29:Will you stay with me tonight?
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同日、午前2時。
会議は終わり、今日はトコヨの町へ出向くことなく一同は解散した。
「……………」
姉川は、夜戸達には内緒でトコヨ内の拘置所の屋上を訪れていた。
呼び出したのは、森尾だ。
森尾としては、2人きりの運動場は十分すぎるほど広く感じた。
「俺の部屋だと足立にバレるからな。あいつのことだから、薄々勘付いてるかもしれねーけど」
「用って……?」
聞きながら、姉川は帽子の端をいじった。
聞かれたくないことはある。
用件とはそのことだろうと構えているものの、嫌な汗が浮かんだ。
「わかってんだろ。…重そうなもんひとりで持った気でいやがって。何を抱え込んでんだ?」
「……………」
鈍そうなのに、ちゃんと見られていた。
「姉川」
近づいてきた森尾からは一歩もたじろがなかった。
ぽん、と大きな手が肩に触れる。
「信用しろ。俺も…、誰も、お前を責めねぇよ。それでも言いにくいことは、俺が一緒に抱えてやるから。そしたら…、少しは軽くなるだろ…。泣きそうな顔してんじゃねーよ」
姉川は森尾に両腕を伸ばし、抱きついた。
温かい体に胸とまぶたが熱くなる。
我慢していた涙がようやく溢れてきて、残酷な真実に塞がれていた口がゆっくりと開いた。
同時刻、捜査本部では、ソファーだと体を痛めそうなので、足立は月子を抱きかかえ、捜査本部2階の寝室のベッドに寝かせた。
ツクモは自ら抱き枕になっている。
ツクモは感じているだろうか、月子の体が恐ろしく冷たい事に。
「…夜戸さん、具合悪い?」
月子を足立に任せていた夜戸は、足立が2階から下りてきた時にはソファーに背を預けていた。
「平気です…」
声が弱々しい。
上下する胸に目を向ければ、呼吸も整ってるとは言い難い。
「あ…。着替えないと…」
撮影が終わるなりさっさと着替えた足立と違い、夜戸は未だに学生服のままだ。
「馴染んでて気付かなかったんじゃない? 実際、しっくりきてるよ、その格好」
足立にからかう口調で言われ、ちょっとムッとする。
「先輩って昔よりだいぶ意地悪になった気がします。まあ、あたしはいつまで経ってもこの外見ですからね」
口を尖らせ、先輩、の部分をわざと強調した。
足立は「あはは。ごめんごめん」と軽く謝り、隣に腰掛ける。
「君だって随分と言い返しができるようになったと思うよ。ほらほら、機嫌直して。息…整えてあげようか?」
足立の顔が近づいてくる。
稲羽市から帰ってきてから、小さなきっかけを見つけては、どちらからともなく唇を重ねるようになった。
(そんなことをして、あたしの機嫌が直ると思ったら大間違いです!)
そう言いたいところだが、口から飛び出してこないし、むしろ夜戸の鼓動は喜んでいる。
まだ慣れてないことに悔しさを覚えるが、足立を見上げ、重ねやすい角度に頭を傾けた。
だが、足立の顔は間近で止まってしまう。
「なんか、傍から見たらイケナイことしてるみたい」
女子高生に手を出そうとしている光景だ。
「これって犯罪にならない?」と言い出した瞬間、夜戸の伸ばした手が、足立の鼻を思い切りつまんだ。
「いだだだだッ」
「怒りますよ」
「怒ってる! もう十分怒ってるでしょ!」
指の力は強く、鼻がもげそうだった。
痛みで手足をバタバタさせる。
ぱっと手を離され、じんわりと赤く染まった鼻を手で覆っていると、夜戸の頭部が足立の胸に寄りかかってきた。
「夜戸さん…?」
夜戸の身体は小さく震えている。
「すみません…。やっぱり具合が悪いので、部屋まで送ってもらえませんか? ……あー…、先に着替えますね」
顔を上げた夜戸の表情は、無理に笑みを作っていた。
ソファーに足立を残して立ち上がり、フラフラとした足取りで脱衣所へと入る。
(あ…。制服…どうすればいいかな…。華ちゃん帰っちゃったし…。本部のハンガーにかけておけばいっか…)
制服を脱ぎ、いつもの仕事着に着替えようとした際、鏡に映る自身の姿を見て、ぎょっとし、手に取ったシャツを落とした。
口を押さえ、声を閉じ込める。
異変は、目に見えるところまで這い寄り、手形をつけてきた。
ちょうどその頃、姉川が胸に押し込んでいたものを吐き出され、森尾はしばらく言葉を失っていた。
「…今、なんつった?」
「生贄…。世界の終焉には、月子ちゃんの中に溜まりに溜まった、今まで集めた欲望の欠片を呼び水に、トコヨのシャドウを集結させる。そのあと、3つの神剣がひとつとなり、世界を終わらせるホコが完成するの」
「ホコって…。そんな…話……」
「信じたくなかった。世界を終わらせる過程がフォルダに隠されていた通りなら、月子ちゃんの事も、明菜の事も、まるで…道具や供物みたいに…!」
解決法が見つからない絶望、行き場のない憤り、言葉を詰まらせる嗚咽。
姉川はこの事実を、当人たちに話すべきか葛藤していた。
夜戸ならば、もう一度命を断とうとするのではないか。
疑心暗鬼になるのではないか。
再びどこか知らない場所へ消えてしまうのではないか。
不安に押し潰されそうだった。
終焉への前兆はすでに起きている。
少しずつ弱っていく月子と、時折胸を押さえて辛抱強く耐える夜戸の姿を目にしていた。
「と、取り出し方は…!?」
「誰も死なない方法なんて、なんも書いてなかった…。止めるには、神剣の宿主を殺して、身体に埋め込まれた神剣を引きずり出して封印するしかないって…! それだけ…!」
できるわけがない、森尾は叫びそうだった。
ぐっと堪える。
一番ショックを受けているのは姉川だ。
脳を振り絞り、思いつく限りの言葉をまくし立てる。
「落ち着け…。計画を思いついた奴らは、あくまで世界の終焉を迎えるためだけに実験を行ってきたんだ。阻止する方法なんて重要視してなかったはずだ。方法は必ずある。あるに決まってる…!」
自分に言い聞かせるような言い方になってしまったが、心強い言葉と抱きしめ返された腕に、姉川の嗚咽が弱くなる。
「俺達で探そうって決めただろ…。俺、足立、空、ツクモ、夜戸さん、月子、そして姉川…。これだけいたら上等だ。見つけられる。諦めんな」
「………うん…」
涙に濡れた瞳とぶつかった。
間近で見る泣き顔に、目を逸らすことも息を吐くこともできない。
これだけくっついていれば心臓が急に跳ね上がった音も聞こえただろう。
姉川は腕を解かず、じっと見つめている。
何かを待っている様子だ。
やがて、鈴を転がすように小さく笑った。
「男らしいんは言葉と力強さだけ?」
そう言って、つま先立ちになり、不意打ちをかけた。
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