31:I'm gonna go on
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1月22日火曜日、午後13時。
運動場には足立と森尾の2人だけしかいなかった。
心なしか刑務官たちも無気力に見える。
その気になれば力づくで脱獄できるのではないかとかえって心配になった。
「ついに鹿田まで来なくなっちまった…。さすがに異常だよなぁ」
森尾は足立に両足を支えてもらいながら、膝を立てて腹筋している。
「今までの事があったのに、よくそんなワードが出てくるよね」
「現実世界ではってことだ」
「同じだよ。トコヨを通じて現実世界でも異常は起きていたんだ」
どの地点からとははっきりしないが、ずっと前から事件は起きている。
すでに理屈では言い表すことはできない。
「そうだけどよぉ…」
地面に背をつけた森尾は、大の字に両腕を広げて曇天を見上げる。
「あー…。重い。天気も空気も雰囲気も重すぎる…。潰れちまいそうだ」
「潰れそうなら終わる?」
支えるのも飽きてきた。
森尾は手を頭の後ろに組んで半身を起こす。
「いや、対抗する。何回数えた?」
「……忘れちゃった」
「おい~~~」
悪気がない様子の足立は「やめる?」と尋ねるが、森尾は「何言ってんだ」と眉をひそめた。
「最初からだよ。お前も同じ数やれよ?」
足立は「え~」と嫌そうな声を漏らす。
「タフすぎない? …まあ、暑苦しくて今の気温にちょうどいいや」
少し前向きに考えた時、「いいからちゃんと数えろ」と催促された。
1月23日水曜日、午後17時。
姉川と落合は、百貨店の地下1階のフードフロアに足を運んでいた。
平日とはいえ百貨店だと言うのに客足はまばらだ。
和食エリアの一角で、赤みがかった髪に黒生地に白の細かいドットが描かれた三角巾をつけた少しふくよかな女性が、頬に手を当てて憂鬱が混じったため息をつき、姉川に愚痴をこぼしていた。
「ほんまに最近物騒で困るわぁ。ここも前に宝石窃盗事件に巻き込まれたばっかりやのに…。そのせいか知らんけど、お客さんの足が少ななった気がして…」
「お母さん、この試食品って新商品?」
「聞いとんか?」
姉川の母親は目つきを鋭くさせるが、娘は慣れた調子で「聞いとる聞いとる」と切り分けられたまんじゅうにつまようじを刺して2口目を食べながら返した。
「アンタもここのところ帰り遅いし、よく友達んとこに泊まっとるみたいやけど、気ぃつけや。お母さん、かなんで。アンタにもしものことあったら…」
「ウチもう23になったとこやのに心配しすぎ。お父さんに呆れられるで」
「せやけど…」
「お母さんも明日から連休やろ? たまにはゆっくりしてきたら? はいコレ」
「ちょ…っ」
手渡したのは、新幹線のチケットと、封筒に入った旅費だった。
行き先はメジャーな温泉地だ。
宿はすでにおさえてある。
戸惑う母親に、「存分に羽をのばしてきたらええよ」と笑みを見せた。
母親は怪訝な顔をする。
「どういう風の吹きまわし?」
「たまには親孝行せんと。今まで仕事に没頭しててこういうの全然してこうへんかったから…」
「……もったいないから甘えさせてもらうけど…、なんや丸め込まれた気がするわぁ…」
未だに釈然としない母親だったが、問い詰めても娘がはぐらかすのはわかっていた。
以前と違って、生き生きとしているように感じていたので過剰に心配する必要もなさそうだ。
「……落ち着いたら、今度は2人で行こな?」
「…おおきに」
ようやく表情が緩んでくれた。
12個入りの捜査本部のお土産も購入し、百貨店の紙袋を片手に、洋菓子エリアに待機していた落合と合流する。
ショーケースの中に並べられたケーキを眺めていた。
「どうだった?」
「とりあえず、お母さんの避難はオッケー」
「よかった」
「口実が親孝行ってなんか…」
姉川としては複雑な気持ちだったが、「立派な親孝行だよ」と落合は頷く。
「ボクの家族も明日から旅行に行ってくれるみたいだし」
手配に協力したのは夜戸だった。
姉川達の家族の身を案じ、旅行をすすめてくれた。
「月子ちゃんの事があったのにボク達の身内の心配までしてくれて…」
「でも、足立さんに対してはまだ拗ねてるよね」
「うんうん。どっちも子どもみたい」
『僕は悪くないからね』
『謝ってもらいたくないです』
あからさまに顔をそむけたり、口を尖らせたり、だけど席は替えようとはしない。
「…今朝のニュースは…」
「見たわよ。だから…焦っちゃった…」
海が荒れ始めるほどのあまりの悪天候続きと妙な噂が流れ、町が殺伐とした雰囲気に覆われていた。
災害の前兆、異常気象、人為的な気候、犯罪の増加、行方不明、失踪、病気、薬物、陰謀、テロ、宗教、洗脳集団…。
テレビの中は、評論家や専門家が机を囲んで持論を述べ、視聴者の不安を煽っていた。
チャンネルを切り替えれば、逃げ場のような指先も触れていない番組もあり、何事もなくアニメやドラマを流している番組もあった。
この町と関わりがある人間達は、刺激や解決を求めてこの町のニュースを食い入るように見るのだ。
「今の町の人たち…、夜戸姉さんの目にはどう映るかな…」
「……そんなの」
真っ黒な人間が行き交う町は、トコヨとどちらが不気味だろうか。
胸騒ぎを煽るような、生温く湿った風に吹かれた。
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