34:I'm not a hero
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ツクモを残して数十分後、シャドウ達の群れも一度静まった。
ふと、潮の香りに夜戸は顔を上げる。
大きなカーブを曲がると、数キロ先にようやく海が見えた。
台風に見舞われているかのように真っ黒な海は荒れ、波はうねり、堤防にぶつかっては飛沫を上げている。
夜戸にとって、テレビの映像でしかあんなに荒れた海は見た事がない。
耳をすませば、びゅうびゅうと吹き荒れる風の音が聞こえた。
静かな車内で、落合は口を開く。
「ツクモ姉さんの反応は…?」
肩越しにリアガラスに振り返り、おそるおそる尋ねた。
クラオカミの能力で、姉川は意を決してゴーグル越しにツクモの様子を見ようとする。
水のイルカを一体ツクモの近くに放っていた。
映像は乱れて見にくいが、何度もぶつかり合う強い反応はキャッチできる。
「…戦ってる…」
ツクモが劣勢なのか優勢なのかは不明だ。
だが、ツクモの強い意志は感じる。
怯む様子は微塵もなく、本気で相手を倒そうとしているのだ。
「ツクモなら…大丈夫」
言い切れる事ではないが、信じている。
姉川のその言葉で、車内の空気がほんの少し和らいだ。
「ああ…。あいつ…、小さいくせに、スゲー強いもんな…」
森尾は呟き、頭を上げて前を見た。
「たぶん、本部の中で一番タフだよ、あの子は。ウザいくらい明るいし」と足立。
「今にも、「待たせたさっ」って追いついてきそう」と姉川。
「シャドウなんかすぐに倒して、おなかいっぱい食べそうだね」と落合。
「そうね…。ツクモなら…」
夜戸は、痛みが少し落ち着いた胸の傷痕に手を当てる。
みんなが自分に言い聞かせているように聞こえなかった。
言葉から心に伝わる温かい気持ちを不思議に思う。
体に馴染みのない、くすぐったい温度だ。
「あ。橋が見えてきた。この先でいいの?」
海岸沿いの車道に出て、足立はその先の橋に気付く。
拘置所がある地区と海辺の地区の間には、長大な緩やかなアーチ状の橋がかかっていた。
姉川は「うん」と頷き、「進んで」とナビする。
だが、すぐにはっとした。
「! 何か…いる…!」
橋の中央に肌が粟立つほどの気配を感じ取った。
足立は速度を少し落とす。
ゆっくり進むと、確かに中央に何か佇んでいた。
人型の影が見え、落合も身を乗り出してフロントガラスの向こうに目を凝らす。
落合の頭の中にはココアを両手に微笑む羽浦の姿が浮かんでいた。
「…シャドウだ」
唾を呑み込んだ落合を一瞥した森尾が言う。
こちらと対面する形で待ち構えていたのは、2m以上の人型のシャドウだ。
水色の兜と鎧を身に着け、兜からは魚のヒレが生え、口元はサメを思わせるギザギザの歯を剥いていた。
鎧は軽装で青肌の盛り上がった筋肉が見える。
膝から下は骨が浮き出ていて細く、明らかに人ではない。
鋭い爪を持つ指は3本だ。
背中には等身大とほぼ同じサイズの巨大な鈍色のナタを背負い、車を視認するなり、大ナタの柄をつかんで弾丸の如く突っ込んできた。
避けられるスピードではない。
「車を止めてください!」
夜戸は足立にブレーキを踏ませた。
「イツ!」
それからすぐにイツを召喚して振り下ろされた大ナタを曲刀で受け止める。
「う…っく!」
スピードではイツの方が勝るが、パワーに圧され、イツが地面に叩きつけられた。
衝撃が夜戸の体を襲う。
「っ…!」
「明菜!」
姉川は後部座席から手を伸ばして夜戸の肩に触れた。
「強い…ッ」
すぐに飛び起きたイツが、横に振られる大ナタをかわして曲刀の切っ先で兜を貫こうとするが、鋼より硬くて突き抜くことができない。
鎧のシャドウの大ナタがイツの脳天目掛け振り下ろそうとした時、
「マガツイザナギ!」
足立はマガツイザナギを召喚し、頭上から雷撃を落とした。
「…っ!?」
