31:I'm gonna go on
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月子と出会って5年の月日が経った頃、夜戸は月子の髪に赤いリボンを結んであげた。
『…いいの?』
夜戸は頷く。
『気になってたみたいだから…』
ほんの些細な気紛れだった。
カクリヨ側の自室でテレビを見ていた時、地域の小学生たちが学校の行事に楽しげに参加していた光景に、月子がじっと見ていたのを横目で見ていたからだ。
月子は「あの頭の飾りは何?」と聞いてきたのでリボンだと教えると、「ふーん」と興味なさげに返したが、視線はリボンを追っていた。
欲しいとねだられたわけではないが、ただの飾り気もない髪ゴムでは、綺麗な黒髪がもったいないと思った。
テレビに映った子どものリボンは、プラスチックで模ったリボンが普通の髪ゴムにつけられてあったものだったが、夜戸は本物のリボンを与えた。
いきつけのフラワーショップで兄の墓参りに必要な献花を買った時、レジの近くに置かれていたリボンに目をつけ、売ってもらったものだ。
アクセサリーショップに行き慣れていないという理由もあった。
『似合う? おねーちゃん』
不満な顔をされるかもしれないと思っていたが、月子は無邪気な笑みを見せてくれた。
少し意外だったリアクションにどう返せばいいのか困惑した。
『ありがとう。今度こそ、大事にする!』
「今度こそ」という言葉が引っかかったが、嬉しそうな姿にそれ以上は聞かなかった。
与えた側だというのに、カラッポの心が少し満たされたのはよく覚えている。
ベッドから起き上がった夜戸は、ケータイで時間を確認する。
1月24日木曜日、午後21時。
姉川と落合と雑談してから解散し、19時頃に寝付いたのは覚えている。
下から物音がした。
紙がすれる音だ。
階段を下りず、天井の出入口から下を覗き込む。
一足先に捜査本部を訪れていた足立は、欲望教に関する資料を何度か読み直していた。
ツクモはソファーでスナック菓子の袋に顔を突っ込んだまま眠っている。
「……気になる事でもあるんですか?」
声をかけると、足立はこちらに顔を向けた。
「まあね…。……メガネ落とすよ。まだ拗ねてるの?」
逆さまの夜戸に苦笑する。
「クソガキですから」
ぷいっと顔をそむける夜戸。
「そこまで言ってない。根に持ってるねぇ…」
「……………」
いつまでも拗ねてはいられない。
ため息をついた夜戸は、一度頭を引っ込めてから階段を下りてきた。
夜戸は足立の隣に座り、横から資料を覗き見る。
「何が気になります?」
「実験。二又楽士は人間を使って実験をさせられていた。…君の叔父さんの研究を手伝ってる時も、離反した時も、独自で続けてたみたいだけど…、なんというか…しつこい」
「…しつこい?」
「欲望教にいた時はスムーズに実験過程をこなしていたのに、研究所に入ってからはまるで何回も何回も確認するように続けたみたいだ…」
「…実験を楽しんでいたとか…」
「あの性格ならそれもあり得るんだろうけど、あくまで仮説1ね。僕なりに考えた仮説2は、研究所に保護された時から能力が不完全になった」
別のデータに目を留める。
昌輝が独自で調べ上げた、二又が今まで単独で動き、犠牲者と実験にかけた日数が記されてあった。
「……確かに…、実験の犠牲になった人数は多いし、日数が明らかに短い」
「そう。雑が見られるんだよ。君の事は未来まで見通しながら神剣を埋め込もうと計画していたのに」
「……………」
夜戸は他の資料を手に取り、見直してみる。
「…欲望教が解体して半年後に、あたしと同じ、欲望を切り離す能力を持った信徒が、崖から自殺して亡くなってるんですけど…」
足立は「気になった?」と横から覗き込んだ。
「“身元不明の男性遺体。高度な崖から落ちたために損傷が激しい状態で発見”。…あたしの神剣は、ほとんど信徒の女性が選ばれて埋め込まれていたのに、この時はなぜ男性だったのか…。写真はありませんが、あとここ…、“傷痕は、胸と、背中に見当たった”」
すべてに目を通してから読み直すと、奇妙な点がいくつか発見できた。
「君の背中には傷なんてひとつもないし、確かに妙だ。一度、勢い余って刃が体を貫いたってことかな?」
「あたしも勢いよく刺された方ですけど、丸々埋めこまれても、伸縮したかのように体内におさまって、突き抜けることはありませんでした」
「んー…。物理的に考えちゃダメだな」
そもそもが現実離れしている話だ。
「なら、神剣以外の傷痕? 背中も相当なのにね…」
胸と背中の傷痕の位置は対向するような、ほぼ同じ位置にあったと記されてある。
「さらに不思議な話…、研究所側の資料と欲望教側の資料を見比べると、この信徒に関する記述がまったくないんですよ」
「…信徒が自ら強奪したかもしれないって線が出てきたね。逃走中だったってことは、欲望教が解体される直前に騒ぎに紛れて…」
あくまで仮説だ。
確証はない。
データ上では、最後の宿主は信徒の女性だ。
