29:Will you stay with me tonight?
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1月10日木曜日、午後14時。
面会室に通された夜戸は、冬の冷気が染み込んだパイプ椅子に座り、アクリル板の向こう側にいる女性と向き合っていた。
女性は横髪を何度か耳にかけたり、視線を彷徨わせてそわそわと落ち着かないが、夜戸の話に耳を傾けている。
視線がようやくこちらに向いてきたのを見計らい、本題を口にした。
それを聞いた女性はうつむき気味だった顔を上げる。
「む…、息子の弁護も…してくれるの?」
「はい」
道草小景が戸惑っているのが見て取れた。
目の前の弁護士が、息子の顔面に気絶させるほどの一撃を食らわせたことは覚えている。
弁護側に立つなんてあり得ない、考えもしなかった。
「もちろん、あなたの弁護もさせてください」
「……………」
夜戸の話は、刑務官たちには理解しがたい内容だ。
なぜ最初に夜戸が謝ったのかもわからないだろう。
傷痕をつけたことで能力を得られたことを告げられた道草も、憤っていいのか困惑している。
「道草さん、あなたはすべて自分のせいにしようとしてますね」
「だ、だって…、息子を助けたくて裁判関係者を拉致・監禁したのは紛れもない事実。か、関係者を衰弱させたのも…、わ、私…」
息子の道草シキは匿ってもらうことを受け入れ、徐々に衰弱していく被害者たちを面白がっていた。
母親はそれでも、これ以上息子に罪を重ねてなるものかとすべてを被ることを選んだのだ。
息子の方は、母親を庇う気は微塵もない。
自分は悪くない、と主張するだけだ。
「母親はともかく、あんな奴弁護しなくてもいいんじゃないの」と落合にも言われたが、トコヨと関わり、悪事を働いた人間である以上、夜戸は弁護に回るつもりだ。
その意思を落合に伝えると、「明菜姉さんのそーゆーとこが好き」と歯を見せて肯定的になってくれた。
「い、いいんですか…?」
「息子さんやあなたの結果に約束はできませんが…」
「い、いえ…。あなた…、い、稲羽市の連続殺人犯の弁護も…担当しているんでしょう?」
「……はい」
ここで足立の事を出されるとは意外だったので、内心で少し驚いた。
「あ、あまりにも現実離れした事件ばかり担当して…、その…、わ、笑いものどころか…、ほ、法曹界から…、敬遠されるんじゃないかって…。せ、世間も…、ひ、被告人側の弁護をするあなたをよく思わないと思う…」
なんとこちらの心配をしてくれている。
思わず、ふ、と笑みをこぼした。
「弁護士って、そういう仕事ですから。好きだの嫌いだの…自身の印象を周りには求めません。周りに与えるべきなのは、依頼人の印象です。報道だと、なぜ被告人が事件を起こしたのか詳細はあまり話されません。金銭トラブル、痴情のもつれ、精神的問題など…、そんな簡単な説明だけです。弁護士は被告人から事情の詳細を聞き、それを裁判で公表します。証拠や証人もいれば説得力はあります」
「説得…」
「言い方は引っかかるかもしれませんが、実際、裁判は説得の場なんですよ。理解しがたい相手の行いも、詳細を知ればやむを得なかったと考えてくれる人間はいます。そして改めて罪の重さを量り直してもらう。納得してもらうまで、何度も、何度も、たとえ人格破綻者でも、依頼人を護ります」
「シ、シキも…」
「護ります」
「……………」
「あと…、これは個人的ですが…、あたしは先に、あなたから出所してほしいと思ってます。息子さんと面会して、向き合ってほしいから…」
道草の身体がわずかに震えた。
「…あ…。……ありがとうございます」
頭を下げられ、夜戸も「よろしくお願いします」と同じ角度で返す。
道草親子が、互いに塀の中では向き合うことは無理だ。
刑が短い母親の方から出所させた方がいいと思った。
息子を溺愛しているが、息子は背を向けてばかりだった。
押しつけがましい親心にうんざりしていた素振りもある。
互いの気持ち次第になるが、親子喧嘩をしてもいいから、もう一度向き合うべきなのではないかと思った。
母親の方は自分を見つめ直し、過ちを自覚している。
息子も、今は無理かもしれないが、これからの裁判や親との面会を通して、自分の罪と向き合ってほしいと願った。
「拘置所の暮らしで不便はありませんか?」
「お、同じ房で、よくしてくれる人がいます」
「よかった。どんな人ですか?」
「年も同じくらいで…、あ、姉御肌と言いますか…。わ、私…、こんな性格ですから…、他の収容者に絡まれそうになったら、助けてくれました。「堂々としてな」と怒られましたが…。あ、その人、ほ、宝石泥棒で捕まったらしいです。なんだか、人気作品の女泥棒を思い出しちゃいますね」
あの作品大好きです、と道草は笑う。
(あの人だ…)
夜戸の頭上には、威勢よくバズーカを構えて高笑いする都口が浮かんでいた。
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