耐性があるのか効いてない様子だ。
身動きが一瞬止まり、イツは距離を置いてマガツイザナギの隣に並ぶ。
「本当にあれって、ただのシャドウ? カバネのペルソナ並みに強くない?」
冷や汗を浮かべた落合が姉川に尋ねる。
横に座る姉川はクラオカミで分析中だ。
「さっきのヘビ型のシャドウみたいに、複数のシャドウが集まった集合体…。ウチが敵サイドだった時、使役してたシャドウにも同じ事したでしょ? でもあいつの場合、その倍の数。ここら一帯のシャドウの動きが落ち着いたと思ったけど…、そうじゃなくて、ほとんどそいつに固まってるみたいね」
ゾッとする話だ。
何十匹ものシャドウが、2mサイズにぎゅっと凝縮して生み出されている。
鎧のシャドウは大ナタの先端を地面につけて身構えた。
ここから先は通さない、と言いたげだ。
「門番気取りかよ、あのシャドウ…」
足立は煩わしげに呟く。
不意に、ガチャ、とドアが開く音が聞こえた。
車内にいた全員がそちらに目を向けた時には、森尾が外に下りてドアを閉めていた。
「森尾君!? ちょっと! 何しとんや!?」
突然の森尾の行動に動揺する姉川はドアを開けようとするが、森尾が片手で押さえつける。
「森尾君…!」
夜戸も驚いて目を見開いている。
目が合った森尾は、小さく笑った。
「抜けるなら、今度は俺だ。夜戸さんがここに残るわけにもいかねえし、姉川のナビがないと先は進めねえし、俺は足立みたいに強くて器用じゃねぇ」
「なら、ボクも一緒に…!」
落合は反対のドアから出ようとしたが、森尾は「空!」と一喝する。
「お前はこの先にいる誰かに会いたがってるだろ…。兄貴に任せて行って来い」
「兄さん!!」
森尾は後部座席のドアから手を離す。
ドアガラスの向こうの姉川は、涙を堪えて不安げな表情を浮かべていたが、森尾の意を汲んで出てこようとしはしなかった。
一度下りて引っ張りこもうとしても、振り払われるとわかっているからだ。
「みんなを導いてくれ。…必ず帰る。終わったらお前に言いたいこともあるから」
姉川にそう言って、森尾は2、3歩進んで運転席側のドアの前に立った。
ドアガラスは開けられている。
身をわずかに屈め、敵を睨みつけたまま足立に言った。
「敵に構わず、このまま進め。ツクモより早く片付けて、気張って追いつくからよ」
「…遅刻しないでよね。後ろが泣きわめくから」
小声で後ろを指さす足立に「遅刻するな、とかお前が言うのかよ」と噴き出す。
「足立…、手ぇ出せ」
何かを渡されると思った足立は、素直に右手を差し出した。
すると、森尾はいきなり右手で足立の手首をつかみ上げ、左手でパンッと足立の右手のひらとタッチする。
油断していた足立は「あ」と思わずこぼした。
拘置所の運動場で初めて出会った森尾があいさつでしようとした、ハイタッチだ。
「頼んだ」
「はは。本当にウザいくらい青臭いね、君は」
一抹の悔しさを覚えながら足立は苦笑いを返す。
「やかましいんだよ、てめーは。こんな時くらいいいだろ。早く行け」
森尾は、してやったとニッと笑みを返して運転席側のドアを軽く蹴り、促した。
それを合図に足立はアクセルを踏み込み、車を急発進させる。
鎧のシャドウは大ナタを大きく振りかぶった。
「イワツヅノオ!!」
猛進してくる車体を横に真っ二つにしようと振り下ろされた大ナタを、召喚されたイワツヅノオが戦槌で受け止める。
捜査本部の中でイワツヅノオはパワーが強く、押し負けることなく踏ん張った。
イワツヅノオの後ろを車が猛スピードで通過する。
鎧のシャドウがあとを追おうとするが、森尾はそれを許さなかった。
バールを地面に叩きつけ、鎧のシャドウに凄む。
「そっから先は絶対行かせねぇ。死んでやらねぇけど、死んでもだ。追えるもんなら追ってみろよ!!」
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