31:I'm gonna go on
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1月20日日曜日、午後22時。
捜査本部は重苦しい空気に支配されていた。
落合はソファーに座り、ツクモはその膝の上で泣き伏している。
森尾は先程訪れたところで、傍でそれを見下ろしていた。
カウンター席に着いてるのは、夜戸と姉川だけだ。
夜戸はカウンターテーブルの上に置かれた月子のリボンを握りしめたままうつむき、姉川は心配そうに横顔を窺いながら背中に手を触れていた。
カウンターテーブルの端には、液晶画面が粉々に割れたテレビが置かれてある。
これではカクリヨに行けない。
「…はぁ…。お通夜みたいな空気だね」
捜査本部を訪れる前にツクモが泣きながら事情を説明してくれた。
足立は席に着く。
コーヒーの香りはしない。
夜戸の心情が窺える。
「足立さん…」
夜戸がゆっくりと顔を上げ、足立に視線を送った。
「ツクモが…、ツクモがちゃんと守れなかったから…!」
リボンは、カクリヨから捜査本部に放り出されたツクモの首に緩く巻き付いていた。
月子がツクモをテレビ画面に突っ込む間際にそうしたのだろう。
ツクモはしゃくりあげながら自身を責めていた。
落合は「違う」と首を横に振る。
「ツクモ姉さんのせいじゃない…。ボクも…、陽動って気付いていれば…」
羽浦は結局見失った。
夜戸達と合流した直後だ。
その後も3人で探し回ったが、煙のように忽然と姿どころか気配も消えてしまった。
考えたくはなかったが、夜戸達が捜査本部・カクリヨに入らせないための時間稼ぎではなかったのかと思い浮かんだ。
羽浦は完全にカバネ側の人間になってしまったのか。
真意がわからず、落合は歯を食いしばった。
「カクリヨには来れないんじゃなかったのかよ」
森尾は足立に振る。
「僕に聞かないで。そもそも本当に二又がカクリヨに侵入できるなんて証明もなかったじゃないか」
足立の意見はもっともだ。
二又はその気になれば、カクリヨへの侵入など容易ではなかったのか。
「月子ちゃんはずっとカクリヨに引きこもってた…。月子ちゃんの隠れ蓑は、すでに特定されてたってことでしょ? あちらからしてみれば、あとは侵入方法と機会さえあれば可能だった条件だ」
「もうこんなこと言っても無意味だけどね」と足立はため息をついてこぼした。
夜戸は席を立つ。
行き先は手前の扉だ。
「明菜…」
姉川は腰を上げる。
森尾も戸惑いながら止めようとした。
「君はどこ行こうとしてるの」
回り込んで行く手を阻んだのは、足立だ。
「行かせてください…。…月子を…助けに行かないと…」
視線を合わそうとしない。
声も独り言のようだ。
「だめだよ」
向かい合ったまま、足立はドアノブを握りしめて拒否する。
「行かせて!」
足立を睨み、声を上げた。
それでも足立は一歩も譲らない。
「だーめ。理由は君もわかってるはずでしょ。月子ちゃんが連れていかれた今、次に狙われるのは夜戸さんだ」
夜戸は否定も肯定もしない。
足立の言葉に間違いはないだろうが、素直に認めたくないからだ。
険悪なムードに躊躇いながら森尾が意見を出した。
「や、やっぱり、夜戸さんを遠くの土地に逃がした方がいいんじゃねーか? この前は稲羽市に行っても何もなかったんだ。その気になれば外国に逃げることもできるだろ?」
「そう簡単にいくかなぁ…。相手も見越してないと言い切れる? 下手に現実世界に返すのは最善とは言い難い状況だ。ツクモちゃんが捜査本部に逃げ込んでも追って来なかったのは、まだここは安全…てこと。あくまで「まだ」ね」
「…あたしをずっとここに閉じ込めておくつもりですか?」
「がむしゃらに動く方が危険だよ。君にはここにいてもらう」
「けど…!」
「監禁罪で訴えるならどーぞご勝手に。縄や手錠でくくりつけないだけマシでしょ」
カチンときた夜戸が言い返そうと口を開いた。
「僕が言ってることわかるよね? ガキじゃないんだから」
