29:Will you stay with me tonight?
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夜戸達が稲羽市に行くと言うなら、都合はよかった。
その町に重要なデータを隠していたのだ。
今頃はとっくに回収されているだろう。
(もっと早く…、こうしておけばよかった…)
クニウミ計画を諦めることになるかもしれないのに、心は少し軽くなっていた。
込み上げてくるものを耐える。
日々樹が死んで、その妹が跡を継ぎ、後戻りはできないと、やめることを諦めていた。
(すまない日々樹…。私の命だけでは償いきれない…)
右手で目元を覆った時だ。
「泣いたって誰も許しませんよ」
「!?」
横から聞こえた声に窓に振り向くと、右手のひらをガラスにつけた二又が立っていた。
じっと昌輝の目を見て、顔をしかめる。
「お前…!」
「数日前、夜戸明菜の愉快な仲間とコソコソ何かしてたみたいですけどぉ、計画を諦める事も許さない。あなたはこっち側の人間だ。死体の上に立ってる罪人なんですよ」
冷ややかな視線で責める。
「…なぁ…、楽士…」
ごくりと唾を呑み込んだ昌輝はゆっくりと立ち上がり、右手を伸ばして冷たいガラス越しに二又と手を重ねる。
「ここまでにしないか…? これ以上…、死体を増やすな…。私達は…」
言いかけて、二又は「はぁ?」と嫌悪を含んだ笑みを浮かべて顔を歪ませる。
「やめてくださいよ。ずっと望んできたことでしょう? オレの計画とあなたの計画。どちらが叶うか見物じゃないですか。現実を愛してるクズに毒されないでください。オレ達の背後は、もうすでに崖っぷちなんだ。あなたは世界の終焉をその目に焼き付けるまで死なせない」
昌輝は確信を抱く。
今の二又に何を投げかけても無駄だ。
足下がイバラの道でも構わず足を踏みしめ、目は世界の終わりしか見ていない。
執念は昌輝の比ではない。
「それなら…」
昌輝はガラスから手を離し、懐に差し入れた。
護身用の小銃が隠されてあり、威力は低いがガラスを射抜くことはできる。
二又は怯んだ様子もない。
哀れとでも言いたげな瞳を向けるだけだ。
「計画は進行中だ。あなたは死ぬまで観察者でいればいい」
「お待たせいたしました」
背後から店員が声を掛けてきた。
振り返っている暇はない、と懐から得物を取り出そうとした瞬間、
バァン!
「!!?」
横っ面を衝撃が襲った。
「う…ッ」
視界が歪み、突然の事に受け身がとれず、テーブルに倒れる。
「な…?」
攻撃してきたのは、店員だ。
持っていたシルバーのトレーで昌輝の頭部を撲りつけた。
人形のように無表情に見下ろす店員に、背筋がゾクッと粟立つ。
一般人の目から見れば、店員が客を暴行したというのに、誰ひとりとして騒がない。
店内は静寂だ。
昌輝と店員の姿が見えていないとでも言うように、気にも留めず、変わらない日常を送っている。
「かわいそうに。誰も気にしてくれないなんて…」
ガラス越しに二又の嘲笑が聞こえる。
「楽士…、一体…何を…」
「はい、注目ぅ」
二又は手を2回叩いた。
すると、一斉に喫茶店内の視線が昌輝に集まった。
昌輝は異様な光景に愕然とした。
先程まで笑っていた者がいたのに、全員が、生気を失った能面みたいな顔をしている。
「終焉からは逃れられない。オレを殺して神剣を引きずり出しても、終焉が延期になるだけだ。わかっていることでしょう? 新しい世界に変えたいが為に、朝霧の一族はそうやって繰り返してきた」
二又はガラスに額をつけ、テーブルに倒れたままの昌輝を見下ろした。
客が全員同じタイミングで起立し、昌輝に近づいていく。
「自殺も許さない場所へご案内しますよぉ。あなたを、世界が終わるまでそこで軟禁させてもらう」
「待て…」
起き上がろうとすると、店員とカップルに上から取り押さえられた。
隠していた小銃も学生に奪われてしまう。
「ああ…、これが最後になるかもしれないから…、言いたかった事を言わせてください」
二又は、昌輝の耳に届くよう、ゆっくりと、そしてしっかりとした声で告げる。
「――――――」
一言一句、聞き逃さなかった。
ナイフの刃先をゆっくりと急所に押し込められるかのように昌輝の顔がみるみると悲痛に歪み、涙を浮かべた両目で二又を睨んだ。
罵倒を放とうとした口が、背後から伸びた手に塞がれる。
二又は「さよなら」と呟き、背を向けた。
目の前には、待たせていた久遠と羽浦がいる。
「やっと次の段階だ。終わりは近い」
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