年齢は15歳で、宿してから半年も経たない内に自殺している。
その後は解体されるまでの短期間の空白があった。
「二又を捕まえたら、もっと掘り出せるでしょうね」
「その本人が神出鬼没なんだよねぇ」
「そう言えば、華ちゃん達が二又が現れたり消えたりしたルートや地点を調べてましたよ」
地図は預かり、それを眺めながら眠ってしまった。
2階から地図を持ってきてカウンターテーブルに広げた。
赤い丸や青いラインが描かれている。
「青のラインが二又が通ったと思われるルートです」
何本も引かれていた。
苛立ちが込められていて、描かれたラインが荒い。
「物の見事にかわされてるってわけか…」
「あたしみたいに、途中でカクリヨに逃げ込んでいるとか…」
「カクリヨ…。……今、夜戸さんは行き来できるの? 君ならテレビに入らなくても、ナイフで空間を切り開いて出入りすることもできるよね?」
「……………」
夜戸はバツが悪そうに「それが…」と目を伏せ、赤い傷痕からナイフを取り出して宙を掻いて見せつける。
普段なら、それでカクリヨへ続く裂け目ができ、そこから出入りも可能だった。
しかし、肝心の裂け目は現れない。
「やっぱり試したんだ?」
「言っておきますけど、試しただけですから。さすがにひとりで無謀に赴こうなんて思ってません。ご覧の通りですよ。トコヨやウツシヨだけじゃなくて…、カクリヨでも、確実に変化が起きてるんです…。おそらく、二又はそれを狙って侵入してきた。3つの世界が交わっているような…」
姉川も現実世界にいながら、シャドウの気配を探知していた。
「……………」
足立は驚かない。
かつて、テレビから漏れ出た異世界の霧が現実世界を呑み込もうとしていた。
現実世界と異世界の同化。
既視感を覚えるほど酷似しているからだ。
「……足立さん」
「!」
夜戸は足立の右手を取り、ポケットから取り出したものを手のひらに握らせた。
冷たい金属の感触だ。
足立は手を開き、渡されたものを見下ろす。
「これは…?」
「ツクモにお願いして作ってもらいました。念の為です。必要な時、使ってください」
真剣な眼差しだ。
夜戸の方が身を案じられる立場だが、二又の性格を警戒して足立達の事を心配している。
「うん…。わかったよ…。必要な時、ね」
身体検査の時は要注意しなければならない代物を、ズボンのポケットに入れた。
「人の事言えないのに、夜戸さんも心配性だねぇ」
「当たり前じゃないですか。足立さん、ツクモ、森尾君、華ちゃん、空君…、みんなに何かあったら…」
月子が連れ去られて随分と心が乱された。
さらに足立達が危険な目に遭えば、正気を保っていられる自信が、今はない。
「……………」
一度目を伏せ、ゆっくりと視線を上げる。
足立と目が合った。
「ひとりにしないでください…」
弱音を漏らし、唇を近づけ、重ねようとした瞬間、
「あ―――っ!!」
奇声に、夜戸と足立は同時にビクッとする。
振り返ると、起きたばかりのツクモはスナック菓子を見下ろしながらショックを受けていた。
「ど、ど、どうしたの?」
先程の行為に赤面し、声が上擦りながら夜戸は尋ねる。
「モリモリが楽しみにしてたお菓子…、半分のつもりだったのにほとんど食べちゃったさ~」
「怒られる」と半泣きのツクモ。
スナック菓子の袋に何度か突っ込んでいたが、数は変わらない。
「最近やけ食いモードだったのに、半分なんて遠慮ができるわけないでしょ?」
月子が見つからないストレスに、ツクモは今までより大量に菓子を食い漁るようになった。
不毛な疑問だが、体はぬいぐるみなのに食べた菓子類はどこへ消えているのか。
森尾が気に入っていたのは、コーンポタージュ味のチップスだ。
「食べるな」と森尾がツクモに念を押していたのは足立も夜戸も目撃している。
「……は! いいこと思いついたさ!」
ツクモは何か閃き、カウンターの内側にある戸棚から別のお菓子を取り出した。
食べてしまった菓子と同じシリーズだが、味は塩味だ。
袋を開け、ほとんどカラにしてしまった袋に移す。
「これにあとは粉末のコーンポタージュを入れれば完璧さっ」
「ツクモ天才!」と自画自賛した。
足立と夜戸は呆れて眺めている。
「いやいや、バレるでしょー。移し替えただけじゃない」
「覗き込んで袋の中さえ見られなければバレないさっ」
「たぶん味で…」
足立が言いかけた時だ。
「移し替える…」
夜戸が呟く。
足立が振り向いた時には、夜戸は地図を眺め、目で何かを追いかけて探していた。
「足立さん…、ここと、ここ…。それから、ここ…。ここも…」
ペンがあればよかったのだが持ち合わせてなかった。
代わりに指先でポイントに円を描く。
足立も「あ」と気付いた。
どのルートにも共通点がある。
「まさかとは思いますけど…」
「視野を広げたら可能なはずだよ」
何かを見つけた2人に、ツクモはハテナを浮かべて眺めているだけだった。
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