33:Don't take it out on me!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数時間にわたるカーチェイスののち、追いかけてくる車が少なくなったところで、夜戸達を乗せた小型護送車は繁華街のある市街地を抜けた。
フロントガラスに付着し続ける細かい雨粒は、ワイパーを使用するまでもない。
車の進行が真っ直ぐになり、足立の運転によって悲鳴に包まれていた車内は、ようやく静けさを取り戻しつつあった。
フロントガラスから見える街並みが落ち着き、鉄道高架の横をたどるように走る中、車内にいる全員がぐったりとしている。
「今日以上にシートベルトのありがたみを感じたことないわ…」
未だに涙目の姉川は、自身のシートベルトに頬をすり寄せる。
「ごめん、ツクモ姉さん。痛くなかった?」
落合は、抱きしめたツクモの顔を窺う。
前のめりになった際、運転席と後部座席を隔てる金網にツクモの顔面を押しつけてしまったのだ。
「へ、平気さ…」
ツクモの顔は、金網の跡がくっきりと残っている。網目状の顔面に、横から見てしまった姉川は噴き出すのを堪えた。
「……………」
森尾は窓に寄りかかったまま放心している。
口から魂が抜けたようだ。
「森尾くーん、生きてる?」
「バックスピンターンの辺りで何も言わなくなりました」
前方から乗用車が突っ込んできたので、足立は咄嗟に加速をつけてバックし、方向を転換したのだった。
そこから森尾の声が聞こえなくなったことを夜戸は思い出していた。
「!」
不意に、車体が何かを避けた。
「きゃ!?」
「なにさなにさ!?」
姉川とツクモは声を上げ、落合は少し身を乗り出して足立に尋ねる。
「どうしたの!? また追手!?」
「いや…、テレビが落ちてた」
「テレビ?」
ドアガラスから外を見る。車道や道端のところどころに真っ暗な画面のテレビが放置されていた。
「カクリヨみたい…」
光景に既視感を覚えた夜戸が呟く。
反応したのは姉川だ。
「! 間違ってないかも」
左の前腕にある赤い傷痕を両目に当てる。
「ペルソナ」
腕を下ろした時には、姉川の両目にはゴーグルが装着されていた。
落合は「あっ」と声が出る。
姉川は繁華街にいた時よりも強い気配を身体に感じていた。
「クラオカミの反応はまだ薄いけど、確実に、先に進むほど、異世界の空気が濃くなってる」
トコヨとカクリヨがブレンドされた異質な空気だ。
「拘置所の時は、森尾君も武器を取り出せてた。なら、やっぱりこの先が敵の本拠地ってことかな」
フロントガラスの向こうの薄闇を見つめながら足立が言った。
姉川は顔をしかめる。
「拘置所の地区も、その先の海辺の地区に行っても反応がなかったのに…」
「二又の移動方法なら、捕まった月子も転々と車を乗り換えて移送させられていたのかもしれない」
夜戸は推測を口にした。
二又よりも気付かれないよう慎重に移動させられていただろう。
「まどろっこしいことを…っ。ホンマムカつくわ、あいつ。あと数百発殴ればよかった」
横の窓をコブシで軽く叩く姉川を、足立はバックミラー越しに見る。
「殴ったんだね。勇ましいことで」
「カッコよかったよ、華姉さん。勇姿を撮っておきたかったよ」
落合は自分事のように誇らしげだ。
姉川は「そこまで大したことしてない」と照れた。
だが、何かに気付き、はっと後ろに振り返る。
「!! 何か凄いスピードで来てる!」
ただならぬ様子に警戒した。
夜戸は「どっちから?」と尋ねる。
「前と、後ろ…!」
足立と夜戸は前を、森尾と落合とツクモは後ろに向いた。
「カンベンしてくれよ…」
放心状態から戻ってこれたばかりなのにまた乗用車とのカーチェイスが始まるのかと頭を抱え込む森尾だったが、姉川は「違う!」と発する。
「車じゃない…! この反応は…!」
