29:Will you stay with me tonight?
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1月8日火曜日、午後19時。
朝霧昌輝はひとり、繁華街の中にある喫茶店の窓際のテーブル席に着いていた。
店員の男に声を掛けてコーヒーを注文する。
テーブル席はレザーソファーで昔ながらといった雰囲気だが、カウンターには若いカップルやビジネスマンが腰掛け、テーブル席には老夫婦や読書に浸る学生もいた。
窓から見える歩道も、通行人が行き交っているのが見える。
(明菜達はもう稲羽市には行っただろうか…)
数日前の来訪者を思い出した。
1月2日のことだ。
大金を払って隠れ家に使用していた、住宅街にある不在中の一戸建ての横にある、物置小屋の存在がバレた。
突き止めたのは、姉川だ。
ドアをドンドンと激しく叩かれ、放っておいても一日中居座っているか、借り物の住居のドアを壊されそうなので、昌輝が折れた。
通報されようが姉川ならしつこく追いかけ回してくるだろう。
記事のターゲットにされた者が気の毒になる。
『見つけた。明菜のマンションからいなくなってたから、捜したよ』
険しい表情だ。
時刻は夕方。
近隣の住民に怪しまれる前に招き入れる。
明かりはキャンプに使用されるランプのみ。
天井近くの壁に換気用の四角い窓がある。
周りは棚で囲まれ、使われることはなくなった家具や食器があった。
昌輝が使用する家具は、使用されなくなったテーブルやソファーベッドを使わせてもらっていた。
棚のせいで部屋の広さは六畳くらいだ。
姉川が入って初めて気付いたことだが、2人だと狭く感じる。
『よくここがわかったな。カバネにも君達にもバレないように、監視カメラがない場所を選んだつもりだったが…』
『ウチの本業をナメないで。世間様からこそこそとカメラや人目を避けて通りたいのは、アンタだけじゃない。ウチのペルソナは途中までは使用したけど、あとは実力』
『大したもんだ。迂闊に悪いことはできないな』
腰を落として肩を竦めて冗談を飛ばしたつもりだったが、逆なでしてしまったようだ。
親の仇のように睨まれた。
『座りなさい』
『いい。用事を終えたらすぐに帰る』
口調は刺々しい。
だいぶ嫌われているようだ。
『まだ私に何か用か? 明菜に関してはすべて話したつもりだ』
それとも殴り込みに来たのだろうかと思った。
『まだ話してもらってない事があるでしょ。クニウミ計画。その詳細を知りたいの』
『知ってどうする?』
『止める』
即答だ。
昌輝は、わかってない、とため息をつく。
『止められても一時的なものだ』
『やかましい』
思わず森尾の口癖が出てしまった。
姉川は咳払いをひとつして続ける。
『明菜と月子ちゃんを普通の生活に戻してあげたいの。その為には、胸の神剣の取り出し方も、クニウミ計画の止め方も知らないといけない…』
『普通の生活…。それを明菜と月子が望んでいるのか?』
『……本当に何も知らないのね』
瞬間、姉川はポケットから取り出した数十枚の写真を昌輝の目前のテーブルに叩きつけた。
昌輝はテーブルいっぱいに散らばった中の1枚を拾い上げる。
『……これは…』
写っていたのは、積み上げられたホットケーキと、美味しそうに食べる月子の姿だ。
1枚1枚拾い上げる。
目尻に涙を浮かべて笑っている夜戸、眠そうに欠伸している月子、着物姿で足立のマフラーを結び直す柔らかい表情の夜戸、足立の手品を食い入るように見つめる月子、甘酒を飲み合う夜戸と月子…。
平凡で、楽しそうな光景が写されていた。
姉妹に重ねてしまったのは、かつての甥と姪の姿だ。
『……………』
写真を手に持ったまま、昌輝は黙り込む。
『明菜と月子ちゃんがそうやって笑い合ってるの、見た事ないでしょ? よく見てよ…。あなたが奪おうとしているものよ』
その通りだ。
クニウミ計画が実行されれば、この写真は2度と撮られることはないだろう。
何万回と味わったはずの自責の念が、昌輝の内臓を強く締め付けた。
『だから…、何だ…。私が…今更……』
思わず指に力が入り、写真の端に皺ができる。
日々樹が神剣の持ち主になった時も、どうすることもできなかった。
姉川は昌輝の苦しみを一笑する。
『今更って何? どの更ならいいの? 今まで引き返そうとしても尻込みしてただけじゃない。明菜は抵抗しようとしてるよ。明後日、ずっと離れ離れだったお母さんに会うって言ってた』
昌輝ははっとした表情で写真から顔を上げる。
姉川は自身の胸に手を当てて続けた。
『ウチらは、アンタには頼らない。ウチらが計画を食い止めてみせる…! アンタの中にわずかでも家族を想う心が残ってるなら、アンタはウチらを頼ればええ!』
姉川の瞳から強い意志を感じた。『……そう…きたか…』と口角が上がる。
知らない間に、姪っ子には頼もしい友人がついていた。
本当に何も知らなかった。
(頼る側になるなんて、考えたこともなかった)
『……クニウミ計画の内容は酷だ。それでもやるか?』
『あるかもしれない可能性を捨てる方が、酷に決まってるでしょ』
ムッとした顔で、さも当然のように言われてしまった。
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