戸はぐっと堪える表情を浮かべて視線を彷徨わせ、躊躇いがちに口を開く。
「ふ、2人とも…、気を付けて…っ」
震えた声で、そう言うしかなかった。
早く夜戸達を先に行かせるために、目の前の敵に立ち向かっていったツクモと森尾と同じく、2人は一歩も譲る意思はなさそうだ。
「走って!!」
姉川が声を放ち、夜戸と足立は同時に駈け出した。
「行かせるもんか…。ハヤマツミ!!」
アイスピックを掲げると、召喚されたハヤマツミが足立と夜戸目掛け3本の矢をまとめて一度に放つ。
「ネサク!!」
落合がオノを掲げて召喚されたネサクは、大鎌で矢を切り裂いて地面に落とし、夜戸と足立はその隙に脇にある堤防の上にのぼって2mの高さから飛び下り、砂浜に足をつけて姉川が指さした方向へ真っ直ぐに走った。
羽浦は金色の瞳をギラギラさせて落合を睨みつける。
「男は殺す。男は死んで。死んで…」
ブツブツと言いながらアイスピックの先端を落合に向ける羽浦の姿は、現実世界のバス停で話し合ったことなど忘れてしまったかのようだ。
真っ先に脳裏をよぎったのはほくそ笑む二又の顔だ。
羽浦の人間らしい迷いをその手で奪ったのだと察して、あの時あのバス停で羽浦の手をつかんで強引にでも引き戻せればよかった、と後悔が生まれ、二又に対する怒りに全身が熱くなった。
話し合いは通じなさそうだが、それでも落合は言う。
「もう自分で止めることができないなら、ボクが君を止めてあげる!」
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