32:Where to?
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雨の音が聞こえる。
森尾は窓に目をやった。
久々の雨に落合たちは濡れてないだろうか。
就寝時間を迎えて早く捜査本部に赴きたい気持ちを抑える。
連絡を取ることも、駆けつけることもできないので、夜の活動に向けてひと眠りするために寝転がろうとした、その時だ。
独居房に何の一声もなく刑務官が突然入ってきた。
さらに、扉を閉めて鍵を食器口から廊下へと投げ捨ててしまい、異常な様子に、壁に背をもたせ掛けて座っていた森尾は飛び起きる。
「ぜ、税金…、無駄遣い…、いらない…、いらない…」
口角に泡をつけながらブツブツと呟く刑務官の手には、警棒が握られていた。
敵意を察し、森尾はボクサーのようにコブシを構える。
「こいつ…!」
向かい側の扉が開く音が聞こえた。
足立の部屋に、別の刑務官が入った様子だ。
食器口から確認したくても、対峙している刑務官がそれを与える隙をくれない。
「欲望…の、ままに!」
刑務官が警棒を振りかぶった。
「いきなり…、何だっつーんだ!!」
ゴッ!
警棒が振り下ろされる前にコブシでアゴを斜め下から殴りつけた。
渾身の一撃が決まり、刑務官が後ろに倒れて気を失う。
向かい側で大きな打撃音が聞こえた。
ガン、ガン、と硬い物に何度もぶつけられているみたいだ。
「足立!!」
同じく奇襲を受けていると察し、ドアノブをつかんでガチャガチャと回したが鍵はかけられていて開くはずもなかった。
「クッソ! 開かねぇ!」
急いで刑務官の服を探るがスペアもない。
唯一開けられるのは、やはりあの廊下に捨てられた鍵だけだ。
舌打ちして食器口から手を伸ばすが、鍵は廊下のほぼ中央に落ちていて、そこまで手が全く届かない。
傍にはもうひとつ同じ型の鍵が落ちていた。
足立の部屋の鍵だろう。
食器口から向かい側を覗き見ると、別の刑務官が警棒を振り回して叫びながら壁やドアを内側から叩いていた。
肝心の足立の姿が見えない。
森尾の脳内に、血まみれで見えない位置に横たわる足立の姿が浮かんだ。
不可能とわかっていても、焦燥に駆り立てられ必死で腕を伸ばす。
引っかかる肩に痛みが走った。
「足立待ってろ! すぐに助けてやる…」
ガチャ、とすぐ傍で音がした。
「え?」
足立が、自然な素振りで森尾の独居房に足を踏み入れる。
「助けにきてあげたけど?」
足立は無傷だ。
森尾はきょとんとする。
足立の部屋は鍵がかけられ、刑務官ひとりが暴れ回っている。
森尾はもう一度廊下を確認した。
鍵は2つ廊下に落ちたままだ。
「お前…、鍵は!? まさか脱出マジック…」
「これこれ」
ズボンのポケットから取り出して見せつけたのは、持ち前の小さな合鍵だった。
「夜戸さんが、もしもの時にってツクモちゃんにお願いしてくれたらしいんだよね。本当に必要になるとは思わなかった」
襲われる直前、すぐ後ろにあった布団を刑務官に覆い被せて視界を遮り、その隙に、夜戸から貰った合鍵を使って部屋を脱出し、刑務官が反撃してくる前に素早く閉めて鍵をかけた。
鍵を持っていたおかげで刑務官と2人きりで閉じ込められずに済んだ、と足立は簡単に話す。
「今は逃げる一択に限るよ。そいつが起きないうちに出よう」
森尾が自力で倒した刑務官はピクピクとわずかに痙攣していた。
「……っ、ちょっと手ぇ貸してくれ」
森尾は食器口に肩が引っかかって右腕が抜けなくなっている。
「……………」
(置いてこっかなぁ…)
なんてことをよぎらせた足立だったが、見捨てずに森尾とともに独居房を脱し、追いかけて来ないように外側から鍵をかけたあと、拘置所の廊下を並んで走った。
「だめだ。繋がらない」
足立はケータイをしまう。
捜査本部へ行きたいのに移動手段であるケータイは無言を貫いた。
バッテリーが切れたわけでもない。
「チクショウ…、こっちもだ」
森尾もケータイを確認したが、足立と同じ状態だ。
苛立って舌を打つ。
「捜査本部に行けねえし、どうする!? 他の奴が見たら明らかに俺ら脱獄中だぜ?」
「脱獄じゃなくて避難だよ」
階段を下りながら、足立は呑気に訂正した。
森尾は「物は言いようだな」と脱力して肩を落とす。
「…んで、他の刑務官に出会ったら、抵抗せずに事情は話した方がよくねーか?」
「まともな刑務官だったらね」
2階に足をつけると、廊下の向こうと階段の下から複数の足音が聞こえる。
「シケイ…」
「仇なす者」
「死…」
5人くらいの刑務官たちが、ゾンビのような歩き方で階段や廊下を徘徊していた。
手には各々警棒や手錠を持っている。
その光景に森尾は「おいおい…」と青白い顔で呟いた。
階段にいた刑務官のひとりが足立と森尾を目撃した途端、
「死ぃ――――ッ!!」
奇声を上げながら弾かれるように迫ってきた。
「抵抗は?」
「するに決まってんだろ!」
どう見てもまともではない。
奇声を聞きつけて他の刑務官もこちらに突進してきた。
「廊下側をお願いね」
「任せろ…ってか何気に数の少ないのを選んだな?」
「ほらほら来るよ」
こちらは丸腰だが、相手が数人ならば乗り越えられる数だ。
足立は階段から上がってくる刑務官たちを蹴落とし、森尾は警棒をかわしながらコブシで撃退していく。
「足立!」
森尾が刑務官が落とした警棒を足立に投げ渡す。
足立は試しに軽く振ってみるが、不満げだ。
「どちらかっていうと拳銃の方が使いやすいんだけど」
「やかましい! 選り好みしてる場合か! 丸腰よりかマシだろ!」
「森尾君は丸腰でも大丈夫そうだねぇ…ってどこ行くの?」
森尾が階段ではなく、廊下の向こうへ行こうとしている。
「雑居房はこっちなんだ! 鹿田が無事か確認してくる! ついでに他の連中もな!」
「あ、ちょっと…、面倒な事を…」
止める前に森尾が駈け出してしまう。
足立はため息をついて追いかけた。
足立にとっては2度目のルートだ。
森尾が暴走していた時に1度通っている。
前と違うのは、今の森尾が収容者に危害を加える側ではなく、助ける側であることだ。
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