29:Will you stay with me tonight?
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「吐きそう?」
「いいえ…。大丈夫です…」
夜戸は足立と共にテレビの中に入り、カクリヨのリビングに足を踏み入れた。
姉川が何を隠していたのか、考えるのが怖かった。
自身の身体は明らかに得体のしれないモノに蝕まれているかのように気持ちが悪い。
何も言わないが、月子も同じだろう。
脱衣所の鏡で見た時、赤い傷痕が、刺青のように黒く染まっていた。
足立に見られたくなくて、シャツのボタンを上まで留めて隠した。一緒にいるだけでもそわそわしてしまう。
「ここで…」
リビングに来たばかりだが、振り返り、足立と向き合う。
「本当に?」
「……はい」
「そう…」
足立は夜戸を見下ろしながら後頭部を掻いた。
夜戸はうつむき気味だ。
(結局…、キスできなかった…)
足立が途中でからかわなければ、あのまましていたはずだった。
たった一度できなかっただけで、口元が物寂しくなる。
だからといって、求めることもできなかった。
気分じゃなかったらどうしよう、と考えてしまう。
「好き」ばかり一方的にぶつけてるだけな気がして、最初のキスも成り行きと雰囲気任せだったかもしれない、と後ろ向きになった。
意味を聞くのが怖かった。
意味がないことも怖かった。
不安に別の不安が積み重なる。
身体が重い。
胸が痛い。
寒い。
寂しい。
寂しい。
寂しい…。
温かい手のひらが、頬に触れた。
「捨てられた犬みたいな顔してる」
「どんな顔ですか…」
小さく噴き出した。
温かい。
目を細め、離さないで、と頬を摺り寄せてしまう。
「今のは猫みたいだ」
くつくつと笑われた。
「足立さん…、今夜は一緒にいてください」
気が付けば、そんなことを口走っていた。
はっとした時にはもう遅い。
足立は目を丸くしていた。
聞き逃した様子はない。
「……ねぇ。それって…」
答えることができなかった。
心臓がバクバクと肺を圧迫してるみたいで言葉が出てこない。
緊張が走る中、突然の着信音に、ひっくり返りそうになった。
足立はジャケットのポケットからケータイを取り出し、夜戸に背を向けて通話に出る。
「もしもし? あ…。あー、うん。ちょうどよかった」
相手は誰か知らないが、その発言に夜戸は思わず口を開けてしまった。
(ちょうど…よかった?)
ショックだ。
眩暈を覚えた。
足立が話してる間、床と足下を眺める事しかできない。
(迷惑だったんだ…。引かれた…。恋愛ドラマとかまともに見た事ないクセに、あんな…誘い文句みたいなこと言うから…っ)
羞恥のあまり込み上げてきたものをぐっと堪えた。
「ちょっと待ってねー。ここじゃ電波悪くって」
移動を始めた足立に、「え」と顔を上げる。
「あ…」
(足立さ…)
足立は通話したままテレビ画面の向こうへ行ってしまった。
しん…、と音が聞こえそうなほど静まり返った部屋の中、夜戸は茫然と立ち尽くす。
手を伸ばしていたことに気付き、力なく下ろした。
重力に負けたのは腕だけではない。
ぽろぽろと涙が降った。
(「行かないで」って言えなかった…)
胸が締め付けられる。
最近発作的に起き始めた痛みとは違う。
学生時代の冬と春の別れを思い出させた。
「バカ…」
悲しみの奥から沸々と湧き立ったのは、怒りだ。
「よかったですね、逃げ道があって! 電話の相手は誰ですか! 大事な相手ですか!? 尻込みですか! 結局あたしのことどう思ってるんですか! あたしだけあなたのこと好きなだけですか! 大人ぶらないではっきりしてくださいよ! 子ども扱いしないでください! あなたに好きになってもらうにはどうしたらいいんですか! あたしではドキドキしませんか! 体がこれ以上成長しないんだからしょうがないじゃないですか! もうすぐ死ぬかもしれないのに! これがあたしの全部なんです! 受け取ってくださいよ! あたしは足立さんがいいんです! いらないならキスなんてかわしてよ! バァ――――カッッ!!」
息継ぎも少なく、咳き込んだ。
こんな長々と怒声を上げた事なんてなかった。
ため込んだものを吐き出したつもりだが、気分は晴れない。
一気に一日分の体力を使い切った気になり、部屋に戻るのも億劫になって座りこもうとした時だ。
「誰がバカだよ。失礼しちゃうなァ」
テレビ画面から不機嫌な声が聞こえた。
「へ?」
テレビの枠につかまり、画面から足立が上半身を乗り出してきた。
「あッ、だッ…」
先程全力の発声力を絞りきったところなのでうまく言葉が出てこない。
「…ちょっと待ってねって言ったよね、僕」
夜戸のアゴをつかんで引きつった笑みを向ける足立。
笑顔なのに威圧感がある。
てっきり電話の相手に言ったのだと勘違いしていた。
「……どこから聞いてました?」
「「よかったですね、逃げ道があって」。ああ、その前に小さな声で「バカ」って聞こえた気もする~」
思いっきり出だしから聞かれていた。
逆切れ任せの告白も聞かれていただろう。
(あ、死にたい…。今度こそ鉛玉で…)
生きる気力を失いかけた時、頬をぺろりと舐められた。
「へ…」
「泣くほど辛抱できなかった?」
「う…ッ」
あふれ出たのは、うれし涙だ。
「ねぇ…。お誘い、のっちゃっていい?」
やはり声はうまく出てこない。
イエスの代わりに、生意気にニヤついた唇を、犬のように舌先でぺろりと舐め、愛おしく吸い付いた。
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