31:I'm gonna go on
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同日、午後15時。
独居房でうたた寝していた足立は、サァァ…、という音に引き寄せられ、ゆっくりと目を覚ました。
寝惚け眼で起き上がり、鉄格子つきの小さな窓を見ると、小雨が降っていることに気付く。
久しぶりだったので何の音か一瞬わからなかった。
(雨…)
いい天気とは言えないが、陰気な曇り続きだったので少しは気分転換になる。
すべての雨水を出しきったあとは、からっと晴れ渡っていてほしい。
(姉川さんと落合君…、「二又の捕縛は任せて」って意気込んでいたけど…)
二又の移動手段は発覚したが、姉川が上手く見つけたとして無茶をする可能性がある。
現実世界の昼間は不自由だ。
手を貸すこともできない。
だからといって二又が夜にのこのこと出現するとは考えにくい。
向かい側の独居房にいる森尾も、一見居眠りに見えたが、胡坐をかいて壁に背をもたせ掛けて考え込んでいる様子だ。
姉川と落合を気にかけているのが見て取れる。
2人分の足音が聞こえた。
刑務官だ。
房内は時間を確認するための時計がないため、いつ来るのかは未だに感覚がつかめない。
寝起きのあとなら尚更だ。
見回りか交代だろう、と足立は畳まれた布団に背中を預ける。
刑務官と目を合わせる必要もない。
もう一眠りしようとした。
刑務官が、ブツブツと何か言っている。
「………い…、……のままに…」
はっと目を見開いた時には、大柄の刑務官は足立の独居房のドアを開け、中に入ってすぐに閉め、鍵を食器口から廊下に捨てた。
これでは刑務官も出ることができない。
明らかに異常な行動だ。
「欲望に従い…、欲望のままに…。祭司様、祭司様、祭司様…」
焦点の合わない虚ろな瞳と、足を引きずって歩くゾンビと似た動き、しかし丸腰ではなく、手には殺意のこもった警棒が握りしめられていた。
手の甲の血管を浮かばせ、渾身の力で撲る気だ。
「反する者…、カミウミ様のジャマ…、しししし死刑、死刑、死」
ガクガクと身体を震わせ、一歩踏み出して大きく振りかぶった。
足立は「ウソ…」と呟く。
「はは…。笑えないんだけど…」
その頃、姉川と落合はロータリー付近にいた。
小雨が降り始めた時、横断歩道を渡られる前に、落合は二又を取り押さえた。
「つ…、つかまえた…っ!」
馬乗りになり、肩で息をしながら、しっかりと二又の右腕をその背中に回して固定する。
もしもの時に備えて足立から教わった逮捕術だ。
「さ…っ、さすが空君…っ、速い…」
少し遅れて追いついた姉川は、その傍に立ち、前屈みになって息を弾ませた。
「ッてて…、ククク…」
痛がりながらも地面に押さえつけられた二又は笑っている。
「おかしいことなんてひとつもないけど?」
二又の横顔を睨みながら落合は言った。
「雨が降ってきたなぁ…」
「……?」
追い詰められて気でも触れたかと思った。
「この町を覆ってたのは、次々に起きた事件に対する町の人間の、不安、不満、焦燥、憤り、エゴ、悪意、憎悪…といった負の感情だ。夜戸明菜の能力では切り離しきれない数になり、ついに満タンになって漏れ出したぁ…」
「何を言って…」
「今、追い詰められてるのはお前らだ…。終わりはもう始まってんだよぉ…!」
「空君…ッ」
姉川は周りに目を配りながら、声を震わせた。
顔を上げた落合は、異変に気付く。
通行人が、全員立ち止まり、生気のない目でこちらを見つめていた。
確かに目立つ状況だが、ざわつくわけでもない。
静寂だ。
車道を走っていたはずの車も、エンジンはつけっぱなしの状態で運転手と同乗者も窓に張り付いてこちらを窺っていた。
薄気味悪くなり、姉川と落合に冷や汗が浮かぶ。
「ハハハ…。ヒャハハハハハハハ!!」
戸惑う落合と姉川の姿に、二又は声を出して笑った。
横断歩道の信号が赤になる。
「欲望は伝染するんだ。便利な言葉あるだろぉ? 赤信号、みんなで渡れば怖くねぇ」
通行人たちが一斉に動き出し、赤信号にも関わらず、躊躇った様子もなく、落合と姉川へ直進してくる。
サラリーマン、OL、休日のカップル、学生、ジョギング中の女性、警備員など様々な人間が同じ表情を浮かべていた。
「お前らはお役御免なんだよぉ。夜戸明菜の絶望のエサになれ」
「姉さん!!」
落合の判断は早かった。
すぐに二又から離れ、姉川の手をつかんで走り出す。
「欲望のままに…」
「従い…」
「殺す」
「邪魔者」
「死刑、死刑、死刑」
ブツブツと呟きながら追いかけてきた。
それぞれ、手には凶器になるようなペンやハサミ、カッターナイフを握りしめている。
「トコヨへ…!」
落合は通りかかったコンビニ前の監視カメラに目をつけ、ケータイを取り出してトコヨへかける。
しかし、変化はない。
周りの景色も変わらず、殺気立った通行人がすぐそこまで迫っていた。
「どうして…! なんで通じないの!?」
捜査本部に避難することができない。
「こっちもダメ! コール音もしない!」
姉川も自分のケータイからかけてみたが、不通は落合だけではなかった。
平然と他者を利用とする二又は、あえて自ら手を汚そうとはしない。
改めて二又のやり口を認識する。
追いつかれれば命はないだろう。
(二又は本気でボクらを殺す気だ。拘置所は安全なの…? 兄さん…、透兄さん…!)
現在の時間帯の現実世界で身動きが取れない2人の安否が気になる。
二又が好機を逃すとは思えない。
『2人とも、気を付けて…。無茶だけはやめて…』
姉川は、身を案じながら送り出してくれた夜戸のことを思い出した。
(明菜…! 月子ちゃんを見つけてみせる、って約束したのに…!)
悔しさに奥歯を噛みしめ、冷たい雨の中、行く当てもない2人は命懸けで町中を遁走する。
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