場の空気が凍結した。
姉川達は、うわぁ言っちゃった、と青ざめる。
「……………」
メガネが逆光した無表情の夜戸から静かな怒りがひしひしと伝わった。
ツクモも震えて思わずテーブルの下に隠れてしまう。
深く息を吸い込んだ夜戸は、新鮮な空気を身体に馴染ませてから吐き出した。
それから、振り返り、2階へと上がる。
直後に大きな音でも聞こえるのではないかと姉川達は耳を塞いでいたが、無音だ。
暴れてくれた方がマシだと思うほどに。
「めちゃくちゃ怒ってるよ…」と落合。
「2階…どっか壊されてないかな」とツクモ。
「お前ももっとマシな言い方できねーのかよ」と森尾。
「優しくしても通じないよ。頑固者にはああ言った方が一番」
席に戻った足立は頬杖をつく。
姉川は目を細め、「アンタが不器用なだけでしょ」と小さく返した。
「明菜姉さんにはここにいてもらうとして、ボク達だけで月子ちゃんはどうやって助ける?」
「当然、悪い誘拐犯をとっつかまえて、居場所を吐き出させるしかないでしょ」
足立は両手首を合わせて表現する。
「二又か…」
森尾は落合の隣に腰掛けて呟いた。
「あいつ! 次に会ったら宇宙までブッ飛ばしてやるさ!」
自責の念から二又への憤りに切り替わり、ツクモは鼻息荒くしながらテーブルの上を興奮気味に飛び跳ねる。
「ん? トコヨって宇宙あるのか?」
「妙なところに引っかかったわね…」
言われて初めてどうなってるのかと気にはなったが、概念は考え始めると頭が痛くなるので姉川は諦めた。
話が逸れそうになり、足立は座ったまま森尾達の方に振り向き、手を2回鳴らす。
「大事な事言うから注目~。悪いけど、落合君は明日から学校休んで。姉川さんも、今後単独行動は絶対しないように。現実世界にいる時は、落合君と姉川さんはセットで行動するように。少しでも誰かに尾行されてるとか勘付いたら、本部に避難してね」
「尾行者を捕まえるっていう選択は? 二又かもしれないし」
尾行されているフリをして捕縛することを提案した落合だったが、足立は賛成しなかった。
「捕まるかもしれないのに、二又が自分から尾行することはないと思う。確実に相手を追い詰めたって時にしか現れないんじゃない? 姉川さんだってわかるでしょ?」
「……確かに。嫌なこと思い出した…」
信徒を使って姉川のケータイを盗んでトイレに誘い込み、奇襲をかけたのだ。
姉川は顔をしかめ、頭の上に浮かんだトラウマを手で払う。
「明菜ちゃんも、お母さんを利用されて神剣を埋め込まれたんだっけ」
「ったく、つくづく汚ぇ野郎だな。誰かを陥れる為に、誰かを利用するなんて…」
森尾の罵りを遮るように足立は話を続けた。
「ってなことがあるんで、二又の動きが読めないのが現状。悔しいかもしれないけどそれは素直に認めるべき。ツクモちゃんも、本部で待機してて。君がつかまってもまずいから。夜戸さんの護衛も兼ねてね」
捜査本部への出入りを許可している柱はツクモだ。
抑えられたら今度こそ確実に追い込まれてしまう。
「りょ、了解したさ」
ツクモは前足で敬礼のポーズをとる。
足立は「さて」ともう一度手を叩いた。
「今日は解散。冷静になろう」
「……明菜に声かけなくていいの?」
姉川の視線は2階に向けられる。
「2階から駄々漏れてる空気に気付かない?「ひとりにしてほしい」って」
「うっ」
クラオカミを使用しなくても、その気配は確かにあった。
2階に誰か入れば噛みつかれそうな気がする。
1階の会話を聞いていた夜戸は、シーツや毛布がめちゃくちゃに乱れたベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた。
まくらを壁に向けて投げそうになったが、「だからガキなんだ」と一笑されそうな気がして、顔を埋めることに使用した。
手の中には、月子のリボンが握りしめられたままだ。
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