29:Will you stay with me tonight?
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1月12日土曜日、午後22時。
捜査本部を訪れた足立は、今日はサボろうかと思った。
見覚えのある制服を着た落合と森尾がいたからだ。
「透兄さん見て見て!」
ちゃっかりと女子の制服を着こなす落合。
「…その制服は…」
誰が持ち込んだのか、姿は見当たらないが犯人の見当はついている。
名前を出す気も失せた。
落合が着ている女子の制服は、黒の生地に白のステッチが入ったセーラージャケットで、黄色のタイがついている。
スカートは白黒の千鳥格子柄だ。
男子の制服も黒の生地に白のステッチが入った学ランで、ズボンも黒の生地に白ステッチが入っている。
襟のカラーは女子のスカートと同じ白黒の千鳥格子柄だ。
間違いなく、稲羽市の八十神高校の制服だった。
「アダッチー見て見て!」
ツクモも嬉しそうに、黄色のタイを首に結んでいた。
(姉川さん、ついに制服を盗んだのかな…。逮捕?)
「お待たせーっ」
元気よく脱衣所から出て来たのは、女子の制服を着た姉川と月子だ。
「わぁっ。2人ともカワイイ!」
落合は目を輝かせる。
「まあ、悪くねぇんじゃねーの」
森尾は視線を彷徨わせる。
姉川は「もっと褒めなさいよ」と口を尖らせた。
「姉川さん、知ってる? 窃盗罪っていうのはね…」
足立が説明しようとすると、姉川は「何言ってんの」と腰に手を当てる。
「失礼しちゃう。盗んでないわよ。稲羽市に行ったとき、ハチコーの制服のデザインが気に入ったから作ったの」
ハチコーは八十神高校の略称だ。
「つくった…?」
傍に立っていた森尾の制服の裾をつまみ、生地の出来を確かめる。
丈夫な布で作られていた。
ステッチも歪みがない。
「おねーちゃんも早く出てきて」
「だ、だめよ、月子…。もう高校生から離れた年だし…」
「おねーちゃんもかわいいよっ。ほらほら」
脱衣所に引き返した月子が、夜戸の手を引いて戻ってきた。
(似合う)
足立だけではない。
その場にいた全員の意見が一致した。
「せめて何か言って」
夜戸は居た堪れない。
「制服を着るとますますボクと同学年に見えるよ!」
転校してこないか、と落合は口をついて出そうになった。
(見える…。本部に足を踏み入れた瞬間に光の速さで脱衣所に連行されて必死に抵抗した挙句、力尽きて着替えさせられた夜戸さんの姿が…)
足立の頭に浮かんだ光景は実際に数十分前に起きていた。
(あれ? なぜだろう。そんな夜戸さんの姿が完全に犬に変換される)
キャンキャンッ、と鳴きながら動物病院に引きずり込まれる犬の図だ。
「ちなみに…、ジャ~ン! 足立さんのもありま~す」
姉川はもう1着取り出して見せつける。
足立は逃げるを選択した。
しかし、落合と森尾が扉の前に門番の如く立ち塞がり、逃げられない。
「なんで君ら協力的なの!」
「「見たいから」」
「なんて奴らだ。血も涙もない」
良心に問うこともできない。
「足立さん…、たまには気分も変えてみませんか?」
真顔の夜戸の目が「見たい」と訴えている。
「他に僕を説得できる言い分はなかったのかな、この弁護士は」
制服はぴったりだった。
いつ採寸したのか聞いてみたら、勝手にジャケットや着替えを測られていたらしい。
足立も着替えたところで、姉川の撮影会が始まった。
捜査本部にシャッター音が響き渡る。
「本当に流出とか勘弁してよ」
「わかってるわかってる。はい、横向いてー。明菜はもう少し右に」
カメラを構え、右手を左右に動かした。
「絶対聞いてない」
「聞いてないですね」
気が済むまで大人しく撮影される足立と夜戸。
「あたし達の時はブレザーでしたね」
「だったねぇ。進学校らしい真面目ですって格好で、女子もネクタイだった」
「稲羽の高校は着こなしも自由みたいで…、デザインもなんといいますか…、なんとなく…、ハイカラ?」
「うは。久々に聞いた」
色々と思い出しているのか苦い表情だ。
「足立さん、笑うか凛々しい顔して」
姉川の指示は止まらない。
「ハナっちが今日も絶好調さ」
「…………絶好調?」
怪訝そうな声を漏らしたのは森尾だ。
姉川のテンションとワードが合っていると思えなかった。
「兄さん?」
「……………」
妙な違和感の正体をつかめず、森尾は首を傾げるだけだ。
「月子」
撮影を終えた夜戸は、ソファーに横になった月子に近づいた。
腰を落とし、小さな頭を撫でる。
「おねーちゃん…」
「眠い? 部屋で寝る?」
「ううん。…月子…、ここにいたい」
居心地がいいのだろう。
夜戸の手首に触れ、眠そうな声で言った。
カクリヨの世界に引きこもりだった月子が、「ここにいたい」と要求したのは初めてだ。
「わかった」と優しく答える夜戸は、汗で滲んだ額を撫でる。
月子の手は冷たい。
何気ない素振りでハンカチで額をそっと拭った。
「ここにいていいから…」
ジャケットを脱ぎ、月子の体にかける。
足立、ツクモ、森尾、落合、姉川はそんな姉妹の光景を眺めていた。
ふと、森尾の視線が姉川に移る。
何かに耐えているような辛い横顔が、視界に入り込んだ。
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