30:When You die, I'm by your side
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1月13日日曜日、午後13時。
足立と森尾はすっかり定位置となった運動場の端に座り込んでいた。
いつもは積極的に運動に取り組む森尾は、胡坐をかいて金網に背をもたせ、ぽかんと口を開けて空を見上げている。
隣でその横顔を眺める足立は、ティッシュがあったら丸めて口の中に放り込んでやりたいな、と思い浮かんだ。
今日ばかりは引きずられても構わないほど身体が疲労していたからちょうどいい。
森尾の視線を追って空を仰ぐ。
重い灰色だ。
手を突っ込んで掻き分けて隠れた青色を見つけ出したくなる。
(本日も曇り。雨が降りそうで降らないなぁ…。いつまで続くんだろ…。まるで……)
霧に覆われた町を思い出した。
日に日に霧は濃くなり、住民や建物を包み込み、やがて、すべてを消そうとしていた。
(……考えすぎかな…)
「お前さ…」
不意に声がかけられ、はっとする。
「空に何か頼んでたか? 朝、あいつ、お前に変装して部屋にいた気がして…」
点検時間の前、起きていた森尾は向かいにある足立の独居房を覗き、足立に変装して緊張の面持ちで待機している落合を見つけた。
その姿は、足立がカバネに拉致されている期間限定だと思っていたので目を疑ったが、点検が始まった時には、本人といつの間にか入れ替わっていた。
「ああ、落合君? …僕に緊急事態が発生して戻らなかった時の事を考えて、協力してもらったんだ。結局、間に合ったから戻ってもらった」
カクリヨで足立のケータイにかかってきた着信は落合からだった。
森尾と姉川の様子が気になって足立に相談の電話をかけてきた。
足立はその時、思わず「ちょうどよかった」と言ってしまった。
「何してたんだ?」
気にせずに、ぽかんと口を開けたままでいてほしかった。
足立は言葉に気を付けながら答える。
「ちょっと、夜戸さんに用があって…」
「それで緊急事態って?」
余計な理由をつけてしまった、と内心で舌打つ。
「……身動きが取れなくなった時とか…。今回ばかりは鍛えといてよかったと思ったよ」
一夜の過ごし方によっては、朝寝坊、筋肉痛、倦怠感を想定していた。
念のためにと頼んだものの、できれば、落合に身代わりはもうさせたくなかった。
「??? 夜戸さんと、なんで身動き取れないなんてこと…。あ! 秘密の特訓でもしてたとか! 手合わせみたいな」
森尾は首を傾げたあと、「なるほど」と手を鳴らす。
頭の中では、空手着で熱血漫画みたいに組手している足立と夜戸の姿が思い浮かんだ。
「………そんなとこ」
勝手に勘違いしてくれてよかった。
「そういやお前、今日はなんだか疲れた顔してるじゃねーか。おっさんが無理すんなって」
「ねぇ。もうこの話やめない?」
どうして疲労してるのか本当の理由はわかってないのは都合がいいが、失礼な発言にシンプルにイラっとする。
「森尾君こそ、いつもは意気込んで走るくせに、ぼうっとしちゃってどうしたの? 何かあった? 落合君、気になってたみたいだけど」
「な…、なな、なにもしてねぇ」
あからさまに目を逸らされた。
「へぇ~」
(わっかりやす…っ)
隠し事がヘタで、取調しやすいタイプだと思った。
(兄弟ってのもあるかもだけど、落合君は勘がいいね。姉川さんと何かあったな、これは…)
森尾の様子を伝えてほしいと言われたので、落合には「クロだ」と伝えておくことにした。
「姉川さんと密会してたんじゃないかと思ってね」
「み、密会って…。おま…、言い方が…」
顔が真っ赤になり、今すぐ逃げたい、と言いたげな表情だ。
逃がさない、と足立は肩を痛くない程度に強くつかむ。
「吐いちゃいなよ。楽になるから」
「え。俺って今、取り調べ中?」
昔の刑事ドラマみたいに照明の明かりを顔間近に当てられている気分だ。
「こ、今夜、姉川が大事な話すると思うから、それまで待ってくれ。俺からは何も言えねぇんだよ…」
「本当にそれだけ?」
「疲れてるくせに追い込んでくるな…。やめだ、やめ。この話は終わりっ」
森尾は参ったと両手を上げ、そのまま両腕で大きなバツ印をつくる。
「君も進展あったと思ったのに…」
足立はつまらなそうにそっぽを向いた。
「終わりっつってんだろ。…ん? 君「も」?」
「はいはい、おしまいおしまい」
((何があったんだ…))
隣の人間を疑いながら、足立と森尾は再び上を向く。
視界は一面の灰色だったが、頭の中はピンク色だ。
(女の唇って…、あんなに柔らかいんだな…)
森尾は重ねられた唇の感触を思い出す。
『明日ね。話聞いてくれてありがと』
照れ臭そうに笑いながら、姉川は帰った。
今夜、捜査本部で会うのに、平静を保っていられるだろうかと落ち着かない。
(今日、歯を磨くのも抵抗あったのに…)
自分の唇は乾燥で少しかさついている。
不快に思われなかっただろうかと気になった。
(もしかして足立も、夜戸さんに用事と言っておきながら…)
同じく足立も、一夜を思い返していた。
(まさかと思うけど、森尾君も姉川さんとそこまで…。お互い、収容中に何やってんだか…)
『あ…ッ、足立さん……』
『好き…』
『ねぇ』
『先輩は…?』
紅潮した頬、濡れた唇、潤んだ瞳…。
言葉は震え、表情は切なげだった。
こちらが応える前に、夜戸は意識を失った。
(よくまぁ、こっちに戻って来られたよ、僕…)
後には引き返せない。
踏み込むところまで踏み込んだ。
理性がブッ飛んだ時は、確かに時間を忘れていた。
そのまま現実を忘れ、夜戸と一緒に柔らかなベッドに身を任せ、昼時まで眠っていたかもしれない。
肌の感触、温度、汗、弾む息…。
それらは名残惜そうに手にこびりついたままだ。
「「ふぅ…」」
足立と森尾は同時にため息をつく。
「こっちの力まで抜けそうな顔すんな」
やってきたのは、鹿田だ。
無気力な2人を心配している。
「何考えてんだ?」
「「やわらかいもの…」」
見事なシンクロだが、思い浮かべているものは違う。
「……………」
さすがに鹿田も、食べ物のことではないと察し、あえて詳しく知ろうとはしなかった。
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