前後からエンジン音が近づいてくる。
最初に後ろに近づく影があった。
真っ黒なオートバイが猛スピードで現れ、その中の1台が車体に並ぶ。
ドアガラス越しに見た夜戸は目を見開く。
オートバイのボディは黒い人骨で組み立てられたデザインで、ヘッドはドクロが不気味に声を立てて笑っていた。
跨っている運転手は、フルフェイスのヘルメットを被っていたが、紫と白の縦縞の肌は爬虫類の皮膚を持ち、背後には大きなトカゲの尾が揺れていた。
「シャドウ!」
夜戸が鋭い声を上げると同時に、並んでいたバイクが車体にぶつかってきた。
「うっ!!」
「きゃああ!!」
衝撃で左側のドアガラスが欠け、左側の座席シート座っていた夜戸と姉川は小さな破片を浴びた。
夜戸はメガネ越しの目付きを鋭くさせ、反撃するためにナイフを取り出そうとすると、足立に「待って」とかけられる。
「夜戸さん! ハンドル任せていい!?」
「!」
片手でシートベルトを外してジャケットからリボルバーを取り出した足立の姿が目の端に映り、夜戸は右手を伸ばし、リレーで差し出されたバトンを受け取るような感覚でハンドルをつかんだ。
足立は隣のドアガラスを開けてアクセルを踏んだまま大胆に身を乗り出し、両手でリボルバーを構え、銃口を車体の左側を走るシャドウに向けて躊躇なく発砲する。
ドン!
ヘルメットのシールド部分を撃ち抜く見事なヘッドショットだ。
パンッ、とヘルメットの中央に銃弾の穴が空いた直後、運転していたシャドウはオートバイとともに転倒し、闇に融けて消滅する。
「空! 姉川と交代しろ! 俺らも応戦するぞ!」
「うん! 華姉さん、ツクモ姉さんをお願い!」
車が安定している間に、鋭い声を放つ森尾の指示に従い、両腕に抱いていたツクモを姉川に渡し、シートベルトを外して姉川と座席の位置を交代した。
「「ペルソナ!」」
森尾はバールを、落合はオノを握りしめ、自ら開けたドアガラスから上半身を乗り出して構えた。
シャドウ達はエンジン音を威嚇の如く唸らせながら次々と来襲してくる。
道の中央を走る護送車を左右から挟み撃ちにしようとするが、森尾と落合が許さなかった。
森尾はバールを振り回してヘルメット部分を砕き、落合は距離を取ろうとするシャドウに対してオノをブーメランみたいにぶん投げ、オートバイのヘッドに叩きつけて転倒させる。
「武器だけじゃ戦いにくいよ!」
オノを一度消して再び腰の傷痕から引きずり出す落合は訴えた。
森尾は「当たり屋が!」と吐き捨てて次に近づいてきたシャドウを叩き伏せる。
「あともう少ししたらクラオカミたちを召喚できるはずだから! 持ちこたえて!」
「こいつら、そうさせないように早めに邪魔しにきてんじゃないの?」
足立は森尾と落合の援護をしながら、遠距離でリボルバーを撃ちまくった。
前方からもやってくるのでそちらにも注意を払っておかなければならない。
「別の気配がする!」
「シャドウ…、いや、シャドウじゃないさ!?」
姉川が別個体の反応をキャッチした。
ツクモはうっすらとしかわからないが、どこかで覚えのある気配だということは感じている。
オートバイとは違うエンジン音が近づいてくる。
後ろから来るのかと思えば、いきなり横の、鉄道高架下の道から飛び出してきた。
「!! つかまって!!」
声を放った夜戸は、反射的にハンドルを切った。
窓から身を乗り出していた足立、森尾、落合は放り出されないように車体にしがみついて急カーブに耐える。
飛び出してきたのは、オートバイではなく、シルバーのオープンカーだ。
運転席には、オートバイで襲撃してきた同じシャドウが座って運転し、助手席にはシートベルトもせずにこちらを窺う人影があった。
車体の右側に並び、不敵な笑みを浮かべる。
「こんばんは」
車内にいた全員がぎょっとした。
助手席に座っていたのが、久遠だったからだ。
.